Rheumatic diary

Rheumatic diary

2006.07.04
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 中学では3年間ソフト部に所属し万年補欠をつらぬいたと申しました。そのあと高校へ入り、部活は何にしようかと考えたとき、我が校にはなんと硬式テニス部がありましたんです。テニスへの関心はバレーボール同様にマンガの「エースをねらえ!」に感化されて(いいえ、これはわたしだけじゃなく、世間にいっぱい居たはずですよ)。なぬっ?硬式テニス部、そりゃわたしのためにあるような部じゃないの!と意気込んでもみましたが、なにしろ1時間は優にかかる道のり、部活が終わる時刻は遅くなるだろう、うら若き乙女がまっくら夜道の家路を急ぐという図はいただけない。そんな理由から硬式テニスは後ろ髪ひかれながらもあきらめて、結局、入部先は「茶道部」でございました。

 この茶道部も3年間所属。なぜ茶道か? それは当時のわたくし(フランスかぶれ)にとっては、ペンフレンド(フランス人)に日本文化を伝えるにふさわしい!と閃いたとか閃かないとか?…モチそれは建前で(笑)よくある動機さね、学校で堂々とお菓子を食べられるからに決まってるではありませんか。こんな不謹慎な心構えで入部したわたくしが、そののち部長なんぞを務めたとは、めでたいような笑えるような。こんな部長ですから、さぞかしハチャメチャかというとそうでもなく(=部員たちが立派だったから)、文化祭にはちゃんと野点を催して、お客様を和装でおもてなししたりなど、なかなか思い出深いものがありますわ。高校3年間のあとも2年ほど、茶道をたしなみましたけど、わたしにはそれを極めるまでの不動な精神はなかったみたいです。でもまぁ、侘び寂びくらいは、なんとなく。

 高卒後、テニスへの夢はまだまだ捨てられず(おおげさ)、わたしは例のHitomiちゃんたちと、家の近くのテニスコートでラケットをぶんぶん振っておりました。自己流に限界を感じた我らは、ある夏休み、軽井沢のテニススクールへ参加。ここでのコーチがまたイケメンで、ほれましたね、ははは。このコーチは外見だけでなく、中身もすばらしい御方でした、ひじょうにジェントルマン、やっぱりテニスしてる人って、ちがうのね(思いこみか?)。コーチ(ってゆう響きでめまいを感ずる…)が徹底的にご指導してくださったので、たった3日のスクールでしたが、どんくさいわたくしも自己流から少しは脱却できた模様(お蝶夫人の優雅さにはほど遠いけど)。それからというもの、Hitomiちゃんとふたり、調子に乗って、あちこちのテニスコートへ行脚に出かけ、よーするに遊びほうけておりました。テニスが目的なのか、帰りがけに喫茶店でくっちゃべるのが目的なのか、これはどっこいどっこいでしょうかね(笑)。でもなんてったって最初のテニススクールでの想い出は素晴らしすぎだ、あのコーチはわたしの「永遠の憧れの人」かもしれませんわ。憧れの人には近づきすぎない、というのが良い想い出を作るポイントだね!(オバサンは語る)

 あわわわ~、もうこんな時間。今夜はまた早寝して準決勝に備えなきゃ!
 ではおやすみ。





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最終更新日  2006.07.04 20:11:02 コメント(2) | コメントを書く


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