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最近ずっと気になっていましたが、「飛ぶボール」について野球解説者(の中でも芸人系)が「横浜(ベイスターズ)は飛ぶボールを使ってる」だの「ミズノ社のボールは飛ぶボール」等の発言をしていますが、アレっていつから表現の自由がうまれたんでしょうか? 最初に思ったのはテレ朝のワイド!スクランブルで、なかにし礼って人が飛ぶボールについて一方的に発言してて一応、ニュースも扱っている番組でいいのか?と思ったのを記憶していますが、今はニュースそのものです。 ´99年に当時阪神の監督だった野村監督が雑談で「横浜は飛ぶボールを使ってるんやないか?」とジョークで言っただけで、ベイスターズ球団は阪神に抗議。又、セントラルリ-グに名誉を傷つけられたとして回復を求めた。横浜ベイスターズは是非!現在の安易な「飛ぶボール」報道に抗議してほしい、からかってる訳ではないですよ。 「飛ぶボール」の基準がバラバラなまま安易に発言・記事が責任ある人・団体から出るのは不当だと思うのは私だけでしょうか?(だいたひかる風) 今のところ、「飛ぶボール」観について大まかに分けると1、国際球に統一しろ!今のボールは飛びすぎる2、ミズノ社製のボールは飛びすぎる他社を使え3、今のプロ野球の使っているボールは不正な飛ぶボールだ! 3はルールと規格検査を否定しているので違う話ですが1と2は今後のプロ野球界の方向性になりそうです。1は「国際球が当然の様にメジャー球をモデルに造られていることに疑問も意見もないのでしょうか?問題」がありますが、先日の監督会議でほぼ1の流れで行くことに決まったようです2は他社がミズノ社と同じ技術を持った場合や「そもそもミズノ社製ボールの何処を問題にしているのかが出てきていないので根本的に解決できない」問題(1も同様の問題アリ) そこで4です。国際球についてちゃんと議論して決め、プロ野球のボールは飛ぶ飛ばないの議論を含めボールの変化やストライクゾーン、空気抵抗等の相互関係を仮定しボールの感触などは現在の選手(特に投手)に多大な影響を与える事を考慮して段階的に変化する事を規定し、プロ野球の方向・独自性と国際球への対応・類似性を持たせたボールを造る。と私見が突っ走ってしまいましたがそう思うのは私だけでしょうか?(再び、だいたひかる風)
2005年01月28日
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ブルーウェーブ・震災の話しが続いたので、その流れで元Bw・東北楽天ゴールデンイーグルスの大島公一選手についていろいろ書きます(ちなみに今回のカテゴリは楽天です)。大島公一(おおしま こういち)1967年6月17日生まれ38歳O型東北楽天ゴールデンイーグルスの内野手 右投両打 背番号13身長167cm(公称)小柄な選手の代名詞的存在(小坂選手も)92年都市対抗優勝,バルセロナ五輪では1番セカンド、銅メダル東京都板橋区出身、現在仙台在住。法政二高―法政大―日本生命―近鉄―オリックス―楽天合併球団からコーチ要請もあったが断り東北の地へ楽天移籍について「新しくプロ入りするような気持ちです」と、コメント。獲得タイトル、ゴールデングラブ賞4回。ブルーウェーブ´96リーグV、´97日本一のメンバーはほとんど引退しているなか、大島選手は数少ない現役選手。ベテランながら、見た目も動きも若々しく本当に元気で昨シーズンから左打ちに専念するなど技術的にも元気。個人的にも大島選手の打撃フォームは大好きで理想的見た目通りつなぎの選手っぽくファールで粘るのも出来てバントも巧いが意外とパンチ力もあると思います(非力でない)特筆すべきは出塁率で(打率も悪くないんですが)打率とかけ離れた出塁率を残すシーズンもしばしば、又塁に出るとベテランながら若手のように積極的に盗塁で相手をかき回すそんな選手です、東北楽天ゴールデンイーグルスの試合を観戦の際はぜひ注目してご覧下さい。
2005年01月24日
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また思い出話で申し訳ないですが・・・地震が起きた時住んでたのは、後に被災者が引っ越す仮設住宅が建てられる、比較的被害の小さい所でしたがそれでも全半壊した家もありましたし、町全体が停電断水で給水に何キロもポリタンクを持って運んでましたが。引っ越す前(震災の2,3年前)は被害が最も大きい神戸市中心の団地でした。団地は崩れました。一緒に遊んだ友達の中にも亡くなった子がいました。学校にも転校生が数多く来ました。その時に仲良くなった一人にブレーブス~ブルーウェーブファンのやつがいました。95年のシーズンのリーグVであいつは被災転校生から自然に普通の生徒の一人になりました。「がんばろう神戸」は、うちの学校の生徒は普通に自然に輝いてみえました、マスコミの美談では無く自分の体感として「がんばろう神戸」を誇らしく、神々しく感じたものです。それにしても10年か色々あったなぁ・・・
2005年01月17日
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全然、更新できてません。仕事が忙しくて・・・(いいわけ)しかも、やっと書くときにはイーグルス関連じゃないしいつになったら当初、考えてたようなブログになるんだかまぁ、鬱ってても仕方ないので本題に行きます。1995・1・17阪神大震災が発生、我が家大きく揺れる。2005年1月12日神戸新聞朝刊より「あの光景」1、プロ野球・オリックス監督仰木彬さん 使命感、胸に 福岡の自宅から神戸に戻れたのは震災の10日後だった。直行したのは神戸市役所。ロビーは被災者でいっぱいだった。痛々しさと生々しさ。お見舞いの意味もこめてみなさんと握手していたら「頑張ってください」と言われた。住むことや食べることを心配しなければならない状況で、「頑張ってね」と言われる。「頑張らなきゃ」と思ったな。 選手からも自発的に「神戸のために」という話が出てきた。地元は大変なのに野球をさせてもらっている。 ※ホームゲームをやるとすれば、周辺の地域と思っていたが宮内オーナーが「こういうときだからこそ」と神戸での開催を決めた。交通網も整備されていなかったが、決断をした宮内さんは偉かったと思う。神戸新聞をとっている方はスポーツ欄(14・15面)を見ていただきたい(我が家は神戸新聞)。自分自身、震災~オリックス優勝を体感しているので、思い出が沢山あるので、仰木さんには感謝と敬愛、そして信頼があります、上の記事は05シーズンの話もあるのですが※の所の話に関して激しく言いたい事があります。オリックスと近鉄の合併に際してゆくゆくは本拠地を大阪にとオリックス側は言っていましたが、2005年は震災十年の節目のシーズンです、これを(経営的にも)活かそうとは思わないのでしょうか?何年かWフランチャイズだそうですから少しはつまみ喰いする気の様ですが、なら腰を据えてやって欲しい。それじゃあ経営が成り立たん、赤字だ!と言うならば、仰木監督のインタビューじゃないがもう少し交通の便を考えてくださいよ。海岸線沿い(JR沿線)の人間を無視するかの様な、地下鉄(か?)しかも行き止まり。仰木監督、並びに合併球団の選手・ファンの方々には頑張って欲しいです。一応、現在も地元ですし・・・少し感情的になってしまいました、失礼しました。
2005年01月15日
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「元日にブログを始めたい」ただ、それだけで前回、書き込んだのでメタメタな初回になってしまいました。なので軽く肩ならし代わりに自己紹介してみます(遅い)。下田といいます、野球が好きなパソコン初心者ですが畏れ多くもブログを始めました。楽天を応援したい、と思ったからです。が、よく解ってない可能性が大です。ので心優しい方は生暖かく見守って下さい(前もって言い訳)内容は東北楽天ゴールデンイーグルスを応援する、とタイトルの通りにしたいのですが準備不足かも・・・まぁこれからどうなるか又見に来てください、宜しくお願いします
2005年01月07日
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新年明けましておめでとうございます。と言うことで、めでたいのでブログ開けました急いで開けたのでホームページのタイトルが説明台詞になってしまいました、とりあえず記念書き込みします。後で最初の日記を見て恥ずかしいと思うぐらい思い付きのブログ開設・書き込みですので、このブログの通称は「思いつきブログ」なので(これも思いつき)略して下さい。兎に角、見て下さる皆様へ「宜しくお願いします」
2005年01月01日
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