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2015.01.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類
デフレ渦中の日本にとうとう遅れてやってきた来て仲間入りしたEU
●とうとう域内の金融緩和を決定したEUは好悪にかかわずも未踏の実験場にみずからか否応なしにか、背中を押されて踏み込んで来ざるを得なかったと言える。 日本も本来ならば今年でいわゆるデフレ脱却のための物価上昇2%を達成して自力で日銀の公約であるデフレ脱却を意図するところであった。 しかし原油相場下落の不意打ちを喰ってどうやら今年の脱却は無理らしく、最近の黒田氏の顔色は一寸冴えないし、論旨も明確ではなくなってきているようだ。 
この調子では次なるバズーカも打つチャンスがなさそうだし、日銀内部でも反対ののろしが上がるかもしれない。 それにしても先にデフレになったときは欧米も日本の停滞、いや崩壊と揶揄したくせに今はアメリカはさて置いて、EUの打ちしおれた姿はまさに江戸の敵は長崎でと腹に一物、手に荷物の冗談でもと思ってしまう。 いまの世界経済はもうアメリカ一極だけが去年に金融緩和を脱却して、今年からは金利引き上げの時期を狙っているという。 レームダックオバマも今にきて棺桶からまさに生き返ったようなはしゃぎぶりであるそうな。まさに政治における経済の重さはこれをみてもよく分かる。
その一方で、そのほかはBRICSも軒並み景気後退で以前の騒がれ方がなんだったのか思わず呟いてしまうほどのダッチロールぶりである。 だれがこんなことを予想し得たであろうか?  それにしても政治のあたふたぶりにも関わらずによく我慢した日本国民大衆のいわゆる常識はやはり大したもんだ。
はなしはかわるがそれにしてもやはりキーワードはエネルギーだ。このほぼ
小一年の原油が世界の経済の景色を変えた様はどれほどのインパクトであることか? とくにロシアを沈没させた威力と戦争とテロを格段に誘発させている危険度がいや増しているなどなど・・・。なにか政治経済地盤が全世界的に液状化しているのか? 今までの筋書きでは敷衍できない解釈のための新たな普遍的尺度を探さないとというような焦りに似た不確実空気を感じる所以なのだろうか。 そこで今までの通って来た道さがしに躍起となっているようにも見える。 いま急速に将来の確たる道を求めて、どの国、どの民族もよかった時代への回帰にその解を求める動きが、グローバル化の一方で反対に加速していると思える。 それは政治経済から当然文化にも及んでいるようだ。 日本の置かれた北東アジアはまさにそのことでもう日中韓は歴史問題でにっちもさっちもいかない見みすくみのくんずほつれつでいまもまだそれが融和していない。 日本も国営放送での遡りの歴史物はここの所、物凄く放映が増えているのは故なきことではない。それによく分からないがお隣の韓国の歴史物がなんで2チャンネルもの常時放映しっぱなしなのかもよく分からない。国営放送絡みとはいえ政治と文化がここでは仲良しなのが不思議ではある。 わたしはいつも画面に顔ばかりが移るので見ない。 遠くの景色とかが映れば世界の、とくに
欧米の美しい自然や町の景色であればついつい見てしまうが韓国の顔ばかりアップで映る歴史物は余りにもけばけばしく単純に空々しくて見る気がしない。
それはさておき日本民族のいわゆるいい時のアイデンティティなるもの探しなのだ。 しかし歴史は繰り返すとばかりにはいかない。 思わぬ局面に邂逅することも多いのだ。
とくに世紀的なIT革命がすべての今までの遍歴回顧での学習をまったくの無にするような時代的変化をもたらしているようだ。 

つまり世界の資本主義は封建制度に次いで現れ、産業革命によって確立された経済体制であった。そして生産手段を資本として私有する資本家が、自己の労働力以外に売るものを持たない労働者から労働力を商品として買い、それを上回る価値を持つ商品を生産して利潤を得る経済構造を作り上げた。そしてまた生産活動は利潤追求を原動力とする市場メカニズムによって運営されてきたのが今に至る産業経済の進化過程のあらすじだ。 そしてその利潤の積み上げたる資本が経済の本丸として機能してきたのだ。 しかしどうやらこの資本がその枠を飛び越して人間の制御の効きにくい範囲にまで欲に駆られて暴走しかかっているのだ。  裏付けを欠いた印刷紙幣に堕しかけているこの魔物の取り扱いにイエローランプが灯りつつあるのが今でしょといえるのだ。
資本主義の当初、勃興期は経済の新世界・新天地としてそれでも物理的に余地のある植民地に向かっていた時代が長く続いたが、いまIT時代は第一次の産業革命とは比較にならない速さでグローバル世界を狭くした。 もう今までの一次元、二次元経済から三次元の経済に物凄いスピードで移行している。  そしていちばん問題はすべての加速化された供給力が需要を圧倒的に凌駕する経済局面に移ってしまえる潜在力を人類が手にしたことだ。 まるでそれは人類の祖先が石を石器として効率的な狩りの手段化して食料確保したようにである。
 その究極の意味では長かった量の時代は終わったと言える。 だからGDPなんて尺度はもう今ではある面では意味がないのだ。  もういまは神の手は怪しい。 傲慢ともいえる制御しにくい現代の供給の神の手は長い人類の飢餓
の歴史をまるで変えつつある。 今度は翻ってつねに傍にくっついて離れない
需要不足経済の到来である。 ある面でわれわれはあのフォアグラにはされたくないのだ。 もっと食え、さらにモット買え、消費しろ、GDPに奉仕しろは
ええ加減にしろとも言いたいのだ。
それは地球環境から逆算される神のたぐいまれな微妙な配剤の手なのかもしれない。 それは地球にあまねく過剰な資本の均等な広がりと投下の平等を促進すれば吸収が円滑にゆくものを、人類の性、欲望の制御以外にはその偏りを普遍的に均すことはできない。 それはたぶんキリストじゃとかイスラムじゃ、仏じゃとかの有象無象を超えたものへもどうみても接することになる。またそれは国とか人偽的な区画区別とも相いれない新しい普遍的な人類の新たな哲学の打ちたて以外には解はないのだ。 まあ言ってみれば今のままの資本主義がどうやら原価償却を終えたらしいとの確認から次なる尺度の打ち立てがもう既に始まっているのかもしれない。
どうみても、もしあるのなら、新しい神の導きによる市場メカニズムを早急に探査しなければ、とにかくこの変化自在のスピードにはついてゆけない。  そんな世界をいまの人間は作ってしまっている。 それを止めるのも作り変えるのもいまに生きるわれわれ人間だ。
http://www.new-life-club.com/bizdoor/





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Last updated  2015.01.25 10:57:02
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