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毎年、年始の賀状と電話でのやりとりはあっても、すでに25年近く会っていない懐かしい友人。
しかし、電話口での彼の声は時の隔たりを全く感じさせることなく、又私の声も相手には変わっていなかったようで、二人はすぐにあの時代の友として蘇ります。

互いにしばし、久し振りの喜びの会話を交わしながら、その友人がわざわざ電話を掛けてきた趣旨というのは、彼と私に互いに共通の、もう一人の友の事でした。

私と電話口のKさん。
そしてもう一人の友KW君。

過ぎしかの時代、その時代の友人のなかでも、唯一、今でも清清しい程の友情的感覚で私の記憶と心に、かけがえなく大切な心の財産として残っている彼ら。

私とこの日電話してきたKさん、そしてKW君とは、大学時代の親友なのです。
両人とも私より1期後輩でしたが、Kさんは年齢的には私より二つ上でした。

その二人と1期先輩であった私が、いつどの様なきっかけで学内に出逢い、互いに親しく付き合うようになったのか記憶はおぼつかないのに、学生時代に過ごしたこの間の「友」としての想い出は、私の心にとてつもなく大切なひとつの財産として、年月は過ぎ行くとも、決して消えることのない存在なのです。

そのKさんは、風貌も性格も、実直で素朴感漂う、まさに誠実でいっぱいの人でした。
風呂もない互いの安アパートはすぐ近くで、Kさんは、何故か私を慕って度々私に声を掛けてくれました。

当時、飾らない気質のKさんにあって私になかったのは、大人の部分であったような気がします。
考えも落ち着いて大人なKさんに比べて私はというと、今振り返っても情けないかな、当時は特にまだまだ対人への接し方が下手で、どちらかというと自分の世界に埋没する傾向も多少相俟って、時にぞんざいなKさんへの接し方もしながら身勝手な部分も多々会ったような気がします。
その様な私に、Kさんは私との付き合いを投げ出すこともせず、相変わらず、なんだかんだと、私のところへやってきたものです。

今思えば、いつも私をフォローしていてくれたような気がします。
しかも、さりげなく気を使う人でした。
実は私の未熟さゆえ、彼女との付き合いが危うくなりかけた時も、私を押しとどめてくれた恩人でもあります。

ある年の正月こんなことがありました。
帰省する金もなく食うものもなく、寒々とした汚い四畳半で意気消沈していた私に、同様にその年、貧乏生活のなか帰省せずにいた彼が声を掛けてくれ、せめてもの正月だからと、どこで仕入れてきたのか一匹の鯛を焼いてくれたのです。


すでにKさんと親友だったKW君は、いまでいうイケ面。
仕草も行動もスマートで明るくて爽やかさ溢れる好印象な若者でした。
KW君とはKさんとの出会いがあった後、彼の紹介で知り合ったような気がします。

今思うと、そのKW君の、Kさんも私も持ち合わせ得ない彼の爽やかさを本当の弟のように間におきながら、絶妙な友情の間合いを大人であるKさんは取り持ちながら、先輩とはいえ、未熟ながらの年下である私を有難くも立ててくれながら何となくの連帯感が出来上がっていたように思います。
私がいうのもなんですが、三人に共通するのは誠実で純粋ななる部分だったと思えます。


その我々は、三人とも学生時代に知り合った彼女と結婚してしまいました。
私達三人は、その付き合い初めから互いの彼女を見てきていました。

一番先に結婚したのはKW君。
彼の卒業後間もなくの結婚式に、まだまだしっかりした職もままならない私に、結婚式に着るためのスーツを用意してくれたのが、当時付き合っていた私の妻殿です。

その妻殿には、就職前の貧窮時には差し入れをよくしてもらいました。
金も借りました。まだ返していません・・もう時効です。”^_^”
この頃、妻殿には、すでに私との行く末に、悪い予感を持っていたに違いありません。”^_^”

やがてほどなくKW君の次に私が郷里で式を挙げました。
結婚式間際まで、・・この人でほんとにいいのかしら・・と迷っていたという妻殿は、これで完全に運のつき?
泣いて別れないで・・
と言ったという私・・
そんな情けないことをいうわけがありません。きっと。
といいつつもはや立証するすべもありません。
当事者の私の記憶から完全にそのことは欠落しているのですから。

またまた脱線してしまいました。
私の余談はさておき、
その私の結婚式。
Kさんは就職した郷里でもある鹿児島から・・、準大手ゼネコンに就職したKW君は、やはり郷里の福山から、二人とも有難くも遠路駆けつけてくれました。

そしてすぐ追いかけるようにあったKさんの結婚式には、同様に私もKW君も鹿児島まで行ったのです。
言葉は語らずとも、自然に、この私達の縁は、離れていてもずっと互いに続く気がしました。

その後、月日の流れる中、三組の夫婦が同時に会う機会はついになく、我が家へそれぞれの夫婦が一度来てくれただけになりました。

会いたい気持ちのなか、互いに仕事に子育てに日々を送り、毎年の賀状にのみ各々の家族の成長を窺い知りながらの年月は過ぎて行ったのです。
しかし、私は確信しながら今でも思うのです。
それぞれの連れ合いをも含め三人とも、その流れる月日のなかで、決して友情的部分はそれぞれの心のなかを離れることはなかったことを。
時に・・どうしているかな・・
会ってみたいな・・と募る気持ちのなかで年月はあっという間に過ぎ去るものです。

そして7、8年前になるでしょうか、ある日1枚のハガキが私の手元に届きました。
KW君の奥さんからのものでした。
KW君が突然に癌で他界したとの文面でした。
脳腫瘍によるものだったようです。
まだまだ先のあるなか若くして逝ってしまったKW君。
訃報が届いたのは、気を使われたのか、すでに葬儀も済ませしばらく経っていたようです。

私とKさんはすぐさま連絡をとり合い、KW君の奥さんの心情を計りつつKさんと私のその時の都合をみながら近い家にKW君の墓所にいこうということなりました。
しかし、結果申し訳なくも、互いのタイミングを見失い、その後、思いと裏腹に月日をつい流したままになってしまいました。


一昨日突然のKさんからの電話は、ひとしきり互いを懐かしみながら、この私達のかけがえのない友情的仲間である、KW君の事を彼が切り出すやいなや、私は直ぐに彼の言わんとすることを理解することができました。

「○○さん、KW君のことですが、ずっと気になっていて・・近い内・・私はこの連休間に都合がつきますけど、どうですか?」
「KW君の墓参りは、一人ではなく、やはり○○さんと行きたいとずっと思っていたんです・・」

「もちろんこっちも同じですよ」と私は答えました。
年月は過ぎ行くとも互いが持つ信頼できる心情。
我々には、多くを語らずとも、胸の奥底が十分に感じ取れるのです。

来月、私達は互いのスケジュールを調整し、念願であった、KW君が眠る岡山県津山市にある彼の墓所に行くことにしました。

KW君の奥さんは九州の出身ですが、彼の亡くなった後も、彼の郷里に留まり、子供さんを育てられ、そのお子さんも無事成長されたとか・・
今年も賀状にその成長を我々は知ります。
あの時代のKW君と同じく、KW君の実在はすでに無くとも、互いに知ったKW君の奥さんも、まだ見ぬお子さんも・・
Kさんと私、そして互いの奥さん同士の胸の内でも、夫達の変わりゆくことのなかった友情を暗黙の内に理解し、これまでと同様、残された家族は、引き続きKW君そのものとして存在し続けるでしょう。

結婚前のKW君と奥さんが付き合っていた頃、束の間のデートの別れ。
彼女が実家に帰る時、駅のプラットホームでもちろん若き私もKさんも、二人を祝福する気持ちで、KW君と共に見送ったものです。
その時の彼と彼女の熱い互いの視線と笑顔を忘れる事はありません。

そして私が持つ一枚の写真。
私の結婚式に出席してくれたKW君とKさんは、式を終え新婚旅行に行く私達を自分達が帰るに合わせて途中まで列車に同席して見送ってくれたのです。
下関ではKW君、福岡ではKさん。
互いに別れるまでの、車内では、当事者の私達夫婦と彼らとの語らいは実にハッピーな雰囲気でした。

その日、列車を待つ萩の古い駅舎の前での、私と妻とKW君の三人の笑顔は、今でもその1枚の写真に残っています。
Kさんは?
その笑顔の視点はKさんのもの。
若き日の目いっぱいの幸せな四人の日でした。


今回、Kさんと会ったら交わす話は溢れるほどに・・
少しは当時より大人になった私が返せる部分としての精一杯の心で、これからもKW君の分までの友情を持ってKさんとも、此の先の人生を、互いの家族をみやりながら大切にしていこうと思うのです。





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Last updated  2006年04月29日 23時58分51秒
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