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まだブログに記載が見当たらないので、今回取り上げます。
僕は1990年に鈴鹿サーキットで行われたF1日本グランプリを観に行きました。

当時はF1ブームだったのでチケットは抽選販売でした。それが見事にグランドスタンド席で当選致しました。三日間通し券でしたが、社会人になったばかりでしたので予選と決勝の二日間だけ観に行きました。宿泊は車中泊で。決勝はセナとプロストが1コーナーで衝突しあっけなくリタイヤ。続いてマンセルやベルガーも消えました。ところがそれで鈴木亜久里が三位を快走し、ポイント圏争いをしていたティレルの中島悟がホームストレートでロータスのマーチンブランドルをスリップストリームで追い抜き、グランドスタンドは大歓声に包まれました。そしてゴールインを見届けたかったですが、それをすると駐車場から愛車を出そうとしても大渋滞に巻き込まれるので、翌日仕事が待っている僕は。チェッカーフラッグを見ないまま鈴鹿サーキットを後にし、歓喜の瞬間は自宅でテレビ録画を見ました。
こうして僕の1990年日本グランプリは終わりましたが、翌年1991年は予選だけチケットが取れたので観に行きました。他にも鈴鹿では愛車R32スカイラインの兄貴分R32スカイラインGT-Rが猛威を振るっていたグループAツーリングカーレースも観戦しましたが、自然吸気エンジンのF1に比べてターボエンジンの低いエキゾーストノートと、車のスピードの遅さにあまり興味をひきませんでした。
これらの経験から、当時「あと10年これを早く観戦していたらレーサーを目指していた。」と思いましたが、実は僕はF1ドライバーになっていたかもしれない可能性があったのです。かつて小林可夢偉というF1ドライバーがいましたが、その祖父が寿司屋を尼崎でしていて、どうも美人で有名だったウチの母に近づいたそうなのです。そこへ母の姉、僕の伯母が「ウチの妹に手を出さんといて。」と彼の前に立ちはだかったそうです。もし彼と母が上手くいっていたら、今頃僕はF1ドライバーになっていたかもしれません。先日法事でその話を親戚にしたら、従兄弟から「それやったらオマエ生まれてへんやん。」と茶々が入りましたが。
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