消失を彷徨う空中庭園

消失を彷徨う空中庭園

第七章 藪の中の花



「おかしい」
「さっきから思っていたが、草木の傾斜が不自然じゃないか」
「そういえばそうね。どうしてかしら」
「こうも一列に同じ方向に傾いている。巨大なミステリーサークルみたいだ」
「まさか」
「自然界でこういう現象はあるのかい?」
「さあ。私にはわからないけど。もしかしたら磁場の影響かもしれない。地面が特殊な地層で、強力な磁力が働いているとか。あなた磁石持ってる?」
「ああ」洞島はリュックにぶらさげた磁石のキーホルダーを取った。
「だが、普通だぜ? 方角は安定してるし、太陽の位置からも、およそ正しい方角だ」
「そう」
 だが、こんなに曲がって伸びた竹なんかは初めて見る。根本の辺りから不自然に曲がっていた。周りの草木も、同じように不自然に揃って歪んでいる。サラも、植物学の経験に決して深い方ではなかったが、強い違和感を覚えずにはいられなかった。
「おかしい。一昨日までは、ここまでひどくなかった。これじゃ今に道も遮られそうだ」
「これも花のせいかしら」
「わからん。だが、無関係だとは思えない」
 語気に力がこもる。憔悴するのも仕方がない。天然自然が異常なときは、災厄の兆しなのだ。それを、感覚に訴えられる状況だった。
 引き返さねば何かが危ない。しかし、もう手遅れかもしれなかった。
 二人の見えるところに、オアシスフラワーがあったのだ。
「おい。何か変じゃないか?」
「何かって何?」
「俺にはうまく言えないんだが」
 しかし、空気が張りつめている。危険が迫っているように思えてならない。はっきりした理由はわからない。だが、そう思うのだ。
 それでもサラは花を採取しなければならない。研究することが、サラにとっての仇討ちなのだから。
 サラは前に一歩踏みだし、二歩目を進めようとして立ち止まった。
 群生している花が震えた。
 そして、耳障りな高い音がいくつも重なって響きだしたのだ。

 サラは動かなかった。花は震えていた。群れで細かく。緊迫した空気の中で、サラは複雑に交錯する感情と戦っていた。花の殺気……否、殺気を放っているのはむしろサラの方かもしれなかった。洞島は後ろでうずくまってうなっている気配がする。サラも揺さぶられるような頭痛がひどくなっている。左手には、錠剤が握られていた。この時のために用意した、秘密兵器だった。しかし、どうしてかサラはそれを使う気にならなかった。このまま、もう少しこのままで対峙していたかった。視界が歪む気がする。いや、木々がざわめいているから、本当に大地ごと揺れているのかもしれなかった。異常な光景の中、この空間は私にとっても強い悪影響を与えているのだろう。父と母に向けられた、音。
 花の鳴りは突然止まった。指揮者のタクトが止まった時のように一斉にぴたりと止んだ。
そして、一転した静寂が空気を支配した。サラは全身の神経で鋭い痛みを認識した。思わず膝をついた。
 そして、花が一斉に立ち上がった。そして地面を歩き始めたのだ。

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