Rheumatic diary

Rheumatic diary

2006.04.29
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 この歌詞になぞられる想い出

 強がってばかりの Runaway
 夜を抱きしめて ここにもひとり あすこにもひとり
 Bud it's All Right
 Yes, he is a Down Town Boy

 先週書いた「ダウンタウン・ボーイ」で、ちょっと誤解を招いちゃったかもしれません。わたしとわたしのダウンタウン・ボーイは正確には「生さぬ仲」です。はじめて会ったとき彼は13歳になったばかり、わたしは26歳になったばかりでした。まだ背も小さくて声もかわいくて、父親に気遣っている孝行息子という好印象。この子が22歳になるまでの9年間、わたしは一緒に暮らしていたわけです。途中、夫が外へ出てしまったときから帰郷するまでの3年半はこの息子と二人暮らしでした。
 中学・高校と、元気すぎて学校から親が呼び出しをくらったことも何度かありましたけど、そこは父親がきちんと対処していたので、わたしは心配も少なかったほうでしょう。ところが父親不在になってから、息子は今で言うひきこもり的な暮らしぶりになってしまいました。大学入試の失敗、父親の家出、気に入って勤めたアルバイト先が倒産…次々と前途に希望がもてない出来事が集中したからでした。
 わたしは、夫が家を出たとき、実家へ帰るしかない…と覚悟していたと同時に、息子を一人置いていくことに後ろめたさを感じていました。そんなとき、わたしは未明に吐き気をもよおし(消化不良)脱力となり、救急外来へ息子に連れて行ってもらいました。リウマチだけでもたいへんだというのに、こんなことでは、わたしがここにいたら息子に迷惑がかかるばかりと思って「わたしは栃木に帰った方がいい?」と尋ねてみたのです。そのときの息子の顔は、いまでも忘れません。普段からポーカーフェイスな人ですが、このときばかりは…。そして、何時間もかけて、思慮深く、彼の13年間(わたしの知らない時代)の苦労話を冷静に語り聞かせてくれました。彼はわたしに「帰らないでくれ」と直接は言えない。なぜなら、わたしの選択の自由を邪魔する言動になるからです。でも、彼の本心はわたしにもよくわかりました。
 二人で暮らしていた3年半という時間は、わたしにとって根気強く砂金を探しあてるような日々でした。想い出は数限りなくありますけど、あるとき街中で殴り合いのケンカをして帰宅したときのこと。どうしたの?と訊くと、ケンカになっただけじゃなく、もう少しで相手に傷害を負わせるくらいの激しさだったけれども、殴っているときに彼が身につけていた聖母マリアのペンダントヘッドが路上に落ちて、我に返った。と言うので、わたしは言いました。「あなたに罪を犯させたくないから、マリアがこりゃ一大事!ってんであわてて出てきたのかもね?」。息子は満足な答えだ!とばかり、顔の表情に内心が現れていました。彼がいつからマリア像を持ち歩いてたのかはわからないし、ただのアクセサリーに過ぎないこともよくわかっているのですが、これはわたしへの心遣いだと、そのとき直感でわかりました。彼は自分自身のやり場のない憤り(思うようにはならない人生に対し)のはけ口を探して、毎夜暗い闇の中へと繰り出していたのでしょう、でもそんなときも、家で待っているわたしのことを、忘れてはいなかった。わたしがリウマチでもなく健康体だったら、いらぬ心配もしないで生きられたのでしょうに…。

 あぁぁ、またしてもファントムが登場してしまうけど、ファントムの生い立ちにかぶる要素がこの息子にもあるので、映画観ながら、胸にわき上がる息子への思いに、じわり涙が浮かんだことも事実です。じぇり本人もそうなんですが、複雑な環境の中で生きてきた彼らに、わたしは生来、気持ちが向いてしまうんです。そして彼らの逆境に負けない生き様に、共感せずにいられません。はい、じぇりの中に、息子を投影しているきょうこのごろ(じぇり36歳、息子34歳)。

Yoo,Are you OK?






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最終更新日  2006.04.29 12:01:40
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