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リチャード1世

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2014.08.05
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カテゴリ: カテゴリ未分類
8月を迎え、戦争と平和を考える時が来た。
多くの日本国民が戦後、なぜ太平洋戦争は起こったのか。だれに、どこに責任があったのかを考えながら日本人としての総括回答は得ないまま今日に至っている。しかし、戦争は起こり、敗北に終わった。対戦国にも多くの犠牲者を出し、戦後賠償という話も多く討議されてきた。
戦争を避けるために抑止力を高める努力が必要ということで同盟国の増加、抑止兵器力の向上などが取り組まれている。しかし、一旦防戦と言えども戦端が開かれると停戦というのは非常に難しいのはボスニア・シリア・アフガニスタン・イラクなど例をあげてもきりがないほどである。
もともと戦争は殺人であり、狂気であるので、理性を越えた話になりこれを止める術はない。
本来、宗教がこれを掬ってくれるはずだったのが、歴史上で異教徒同士が協調を図ったことは稀である。
結局消耗戦となり、物心ともに戦意が続かなくなるまでの破壊を通じないと平和は訪れない。
人類が長きにわたって経験してきたことながら、これを予防する智慧を見いだせないでいる。
いま、72時間停戦が守られるかどうかという究極の和平協議がなされているが、戦争当事者は双方に言い分はあっても自己抑制する理性を持つ必要があり、軍事などの抑止力が有効でないことを人類は学べる機会に遭遇している。
あらためて末端の一人一人が和平と理性的な自己抑制力に想いをいたす時なのだろう。





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Last updated  2014.08.05 14:49:59
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