Rheumatic diary

Rheumatic diary

2006.04.08
XML
 私的な記憶(無精ゆえ正確なデータは保存しておらず、非常にアバウトな内容ですみません)。

 発病当初がどのくらいの値かはわからないけど、症状を思えば相当高数値( 10.0以上 とか)だったろう。こんなに高いともう起きていることはできず、寝ててもどうにもならないくらい苦痛だ。眠ってしまえばいくぶん痛みは遠のくが、熟睡はできない。家事などもってのほか。ちょっとしたことも出来ないほどに(トイレに行くのがせいぜい)気力も落ちているし、食欲もない。食べるより寝ている方を選んでしまう。そんなこんなで体重は10キロも一気に減った。

 シオゾール+インダシン時代は、たぶん 2.0前後 。数値としてはマシなほうだけど、午前中は体が動かしにくく、午後の数時間のみ有効に使えるという感じ。当時はパートで出勤していた、でも帰宅してから家事が待っているので、いま思えばハードな暮らしぶりだったかも。このころは病気の体であるという認識が薄く、痛みが軽くなったことのうれしさあまって、あれこれと動いて(動けて)しまう時期だった。変形はまだ始まっていなかった。

 シオゾールの次の抗リウマチ薬が見つからず、ついにプレドニンを開始したころは、始め0.25ミリから使い出し最終的には7.5ミリでCRPが 3.0くらい に下がった。シオゾールが効かなくなったとたん変形が始まっていて、もう出勤はムリなので家に仕事を送ってもらった。プレドニン+インダシンで痛みはある程度押さえられても、動作はかなり難儀だった。しばらく(発病以来)、朝食は夫が出勤前に置いていった「バナナヨーグルト」をやっと(空腹に薬は飲めないから食べた)くらいだったのが、プレドニンが増えたらやけに食欲が出てきた。顔はムーンフェイスが顕著となり、このころから写真に写ることに大きな抵抗を感じるようになった。

 リマチルも効果なく、変形はどんどん進むし、精神的にもかなりのダメージがあって苦しかったときに、メソトレキセート(現・リウマトレックス)を開始した。2か月経過すると痛みが引いてくるのがわかった。メソ+プレドニンで、CRPはたぶん 1.0を切ったかも しれない。メソが効いていたのは約2年半で、この時期は行動的になれた。効き目がなくなったのは冬だったが、つぎの梅雨のCRPは 7.9 あった。大きく息を吸い込むと、関節を動かしてもいないのに全部がメリメリと痛んだ。火を熾したとき、風が吹けば、まさによく燃えるといった感じに。家事も入浴も困難となり、その秋には、意を決して実家へ戻った。実家なら面倒を見てもらえるので身体は楽だが、精神的にかなりまいっていたので、CRPも悪かった。ここから数年、抗リウマチ薬の不毛が続き、たとえるなら荒野をさまよっているようだった。メソは継続させられたが、プレドニンは10ミリ飲まなくっちゃつらい。CRPは平均して 4.0~5.0あたり をうろついていたと思う。そのため、変形はとどまることなく悪化した。

 人工関節置換をしたとき、オペ後のCRPは驚くほど低く 0.3~0.8程度 。その後も3か月くらいは 1.0前後 だった。これは、手術用にプレドニンを大量点滴しているからではないかと思う。内科の医師が「手術はパルスに似た効果がある」というようなことをおっしゃっていたから。パルス療法ほど量はないけれども、普段のプレドニン(当時10ミリ)よりはずっと多いはずだ。手術のたび、3か月くらい痛みが少ない日が続いた。

 現在は、アラバ+プレドニン7.5ミリで落ち着いている。CRPは時によって高めになるけれども、せいぜい1.8で、 平均したら1.2くらい かと。このくらいの状態でいられるなら、日常生活にひどく困ることはない。 





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006.04.08 16:14:25
コメント(4) | コメントを書く
[リウマチックな雑記] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: