小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

小説「桜が咲くにはまだ早い三月」「無明の果て」 

★あとがき★  ~もうひとつの物語~




これは、別サイトにてこのお話を書き終えた 

2008年2月28日に書いたものです。


(旧タイトル「キャリアウーマンの運命」)







いつか「あとがき」という文字を書く日が来るようにと、

「つづく…」の文字を何度も重ねて、

やっと本当にその時を迎える事が出来ました。



「あとがき」を書く事は、もうずいぶん前から決めていて、

完結もしていないうちから

「あの事書いて、この事も書いて…」

なんて心待ちにしていた、私のあこがれの場でもありました。


私はいつも、これから本を読もうと最初のページを開く前に、

「あとがき」を誰が書いているのかとても気になって、

その筆者によっては我慢が出来ずに先に読んでしまう事があるほどで、

本の内容によっては少しネタバレ的な失敗をして苦笑いしてしまう事もありますが、

それはそれでまた楽しく、

その本への労いや思いがけない真実を見る喜びが詰まっている「あとがき」は、

ある意味、もうひとつの物語を運んでくれる秘密の場所だと、

勝手に期待を抱いているのかもしれません。


みなさんが麗子や一行に見たそれぞれの生き方を、

この場所でもう一度思い出して頂ける事を願って、

この物語の本当の最後のページを書こうと思います。


この物語を書き始めてから、もう二年も経ってしまいました。

途中、書く事の出来ない時期もあったので、

実際の所は一年半くらいでしょうか。


家事をしながら、仕事をしながら、それは私にとって大変楽しく、

でもそれと同時に、自分自身と向き合う有意義な時間でもありました。



私は父親の介護、十二年目を迎えていました。


元々、文章を書く事が好きで、

学生の頃から書きためたものが大学ノートにたくさん残っていますが、

その頃の私は昼も夜もなく介護に明け暮れ、文章を書く事など皆無に等しく、

隔離された枠の中でもがいていたのかもしれません。


夜にふとひとりになってテレビの音さえない部屋の椅子に腰をおろすと、

社会から取り残されてしまいそうな不安が、

私を襲って来る気さえしました。

外に出ようにも、介護という難敵は私を簡単には許してくれず、

気づけば十二年…


今になって思えば、出口のない迷路でしゃがみこんでしまいそうな心と、

いつも闘っていたような気がします。


孤独とは違う、焦りみたいなものだったかもしれません。


でもその同じ心のどこか隅の方で、

負けたくはないと思っている力のようなものが少しだけ残っていた事も、

私にはちゃんと分かっていました。


大した事じゃないよと、まだまだ大丈夫だと、

必死にその迷路の出口を探す私に、

未来の私が静かに語りかけていたのでしょうか。


だけど、ちゃんとそう思えるまで十二年もの年月がかかり、

色々なものを諦める事に慣れてしまった私に、私自身が決心させた事。



それは


「行動」 でした。


歩き出さなければ、何も変わりはしない。


何もかも介護のせいにして、誰かのせいにして暮らしていた毎日を、

ちょっとカッコ悪いんじゃないのと言われた気がして、

被害者のような顔をし、

都合の悪い事だけ聞こえないふりをして過ごしていた自分の姿を、

やっぱりちょっとカッコ悪い事だと気づいたのかもしれません。


だから、挑戦してみようと思いました。

いつかきっと、と憧れていた小説を書いてみようと決めてペンを持ちました。


大それた夢を持ったわけじゃなく、私の心の中だけの挑戦でした。


そうして書いた物語が

『サヨナラの向こうにあるもの』です。


今改めて読んでみると、短い物語だったんだと分かる事も、

その時は何度も何度も書き直しながらの必死の作業でした。

一話書くごとに何人かの友人達へメールで送り、また書いては送り…

優しい友人達は決してけなす事もなく、根気強く付き合ってくれ、有難い事に

「次はいつ?」

と、催促までしてくれました。


ただ書きたくて書いている物語なのに、

もしかしたら形のない何かを創り出せるのかもしれないと、

錯覚してしまいそうな気持ちに胸踊らせる事もありました。


そして次のお話を書くまでの一話完結のショートストーリーを書こうと、

何気なく、本当に何気なく

『キャリアウーマンの運命』

と、タイトルだけを決め、

独身時代の私の気持ちを込めて、第一話を書いたのです。

ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、この物語は第一章の最後に


つづく…

ではなく、本当は

ー了ー

という文字が書かれていました。


続きなど書く気もなく、別のショートストーリーを考えていたほどでしたが、

感想の中にいくつか「短すぎる」の指摘をうけ、じゃぁと

第二章…

第三章…


結局あれから二年もの時を跨ぎ、ここで皆さんに見つけて頂くようになり、

何度も何度も訪ねていただいたおかげで、

こんな長い物語が出来上がる事になりました。


みなさんの印象に残っている場面はどこでしょうか?

空港でしょうか?

教会でしょうか?

それとも、Mで聞いた楽園でしょうか?


実はこの物語の中で、私はひとつだけ自分のために書いた場面があります。

叶える事が出来なかったその夢を、

もう絶対に叶う事のない夢を、

麗子の姿を借りて私は経験する事が出来ました。


それは、父と歩いたバージンロードのシーンです。


トップページにある後ろ姿のウェディングドレスを着た私は、

夫と二人だけの結婚式を挙げました。

本当は麗子のように、父と腕を組み歩きたかったと、

その姿をその目で見て欲しかったと、

その強い想いを物語の中で私は言葉に変えました。


印象を変えてしまったら許してくださいね。

その父はもう亡くなってしまいましたが、

あんなに辛いと思っていた介護生活も、

今ならもっと優しく接してあげられるのにと、

今は懐かしくさえ思えるようになりました。


私は思うのです。


私にこの十二年はやはり必要だったんだと。


そういう運命を私自身が、自分で引き寄せたんだと。


私が出来る仕事を、ちゃんと生きて行く意義を知るために、

私を選んで与えられたんだと。


私の人生の深い十二年が、この物語を書かせ、

私を前に進ませたのかもしれません。


最終章を更新し終えてからしばらくすると、

書き込みや直接私の携帯にたくさんのメッセージが届きました。



「ご苦労様

お疲れ様」


そして、それと同じくらいたくさんの


「ありがとう」


「勇気をもらいました」


「力をもらいました」

の言葉。




ありがとう…


読んでもらって私の方がありがとうなのに…



私はしばらく泣きました。



私の次の物語がいつ始まるのか、それはまだ私にも分かりませんが、

いつでもその入り口は開いているんだと私はそう思っています。


歩き出すか出さないのかは、自分の心が決める事ですが、

この物語の中の言葉を借りるなら


「明日が来る事を当たり前だと決めつけている錯覚を忘れずに

私は生きて行こう。」


という感じでしょうか。


「あとがき」 というのとは だいぶ違ってしまいましたが、

最後にもう一度 感謝の気持ちを書かせていただきます。


名前も顔も知らないたくさんの方々へ

それから、優しい友人、知人、姉へ




最後までお読みいただき、ありがとうございました。


みなさんのおかげで完結した物語


『麗子』
~キャリアウーマンの運命~


は、私の宝物になりました。



心から感謝しています。





追伸


私に自由な時間と、穏やかな暮らしを与えてくれた

優しい夫に感謝しています。


ついでに、更新に追われ焦っている私の足元に飛び付き、

靴下をはぎとり邪魔ばかりしたチワックスのコーちゃんにも。

ブレイクタイムをありがとう。




2008/2/28







次回は、現在の「あとがき」です。






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