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-良くも悪くも 人生の先行きは、誰にも実に予測できない-
誠は、身体不調海軍退役の落胆失望のどん底から、国鉄へ再就職。その勤め先でミヨに出会って恋に落ち、一挙ときめく青春、恋愛、結婚へと愛の上昇気流に乗って上り詰め、美しい妻ミヨと新婚生活まで、一途に入っていった。
故郷田川のローカルな片田舎で、幸せいっぱいの気持ちで誠は青春を謳歌したのだった。
-誠とミヨの確執のある結婚-
...ミヨとの結婚で、誠が唯一心を痛めた事は、実家の父聡一郎の祝福を得られなかった事だけだった。
岩崎聡一郎家は、駅から離れた山里の、広い田畑を持つ親代々の大地主であった。
一方ミヨの両親は、炭鉱に移動してきた出稼ぎの労働者夫婦で、遠賀川沿いの、被差別地域に住む地の人達と一緒に住んでいた。
ミヨの住むこの被差別地域には、朝鮮から強制的に連れて来られた家族も多くいた。ほかに、住所の無い河筋に住む者や流れの炭鉱工夫達が、所狭しと入り乱れて住んでいる極めて特殊な集落地域であった。
そしてそこに住む者たちの特徴と言えば、只一つ「結婚は、この地域に住む者たち同士で行う」のが常であった。それで、その地域には同姓が多かった。
一方、当時普通の旧家の結婚相手としては、何処に住んでいるかは、両親は健在か、職業は何か、と同じ程重要視されていた。
その意味でミヨは、特殊な地域に住んでいたという他、既に幼少時に父親を亡くし片親育ちで有ったし、ミヨの母親は、炭鉱夫相手の飯屋と一杯飲み屋のおかみで有った。結婚相手として双方の家庭環境は、何から何まで相当の違いがあった。
この違いこそが両家子息の結婚の確執を生んだ。
結婚は、誰でも認めるように、二人だけの結びつきだけではない。家と家の新たな結び付きでもある。
俗に相性がいいとか悪いとか聞くが、総じて同じ背景、同じような家庭環境、教育環境に育った者同士は、相手に合わせ易いものだし、また家庭のやり方、考え方も似ているので、親戚付き合いの点でも問題が少ない。誠の父聡一郎は、息子の結婚に関して、そういう持論が有った。つまり家の繋がりと言うモノを重視していた。
ミヨの家柄は「嫁として岩崎家に、不釣り合い」と、父聡一郎はこの結婚に反対だった。
誠にとっては、そういう家柄やどこの出身などと、全く無意味に思えたし、ミヨとの育ちの違いも二人の結婚生活に障害にはならないと確信が有ったので、どんなに反対されても結婚を諦めない決意があった。
ミヨもまた自分の親族の中で、家柄の違いすぎる誠との結婚に、誰もが反対し、孤立していたので一旦は、諦めて断った。
そうだった...のだが、誠の愛と熱意を前にして自分も深く誠を愛している事が解ると、悩み抜いた末、誠の結婚の申し出を受け入れる事にした。
家柄の違う確執のある結婚なので、後々生じる全ての障害を受け入れる覚悟を決めて、二人は結婚した。
誠もミヨも子供として、出来れば...双方の、親や兄弟の祝福を得て結婚したかった。 が...それは望む方が無理だと双方とも充分承知していた。
だが...
誠の母ツネの考え方は違っていた。
沈没しかけた息子が、奇跡的にも浮上し助けられた、それが、ミヨの愛の力であるならば、反対する理由が無い、と思っていた。
ツネは結婚に猛反対の聡一郎に、許してやる様にと説得していた。
「貴方...誠もこの結婚が尋常ではないって事、知っていますよ。」
「い、いや、解っていない。恋愛と結婚は別のものだ。後で厄介な事に巻き込まれるぞ。そうなれば二人とも不幸になる」
「私も...そういう親族の揉め事を聞いた事が有りますわ。でも、そうでない人も居ますわよ。」
「わしは、 自分の子の事だけで反対しているンじゃない。相手の娘さんだって、一時の恋心だけで決めて、一生幸せな結婚かどうかなんて解らないというものだ。あちらのお母さんだって、反対していると言うじゃないか」
「そう伺いましたけれど...、母親なんていう者は、最後には折れますよ」
「...お前は楽天的で目先の事しか考えん女だなあ」
「はい、それで宜しゅうございます。当節こんな情勢ですから、先の事等分かりませんわ」
「まあ、そうだが...」
「結婚も人それぞれですよ。誰と結婚しても本人が幸せを感じなければ、意味が有りませんもの」
息子を立ち直らせたのは、親でも説教でもない事実を認めていいと思った。
ツネは、ミヨと会ってみてミヨの人柄の良さと誠の強い意志の前に、只、何処に住んでいるか、何処の家の出か、だけで結婚を反対するよりむしろ、難しい結婚だが、陰ながら応援していこうと決意していた。
母心である。母親と言うものは理屈より、困難に立ち向かう子供の応援団長になる。
ミヨと誠の結婚はこの母親ツネの陰の支えと助けで、実現できたのだった。