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リチャード1世

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2015.10.01
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カテゴリ: カテゴリ未分類
安保法制で、戦争放棄の憲法がゆらいできた。諸外国から、憲法の陰に隠れて世界の安全保障の応分の負担から逃れていると指摘され、ずるいということに耐えきれなくなってきている。しかも、自主憲法でないだけに余計にずるいと言われているのだ。護憲をいうなら、実際に自主憲法で戦争放棄を再定義すればすっきりとするのだが。
世の中そうそう単純に割り切れないので、問題が起こるたびに対処せざるを得なくなり、支援金を提供することになる。
しかし、お金には理論的には意思が込められているが、色はない。思った通りにお金が使われるかどうかの保証はない。そこで、いくらお金をつぎ込んでも評価につながらないという事態が起こる。
やはり、課題に対しては、現場で知恵を絞り、汗を流して共感や感謝が生まれるのは、災害復興で経験していることである。
これが国際レベルになると、なかなか発揮できず、国際社会からは評価されない理由である。
国連の安保理事会常任理事国入りを望むなら、知恵と汗をお金に加えて提供できるようにならないだろう。
テロ、難民、貧困などの国際問題を国民一人ひとりが受け入れる度量を持たねばなるまい。
「リスクに対してはお金を拠出することで済ませ、君子危うきに近寄らず。」だけではすまなくなってきている。





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Last updated  2015.10.01 15:42:48
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