小さな不動産会社のBOSS日記

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2006年09月13日
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カテゴリ: 想い
私の父は、若い頃銀行マンだった時期がある。


入行して何年にもならない内に、慣れない心労からか胃潰瘍を患い、半年近くの入院を余儀なくされた父。
口数も少なく、どちらかというと生真面で、人との関わりも得意ではなかったかもしれない。
その父が、入院により休職をすることになった時、「休職の身で、職場に迷惑を掛けたまま給料をもらっては申し訳ない」と、自ら退職願を出したのだそうだ。

その後、回復した父は、地元の会社に就職した後、数年して自ら事業を興した。
けれども、ただ実直が取り柄のような人間であった父には、元々荒波の商売など似合っていなかったかもしれない。
一時的に景気の良い時もあったようだけれど、丁度私が高校生の時、父の会社は倒産に追い込まれた。
当時直面した不景気の波に、取引先の連鎖により、頑張ってきた自らの会社を閉めるに至ったのだ。


ただその時、関係者は逃避したけれど、その場に残り負債を受け止めた。
ある日、帰宅したら我が家の家具、私の大切なステレオにまで、差し押さえの紙が貼ってあった。
私の不在時に税務署の担当官に来てもらったようだ。
(現在の仕事をしていて私と同様のケースの方に会うことがある。
私は、笑って再起を応援する言葉を掛けるのである。)

その後、父は黙々と働き、そしてまた様々に事はあったりして。

父が病気を患い、職場に迷惑をかけるに忍びないと、銀行を退職した理由は、祖母から聞いたような気がする。
本人は決して言うような男ではなかった。
そして、私が小学生の頃聞いたその話を、当時においても子供心に誇らしく思い、そっと胸の内にしまったその後も、私は、時折ふとしたときに、その事を思い出しながら生きてきたのだ。

私の人生で、声を掛けられ、縁合って採用していただいた会社。

ある独立創業されたばかりのその会社で、入社したばかりの私が、夕暮れ時に営業から帰社すると、事務所には電気が灯っていない。

創業期で大変なんだな、と感じた私は、その後、真夏でも車のエアコンのスイッチを入れる事はなかった。少しでも、経費削減をと思ったのである。

少しばかり古い考えかを持つかもしれない私は、お世話になる会社というものは、その会社のためなら、自分の家財を質に入れてでも、大変な時に尽くすのは当然の事、という愚直なる考えをずっと持っていた。
決して社長に良く見られようとの保身もなく、極自然な思いで。

その後も様々と経験する折々において、「あっ!なんか親父に似ているかな・・」と思うこともあったのである。

いいではないか人それぞれ。


倒産のその大変な渦中。就職か進学かの狭間で、なんとかいろんな方の援助で大学には転がり込んだ。
この事は、生涯唯一の私の甘えだったかもしれない。
その後は、当然、仕送りなんてほとんどなかったけれど、この時のお蔭で、勉強はともかく、妻とも出会うことができたのだ。
考えてみれば、親父の倒産万歳!でもある。大感謝。
回り回って、なんとか今でも、自分の力と人の縁によって生きている。

私も父と同じく口下手で、特に家族にはなんか気恥ずかしく、故郷を離れ、たまに帰省したときにもほとんど会話をすることもなく年月だけが過ぎていった。
心中は、莫大なる想いを持っていたとしても。

時に帰省したとき等、朝早く、昔から変わらずにまめに神棚に手を合わせ、一時経営者だった時とは、雲泥の差の現状の仕事にも黙々と日々出掛ける父は、その出掛け際、まだ寝床にいる私に、寝相悪くてずり下がった布団を、そっと掛け直してくれるのである。
いつも。
私は、又、いつも横向きに顔を隠し、その父の動作を、気恥ずかしさを持って知らん振りで受ける。

その後も様々にあり過ぎる程にあって・・
何十年も月日は過ぎながら、相変わらず、会うときにの会話はほとんどなく。
自分でも歯がゆいくらいに本心とのジレンマ。

そして、その父も数年前に亡くなった。
我が子らしい振る舞いを、私はできぬまま。

良くも悪くも引き継がれた少しばかりの父のDNA。
同様に生真面目すぎるところはあるけれども、私の場合、少しばかり反骨精神があるから、荒波にもなんとか頑張っている。

黙々と働きながらも、やむなく転職を繰り返した私。
私は、その時々の職場において、私自身を求めて彷徨っていたのかもしれない。





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Last updated  2006年09月14日 06時47分21秒
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