今日は、お仕事がお休みなのでゆっくり打ち込もうと思います。
普段はお仕事の合間に、チョコチョコとブログを開いて打ち込んでるから、気持ち的に落ち着いていませんので。
で… 今日のテーマは「40歳の死」です。
40歳で亡くなった、義理の姉(元)の死について。
彼女は、双子の妹としてこの世に誕生しました。
しかし、一緒に誕生した双子の姉は、わずか数日の命でこの世を去るという、短い人生を歩む結果となってしまいました。
彼女も未熟児で、後40年、身体障害者として生きる術を与えられたんです。
幸いにも、身体に不自由はあっても、精神的にそして知能は健常者と変わりない、もしかすると、感情的には健常者よりも優れていたのかもしれません。
それが、義母との対立となったのだと思います。
彼女のする事全てを義母は否定しました。
彼女が幼少の頃大変だった事、お金が掛かった事などを日々彼女にぶつけ、彼女の思いやりも、迷惑と言い切りました。
義父が大工の棟梁でもあり、私が30歳の頃大きな家を建てました。
彼女は当時、アパートでひとり暮らしをしていましたが、こっそりと私に新築の家に一緒に住みたいと話しました。
もちろん部屋数はあるので、住めばいいよと…住むものだと思っていました。
身体も弱いし、寝込むことが多い彼女にとっては同居の家族が必要だと感じていました。
独身の彼女は、子供たちをとても可愛がってくれましたし、良く私とも仲良く話していましたから。
しかし、彼女は何故か、私たちが以前住んでいた小さな家で暮らし始めたんです。
義母が同居を拒んだらしいのです。
そして、彼女と私が仲良くしていると義母はいつも仲を切り裂きました。
何故そこまで実の娘を嫌うのか拒むのか、私には理解でしかねました。
私が嫁ぐ前に、どんなことがあったのか知りませんが、でも…親子です。
ある日、彼女の家に来た郵便局員が、玄関で倒れている彼女を発見しました。
灯油を給油タンクに入れている時に気を失ったのか、転んで頭を打ち意識を失ったのか、倒れた彼女の背中には灯油が流れていたそうです。
直接灯油にあたっていた身体の後ろ半分の皮膚はただれ、気化した灯油を吸った器官は火傷をしていました。
そのまま彼女は、約2ヶ月の入院生活の中で息を引き取りました。
身障者として、馬鹿にされ、いじめられ、それでも彼女は強い意志を持っていました。
職場での男性からの精神的な嫌がらせで、身体中に発心が出き職場を変えざる負えなかった事。
世間からの批判。
それを守ってやらない家族。
義母との気持ちの相違から来る寂しさ。
義父の無関心。
彼女には笑顔もあったし、彼女なりには楽しく過ごせた時間もあったとは思います。
でも、周りが守る事により、もっともっと彼女は楽しい人生を歩み、今もなお、生を受け続けていられたのかもしれないと思います。
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今、彼女は空の上からどう見ているのかな?
彼女なら、きっと恨みなく家族を見守っているんじゃないかと思います。
私も、今では彼女より年上になってしまいました。
彼女が亡くなった後、義母は悲しみに打ちひしがれ、家からお棺を出すときも立ち上がることも出来ず、私が抱えて車に乗せました。
田舎なので、身内には通夜も葬儀もしなくてはいけない事があるんですが、義母はまったく頭が回らず、私が仕切らなければなりませんでした。
それほどまでに悲しむのなら…
何故生きている間に、もっともっと大切にしてあげなかったのか…
もっともっと、親子として触れ合わなかったのか…
親族の愛は、時として憎しみに似た愛に姿を変えてしまうのでしょうか…
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