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お婆ちゃんがショートスティーから帰って来ました。
そして家に上がるやいなや、居間のコタツの真ん中にでんと座り、とても大きな声で何やらずっと歌っていました。
「えらいご機嫌やねぇ!」 と、最初はそれを褒めたり、合いの手を入れたりしていたのですが、お婆ちゃんの歌は これで終わりと言うこともなく延々と続き 、聞いている方もだんだんと辛く思うほどになりました。
3番まで行って、 「やれやれ終わったかと」 とほっと思う間もなく、お婆ちゃんはすぐまた初めから歌い出すのですよね。
「もう十分聞かせてもらったし、お婆ちゃんも疲れたろうからちょっと休もうか!」 と言ったりしても、 「うん、うん」 と言いながら、歌は鳴り止まずと言ったところでした。
施設からの帰りの車の中ででも歌っていたと言うことですから、ショートスティーで歌う事があって、きっとそこで褒められたのかも知れませんね。
最初は幾つかの童謡を歌って居たのですが、しばらくすると “浦島太郎” オンリーになり、それを針が飛んだレコードのように (・・とは、ずいぶん古い話になってしまいますが、) 繰り返し繰り返し歌っていたお婆ちゃんでした。
そうこうして夕方7時近く、遠くに住んでいるお婆ちゃんの娘さんが到着しました。
お婆ちゃんの事はその娘さんにバトンタッチしたという訳でしたが、その娘さんもお婆ちゃんとは久しぶりに再会したことになり、その間に衰えた自分の母親の姿、言動には聞かされた以上に驚いているようでした。
何でもどんどん忘れて言っているこの頃のお婆ちゃんを見ていて、その娘さんにはことある事に 「早く来ないと、あなた誰?と言われるようになるよ。」 と言ってありました。
忙しい彼女でしたが、この度、万障繰り合わせて駆けつけてくれたと言う事でした。
が、当のお婆ちゃんは、 「今晩は」 と突然現れた娘のその顔を見ても、 どこの誰? 見た事があるような といった顔でしばらくきょとんとし、言われて思い出すまでずいぶん時間がかかっていたようでした。
今のお婆ちゃんは自分に子どもが何人いるのか、誰と誰なのか、 冗談なのと思うほど 、まったく覚えていることが出来なくなっているようです。
名前はもちろんのこと、娘だとわかるまで相当な時間も要り、やっと正しい答えが出て来たかとホットするその後から、また忘れているということになっていましたよ。この状態になると、嬉しいのも悲しいのも薄れているようで、久しぶりに会った事には嬉しい気持ちがあったと思いますが、2日後に帰るときも玄関まで見送ってはいましたが、それほど悲しいという感じでもなかったように思います。
帰って行ってからも寂しい様子など一つも見せず、実に淡々としていましたので、認知症という病気は悲しい事も辛い事もすべて忘れさせてくれることで、案外心は救われる有り難い病かも知れないと感じていました。