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リチャード1世

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2015.10.03
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カテゴリ: カテゴリ未分類
平和憲法は、第2次世界大戦後の占領政策の一環として、ファッショ体質のある日本の牙を抜くために制定された一面が強い。そのかわり、米国が保護することにして日本の共産化を防いだのである。
したがって、日本人の投票行動で出来上がったものではないところが問題なのである。
本当に平和憲法を主張するなら、憲法を改正した上で、確認の意味で平和憲法を制定しなおす気概が必要である。
しかし、米国の庇護のもとにあるままに、平和憲法の後ろに隠れているのは卑怯だと受け取られる。
ただ、平和憲法のなかですごしてきた身としては、非常に居心地がよいというのが現状ではなかろうか。
この心地よい情況が継続するためには、米国が庇護を継続する必要があるのだが、安全保障条約は双務契約ではないことがどれだけ許してくれるかである。
戦後の共産化を回避するために設定された日米関係を知っている世代が米国でも少なくなり、同盟国に双務契約として迫ってこられた場合には、国民に日本国を守る気概があるかどうかが問われる。
いつまでもあると思うな金と親である。
米国が元気なうちに、日本の自立に関してしっかりと自主憲法で平和維持の問題を再定義しておかないと危機にあって手も足も出ない状態になりかねない。それでも不戦という覚悟なら、それはそれでよいと思う。尖閣・竹島・北方領土について主張しないというのも選択であるのだから。





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Last updated  2015.10.04 02:34:53
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