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これまで夏休みは何度もあったけど、一度でも思い出に残るものがあるだろうか。夏休みは人生の縮図と言っていい。のんびりふらふら宿題は後回し。何日かイベントはあっても後には何も残らない。何かを成さねばならない。
2017/07/28
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大学出てから3年間もバイトしてたことを振り返る。動機はカラオケ好きというのが1番。対人コミュニケーション能力なんとかせなヤバイというのが2番。そんなしんどくないやろというのが3番。ホントは1年以内に就職決めておさらばするシナリオ描いてたから軽い気持ちで応募した。面接時に3番の予想が早々と消滅して逃走本能が働いたけど、逃げ続けの自分にかなりイラツイてたから腹をくくった。もう心身ともにヘロヘロでしたわね。しんどすぎるのでシフト希望は週3日を上限とする半ニート生活が始まった。最初、自分がどう動いていたのかは覚えてないが、6月になって代わった店長に怒られて泣く22歳は本当に無様。(25になっても同じ模様)そこから少しはマシになったんだろうと。夏のオペコンで入賞して自信を得られてからはかなり居心地が良くなってきた。職場の雰囲気は良く、ユニークなメンツが楽しくバイトを盛り上げている。こんなに面白い場所があるんだったら就職しようと思わんね。といってここの正社員になることは全く望んでいなかった。バイトで週3の今だからこそ楽しいという認識はあったから。1年経ち、中堅となっていた自分は思いついたアイデアを形にして承認欲求を満たしていた。ほどほどに敬われるポジションに定着し、平和と繁栄を手にした。会社の販売促進のやり方に文句を言いつつも、仲間と一緒なら乗り越えられた。永遠に続くかに思われたそんな日々に影を落としたのが競合店の出店。対抗手段として宣伝に駆り出される事が激増し、あまりのしんどさにバイト離脱を画策し始める。声出し宣伝をなんとか慣らし、日常化してきた頃、シフトから消えて資格勉強と就活を進めた。案外一社目で内定を得てしまい、そのまま卒業。はかない最後だった。振り返ってみると2年目の印象が薄く、中身が感じられないし、3年目もよくわからない。しかし、大学4年間に比べて明らかに豊かで、変化を実感できたように思えてならない。アスペとしての色を薄めることができたような、そういう変化。少しでも普通の人間に近づけたような、そんな実感。そして何よりも、自信がついた。ただまあコミュ力なりコミュ意欲ってのはそう簡単には変わらないよね。環境が変わったらそれを実感したわ。
2017/07/05
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なぜアイドルにハマらないのか?アイドルに限らず、人、キャラクターに依存することが殆ど無いように思う。せいぜい戦闘機やMS。それでもグッズへの興味が薄いからか、たまーに本を買ったりする程度で悲しくなる。このところ感情が鈍っているので、強い信仰心や喜びを得られるアイドル信仰にハマりたい。戦闘機に対する愛情でさえこの程度なのに、どうやって信仰心を生じさせるのかわからないけど。むしろゲームソフトへの信仰の方が強いのではないかとも思ったが、発売頻度が低すぎるし長続きしない。発売前から飽きるまでの数ヶ月間しか持たない信仰でも、以前は数でなんとかなった。今はそれが無理だからアイドルの話をしているのであって。神いないかな。
2017/07/04
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人生設計という話になるとどうにも立ち行かない。これまでを見ればこれからも見えると言いたくはないけど、理想的でも標準的でもないシナリオを歩んでくれば無理もない。特に難関なのは結婚と育児。恋愛経験ゼロというありふれた文言から生じる絶望的な現実。恋愛に興味がないというのは嘘だし、気になる異性がかつて存在したこともある。しかし多くの未婚男性と同様に、大いなる面倒臭さが障壁となっている。相手への情熱でどうにかなるわけでもないだろう。いまさらそんな情熱が湧くとは思えない。あとは必要性に迫られるほかに、面倒臭さを乗り越える手段はない気がする。必要性とは周囲からの圧力もあるだろうが、自分自身の問題も最近は大きくなってきている。娯楽の枯渇。魅力的に感じられるコンテンツが十分用意できないならば、生の実感を失うことになる。家族の存在が生を維持する理由付けとしての役割を果たすのは間違いないだろう。ああ、でもこれってとってもテンプレートで退屈な話だ。こんな展開は可能だったとしても不服な気分になる。どこかでドラマチックな、いや純粋な欲求に基づいた恋愛を望んでいるのだろう。悲しいかな、恋愛のベストシーズンで自身は恋愛をする能力を得ていなかったし、今でも持っていない。そして得ようとしていない。やっぱり興味が薄いんじゃない?
2017/07/04
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少しマンネリ始まってる勤続3ヶ月間。年取るほどヒトとその社会の残念さを見聞きして、株安はとどまるところを知らない。少し前までまだマシな評価をしてた自分の世間知らず。昨今の人類社会は変化速度がヤバくて、生物種としての適応はおろか慣習や制度さえ追いつかない。わかっちゃいるけどツライ。大学入る前からこういう無駄なことを考える習性が出てきて社会学部に入ったけど、結局頭に浮かんだことをボヤくだけで他から情報を取りに行くわけでもなく、自己満足で何の成果も得られませんでした!というハッピーエンド。さらには人間や社会への不満を自動生成するおかげで社会適応が遅れたり困難だったり。ところが、何も考えずに漂うクラゲの事を羨ましく思えるわけではなく、これだけのことを意識して生きている事を誇っていたり、それが自尊心になっていたり。ときたま”これだけのこと”が陳腐な妄想であることに気付かされて萎えるあたり、底が知れてるというもの。無駄にあがいて体力を消耗し、苦しみながら大海を漂う何か。泳ぎ方を覚えればいいのかもしれないけれど、そもそも泳いでどこへ行こうというのかね?目的なしに前進する事は確か苦手だったはず。よく言われる話に、立ち止まって考えるのではなくとりあえず歩きながら模索せよというものがあった。じゃあ、あがきながら模索してる現状は悪くないのではないか。なんだかんだ言いながら現状肯定するのよね。いつか目標が定まって、それを見据えて突き進む事ができたらさぞ爽快だろう。それはそれで、行く手を阻む障害に頭を悩ませることになるのか。どうにも不安は晴れそうにない。
2017/07/04
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