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2008.10.28
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カテゴリ: 陸上競技
高橋尚子選手が最後に優勝した 

東京国際女子マラソンのゴール




今朝の7時ごろのバラエティー番組で,スポーツ紙が「 高橋尚子現役を引退 」の見出しが

出ていました。


もちろん番組でも触れていたし,午後のニュースや,引退会見の模様が映されていました。

ここでは会見の内容は省略しますが,11月から来年の3月にかけての女子の3大マラソンの

出場は「 顔見せ興業 」ではなかったことを示しており,せめてもの救いです。


ここでなぜこの時期に引退なのかを含めて,このような事態になったのかを考えて見ます。


L~  アジア大会で優勝 高橋尚子選手



26歳のマラソン人生での絶好調の時代

1998年のバンコクアジア大会での高橋尚子選手




1.絶好調時と最近の故障時までの変化について


やはり,36歳の年齢は,過剰なトレーニングや故障しがちな身体になってしまったのは残念

です。



り出しでした。

けれども小出監督の忠告「 落とせ! 落とせ! 」は聴かれませんでした。  

順調に30kmまで行き,やや世界記録より遅れてゴールしました。

2.21’47”とロルーペの世界記録にほぼ1分と迫り,30℃を超える体感温度では驚異

的な記録でした。

これで,高橋選手は世界の女子マラソン界に鮮烈なデビューをしました。

ここでは,けれんみのないスムーズな走りで,ややピッチ走法で,腕降りも体側についた綺麗

なものでした。多少左右の腕振りがアンバランスなのはご愛嬌でした。


27歳で迎えたシドニー五輪の選考会,名古屋女子マラソンでは中間地点からのスパートで本

来の力を見せました。


本番の2000年のシドニー五輪では,28歳の最高潮の状態でした。



スピードも豊かなものでした。

スパートも予定通りの位置で,思い切りの良い力強さでした。


終盤ややへばったのはいつものこと,おつりがこないほど力を使い,燃焼しきった走法でし

た。

2001年の29歳のときは,夢のような年でした。



を狙うのには格好の設定でした。


世界記録を上回る,イーブンペースで進み,またもゴール前は遅くなりましたが,2,19’

46”と念願の世界記録を樹立しました。

このレースは,新宿のデパートの家電売り場で見ていましたが,数人がテレビの前にいて,関

心度がやはり低く,がっかりしたものでした。

わずか1週で,ケニアの新星キャサリン・デレバ選手に破られましたが,最初に女子マラソン

で2.20’の壁を破った選手なので,記憶と記録の両方に残る選手と思います。


その後の2004アテネ五輪,2008北京五輪の選考レースでは,東京のコースの不慣れ

さ,名古屋までの身体の故障が直りきらずの見切り発車では落選もいたしかたないものです。


今でも,私は高橋選手はスタミナに疑問があったが,スピードで補っていた選手だと思ってい

ます。

おそらく,10,000mでも訓練すれば成功していたと思います。

けれども,ラストのスパート力には自信がなかったようです。

6位では納得せず,最低でもメダル,優勝を狙ってみたい気持ちがあったようです。


千葉駅伝ではアンカーとしてアップダウンの激しいコースを乗り切りました。

ボルダーでの練習では,2,000mの高地,舗装をしていない山道を駆け上がっていくので

かなりハードな練習でした。

小出監督の車上からのアドバイスの受け答えでは,名コンビ振りを見せていました。

さらに,3,500m以上の高地では息も切れるくらい,胸が詰まっていくような辛いもので

した。

とても走っていられないほどでしたが,高橋選手は持ち前の負けん気の強さで乗り切ってしま

いました。


若いうちは,強烈な鍛え上げた腹筋と上半身,脚部も細いが十分に鍛錬した適度な太さと強さ

を持っていました。



2.2001年のベルリンの世界最高記録から次第に30歳の年齢の壁を過ぎていくと,精神

的な強さはそのままでも,肉体的な衰えが見えることになりました。

いわゆる「 金属疲労( 勤続疲労 )」が各所に見られたような気がします。


東京国際女子マラソンでの失速してしまったレースでは,前半はハイペースで飛ばしても,後

半はかなりのペースダウンをしてしまいました。


雨のレースでは,ついていくレースしかできず,ずぶずぶに濡れて,歩くような最後の2km

でした。

今年の3月に名古屋での2008北京五輪の選考会では故障( 骨折 )あがりでした。

ですから,最初の数キロでペースダウンで,初めてマラソンを走ってから最低のタイムでし

た。

ここでは,参加すべきではなかったと思います。一縷の望みを持ってTV観戦しましたが,残

念なことをしました。(名古屋の瑞穂競技場まで出かけようとも----おそらくラストランにな

るであろうと思いましたので)


アメリカでのハーフマラソンなどボルダーでの高地マラソンの3.03’台などは,順位は1

位であっても,納得のいくレースではなかったとのことです。


チームQの結成で,スタッフには監督不在などのデメリットがありました。

練習,練習内容やスケジュールは自分で組んだと言います。

これは,客観的に見られる立場に人が1人いるといないのとは大違いのはずです。


小出監督との練習では,常に高橋選手の走り,フォーム,脚の動き~シューズの心配,足の豆

の有無など走っているときの状態を絶えず見てもらえたし,何よりも精神的な支えになってい

ました。

練習を途中でやめる権限は監督にありましたし,高橋選手もすぐにうなずいて止まりました。

女子選手にとっては,監督とは最も信頼の置ける存在ですので,自身で作る練習は見た目より

実に入らなかったかもしれません。



2.これからの進路について


何しろ女子の陸上競技で初の金メダルを獲得した選手ですので,これからも多方面で声がかか

ることでしょう。

今までも,ゲストランナーやイベントでの活躍,講演会などを行ってきたようです。

あの人を明るくさせる元気なキャラクターは欠かせないようです。


本人自身が言っているように,これからも陸上とかかわっていきたいし,年齢をとってもずっ

と走って行きたいというのも一つの決意の現れでしょう。


スピードを競わない短い距離でのレースには同行して楽しみながら参加できそうです。

このようなことは,国内がほとんどですので,海外に眼を向けて,語学をしっかりと見に着け

チャリティーでも活躍できそうです。


瀬古選手が,イカンガー選手の母国のタンザニアでのチャリティーレースに参加したとか,す

るとか聞いています。

是非,多数の過去の有名選手と連れ立ってのレースを参加していただくのもいいかもしれませ

ん。

母校の大阪学院大学での客員教授もかつてしていました。

これから,時間数も増えて取り組むこともあろうかと思います。


高橋尚子選手には,これからもますます元気なQちゃんスマイルで,大いに活躍して欲しいと

思います。


ともかく今までの選手生活出の活躍,後に続く選手に大きな影響を与えたことは確かです。

本当にご苦労様でしたと心から思います。













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Last updated  2008.10.29 06:06:47
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