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リチャード1世

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2020.08.24
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田中英道教授の「邪馬台国は存在しなかった」を読んで考えさせられた。たぶん小学校か中学校以降、弥生時代の日本の歴史は魏志倭人伝の記載のある邪馬台国の卑弥呼女王が初めての歴史記述であると教えられてきた。試験にも邪馬台国、卑弥呼は出題されて、しっかりと子供心に焼き付けられていた。
高校になると邪馬台国がどこにあるのかは、畿内説と北九州説があり、論争を呼んでいると教えられてきた。
しかし、田中教授によると魏や晋の時代に日本に渡ったことのあるものの伝聞を記載したもので、歴史編纂者が実地に日本へ渡って裏付けた歴史ではないと指摘する。それ以来、この記述をもとに日本は中国に対して劣等の扱いを受けてきたようでもある。もちろん朝鮮半島は中国本土とは属国として常に緊張を強いられる一方で、日本に対しては、中国文化の理解者として優位に立ってきた。
田中教授は、日本人が太古時代に文字を持たなかったのは、文字を必要とせず、歌や舞踊や伝承儀式により自然信仰を地域で共有することで穏やかに生活していたと考えておられる。
文字というのは契約や経過を記載する必要から生じるので、儀式や生活の決まり事を伝承して穏やかに生活する限りは、文字は必要なかったとのこと。
たしかに東アジアの情勢をみると、歴史的経緯で南沙諸島は中国の領土であったというような主張が出てくるし、国境問題には隣国との領有の複雑な経緯がある。覇権国は国史にできるだけ広い版図を自国と記載する傾向がある。そこにフェーク記載が生まれる余地が出てくる。もし、邪馬台国が実在しなかったのなら、日本にとっては最古のフェークニュースということになるのだろうか。
近年、東アジアの諸課題が話題に上ることもあるが、太古の時代から繰り返されている問題でもあると感心させられた。





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Last updated  2020.08.24 16:52:29
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