小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

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第二十一章 「願い」 四節




急いで飛び乗ったタクシーで、

絢の手を握りながら窓に流れる景色を見た。


美しく飾られたショーウィンドーの前には、

幸せそうに微笑み合う人々が溢れかえっている。


悩み事など何もないふりをして、明日はきっと良いことがあるからと、

みんなきっと今日を頑張っているんだ。

明日のために。

今日から続く明日のために。



一行、寂しいなんて言わないつもりだったけど、涙がこぼれて仕方がないよ。


「あの、ご気分でも悪いですか?」


バックミラー越しに声をかけて来たドライバーは、心配そうに私を見た。


私は言った。


「これから夫がアメリカへ転勤で、寂しくて泣いています。」と。


「それは・・・そうでしたか。

それじゃ急ぎましょうね。」


とドライバーはアクセルを踏み込んだ。



ねぇ、絢。

絢が生まれたアメリカへ、一行がいるアメリカへきっと二人で会いに行こうね。

一人ずつの人生だけど、三人でいるからこそのそれぞれの人生を、

また今日から始めるんだから。


空港に着き、タクシーを降りる時

「間に合いましたか?」と、

人の良さそうな運転手は心配そうに私に聞いた。


「はい。

間に合いました。

良い運転手さんで良かったです。

急いでいただいて有難うございました。」


こういう優しさを大切にしなければいけないんだ。

何気ない優しさが人の心を作るんだから。



最終便を待つ空港は、見送りの人々で昼間のように賑やかだった。

会社の仲間に囲まれて少し誇らしげな一行は、

ここで私を見送ったその姿とは違う大きな希望そのものに見える。


「麗子さん。

久しぶりです。」


誰かの声に振り返ると、そこには懐かしい顔があった。


「あ、正幸さん。

わざわざ見送りに来てくれたんですか。

今日は会社にお花まで頂いて。

本当に有難うございます。」



「麗子さん。

僕は会長ですからね。

どこまでだって行きますよ。

アメリカだってまた行くかもしれません。」


「はい。」


眠そうな目をこすって私に寄りかかる絢に


「はじめまして。

麗子さん、一行みたいなこの子の名前は何て言うんですか。」


「絢、鈴木 絢です。」


「絢くん。

よく見ておくんだよ。

お父さん、カッコイイぞ。」


そう言って静かに一行の姿に目線を戻した。


「麗子さん、涼が明日から対局だって連絡をしてきました。

プロ試験の対局だから見送りには行けないって。

うまく行くといいなぁ。

麗子さん、今日まで涼が頑張って来られたのは、

みんなに対しての意地みたいなものもあるのかもしれないけど、

僕は思うんですよ。

麗子さんに会っていなくても、涼はプロ騎士を目指していただろうって。

あいつは絶対にやる男ですから。」


黙ってうなずいた私に

「大丈夫ですか。

寂しくないですか。」

と、そう聞いた。






暗闇を縫って、機体のライトが点滅を繰り返している。


私が飛んだ時もこんな風にここで見送ったと 一行は言った。


絢、絢とふたりだから、私達は頑張れるよね。



「絢、ママを頼んだよ。

麗ちゃん、絢をよろしく・・・

麗ちゃん、電話するから。

麗ちゃん、行ってきます・・・」



わかったから、一行


もうわかったから・・・



「後でママに渡して。」と、

一行が絢の手に持たせた手紙は、少しひしゃげて私の手に渡った。






つづく・・・





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