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楽天にもついにトラックバックが!でも最初トラックバックって聞いてもなんのことかまったく分からず、検索してみるもなんとか理解するまでにさえ結構な時間がかかりました。で、トラックバックとは…「誰かのサイト/ブログを題材にして自分のサイト/ブログで記事を書いたときに、 参照元サイトのトラックバックURLを自分のサイト/ブログに記述/リンク することによって参照元のサイトにも自分が書いた記事/ページのリンクが 自動で張られるしくみ」って言うような理解なんですが良いんでしょうかねぇ…。少し不安です。で初トラックバックは起業業界?の超有名人、栢野克巳さんの楽天日記から頂きました。僕の嫌いな小賢しい装飾が無くどこまでもストレートな物言い/告白の数々にいつも元気をもらっています。有難う御座います!。「本気・正直・感謝」「人生は逆転できる。」など人生の指針となる言葉をたくさん僕の心に刻んで頂きました。そして今回も…「諦めきれない夢は実現する!」…ヤラレター!…こころの支えにして頑張っていきます。宜しくお願いします。
2004年05月17日
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知っていますか?大切な人が困っているときに無力であることは、自分に起こるどんな困難よりも、つらいということを。すごく努力している人が、その一時がうまくいかないというだけで大切にしているものを次々と失っていって、昔頼りにしていたものからも裏切られ、すべてが壊れるぎりぎりのところを、プライドと過去の栄光をむりやり力にして、なんとか保ちつづける。何とかしてあげたくても、そんな状況をほとんど傍から見ているしかない自分。“もう少し、もう少しと言い続けて結局10年弱。 衰えを隠せなくなってきた体を呪文を唱えるように もう少しだと気合で引きずり倒し、未だに目処の根拠が どこにあるのか、日々わいてくる不安を疲れと怒号で かき消しながら今日も一日の半分以上を働いている。 なのに一番ねぎらってほしい人に、罵声を浴びせられ 信用して話を聞いてもらうことさえままならない…”何なんだ、これは。無力だ。どうしようもなく。胸がじりじりと燻されるような気分の悪さ。歯噛み。なんとかしてぇ…。が、現実的に見て今の俺の力ではたいしたことはできない。…クソったれ!。力が欲しい。自分の為に使えなくて良いから。毎日の自分の行動がいつか実を結ぶと、信じきることができること自体がすでに強さであるということに気づいている人間がどれだけいるだろうか。弱い人間の感情は日々うねり、ねじれ、移ろう。気持ちが傾いているときに限って誰かの心無いふるまいにあい、そんなときにに限って近くには誰もいない。だからこそ、だからこそ、ことあるごとに思い出さなくてはいけない。あのときの悔しい思いを。あのひとへの想いを。思い描く未来を。今できることをやり、さらに未来につながることこともやるんだ。とにかくやれ。考えるのはやりながらでいい。俺よ。人生は逆転できますか? ……………「そんなもん知るか!わかるわけねえだろ!だれにもわかんねぇよ! それでもやるんだよ!やんなきゃゼロなんだよ!何の保証もないんだよ! いつ死ぬかもわかんねぇんだよ!グチグチクダ巻いてんじゃねぇよ! やれよ!!絶対忘れんじゃねぞ!バカが!」間違いない。これが、答えだ。俺よ、ゆめゆめ忘れるな。-----------------------------忘れぬ為、記す。
2004年05月12日
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僕は男だ。全裸ならブラブラである。が、生活がラブラブで無い場合、(まぁほとんどそうじゃないかと思うのだが)このブラブラがもとで色んなことが起きる。そう、まさに“起”きる。俗に言う「性欲」ってヤツだ。世の女性も見て分かるかもしれないが、男のそれは結構強力だ。その人が健康でエネルギッシュあるほど、そのパワーに比例して増加する。で、スーパー健康でエネルギッシュな僕は時に困る。「自家発電(爆)でなんとかしろ…」もちろんそれはわかる。だがよくよく考えるとこれもどうも無駄が多くて困る。体が生産したナニが無駄とかそういう話ではもちろんない。時間とエネルギーである。あーんな個人活動にかかる時間を冷静に考えると…「お前どんだけかかってんねん!」と自分の中の“こまわりくん”(わからんか)が激しく突っ込みを入れる。ぱおーん。しかも最近ゴールまでたどり着く時間がすこしづつ長くなっていっている気が……それも当然か。人間には「慣れる」という素晴らしくも恐ろしい能力が備わっている。しかも鑑賞眼?も日々磨かれていく。これはいいことなのか?・・・という話ではなかったはずなのでもどす。とにかく時間とかけるエネルギー、思考能力がもったいないと思うのだが、しなければしないで、今度は精神状態に影響を及ぼしてくる。集中力がかなり妨げられるのと、思考の優先順位がおかしくなってくるのだ。そういうときは、はっきりいって“うっとうしい”と感じる。こんなことを考えるのは俺だけなんだろうか。俺がおかしいのか。世の男性方々、どうなんでしょう?。目標がはっきりしていてしかも複数もっている人間からみるとどうにも気になってしまうのだ。無くても良い?…う~む…そう思うときは少なくない。終わった直後とか、アホな妄想からはっと我に返ったときとか。性欲がなくなった自分を想像してみると、なんか目標とかすぐ達成できそうな気がする(笑)。まあそれは単に精神力の弱い自分の都合の良い妄想なのはわかっていて、実際のところは個人差こそあれ皆同じ条件なのだが。(でもその個人差は比較/数値化できないな…)実際のところ闘争心やエネルギーもなくなってしまうんだろうが、もし“性欲”そのものだけをそっくり無くすことが出来たとしたら……もし遠くない未来に人口増加対策として政府が“性欲”の“買取”を始めたとしたら…人間のありかた、男女の関係もまったく変わったものになるだろなぁ…なんて。女性は困るのだろうか?どんな社会になるんだろう?とか妄想は尽きない。男性の性欲は女性の月のものと同じだと僕は思っているんだがどうなんだろうか。僕がウソをつくことが得意だったらこんなことは考えなかっただろうなと思いつつ、とりあえす僕は今日も困り、考える。カミングアウトか?これ?--------------------------------------------------------------このテーマならいくらでもカけそう。永遠のテーマですな。でもアップするのにはためらった。恥ずいし。(結局こんなにカいたんだしもったいないと思いアップを決意…軽い…)ちなみに毎月一ヶ月のうち一週間くらい性欲がグワっと上がる期間がある気がするんですが気のせいでしょうか。(本文の“月のもの”発言はここから来ている)
2004年04月19日
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ようやくわかった子供のころには分からなかったんですオトナとして人生を生きるかっこよさが今痛いほどわかります自分がどんなに馬鹿にされても、人の笑顔が見たいとオトナの価値観で見れば「馬鹿馬鹿しい」「俗悪」と言われるようなことを決して表に見えないようにしながら、徹底的に考え、準備に時間を費やしリーダーとしてメンバー込みでのグループの良さが最大限に発揮できるように自分の個性も踏まえたうえで、一歩下がって引き立て目的の為には自分が憎まれ役になることもいとわない歴史に残るような圧倒的な結果を出しても「自分は全てにおいて四流で何も極めていない」と新しいことに挑戦し、何歳になっても違う自分を発見することに喜びを感じることができ、それでいて表向きに何をやっていても音楽を愛し続け、子供にはシンプルで大切なことを伝えきり、「大好きな親父」と言われる。軽く、クールに、幼稚になっているように見える世の中で、不器用に、地道に、まっすぐに、オトナとしての人生を体現するいかつい顔のオヤジ。誰が何と言おうとも、僕だけでも、“カッコイイ”と言いますから時に憎まれた仲間にも、いなくなった時には熱い涙を流させるそんな人間に僕はなりたいです多くのものを、本当にありがとうございました!
2004年04月13日
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さくらが満開だ。何度も見ているけれど、毎年感じることが違ってきている気がする。自分のこころが変化していっているんだ。今思うことは、多分今が自分の人生で一番桜を見ることが好きになっているということ。桜の木の下で頭上を見上げ、薄桃色の海に視線を泳がせる。肌を刺す風に身をすくめつつ、とりとめのない思いをめぐらせる。普段意識しないこころが喜んでいるかんじ。意識がすーっと下がって落ち着くんだけれども、なんか静かな力が湧いてくるような。そんな心地よい感覚。帰るころには頭が軽くなったような気がして、すっきりした。なんかやる気が出た。もうあと何回のさくら。花は散る。とても短い時間。暑い夏、実りの秋、厳しい冬を経て、また出会う。あのなにか奇跡のようだった一日。分からないことだらけで、どうしたらよいかわからなくて。あの重なり合う音も、静かにしなってながれる空気も、舞い散る桜も、木漏れ日が池にきらめくのも、とても良く覚えている。夢に見たこともある。あの人は今元気だろうか?。いつかまた会えるだろうか。あったとき何と声を掛けようか。いつ会っても大丈夫な自分でいたいね。来年桜を見て僕は何を思うのだろう。来年こそは…ってまだ早いな。-------------------------------------なんかメロウテイストですが、ニポンジン馬鹿騒ぎ桜見若気の至りもオフィスのストレスも無礼講も喧嘩もありーの泥酔暴れ場所取飲み会(当然数グループ巻き込み)もスキデス。先日はこっちの方でした。(でも迷惑掛けない程度)あ、でもゴミ捨てて帰るやつは大嫌いです。お前がゴミやぁ。…ジャンベの思い出。自分が思い出す為に。
2004年04月05日
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TBSの追悼番組を見た。たまんなかったね。オレンジのはっぴを着た長さんが、ビシっと指を突き出して気合をこめて 「八時だよぉ!」 と叫んだのを見てしまったら…体が自然に動いて、拳を突き出し「全員集合!」応えていた…っていうのは少しおおげさなんだけど、そのとき見ていた僕はそうしたくて、実家の和室でテレビに向かって叫んでた。そのあとはもちろん、「オイイーッス!」…。20代後半にもなる男が部屋で一人で叫んでいるってのは、傍目から見ればヘンなひとに見えるだろななんて冷静に思いながらも、突き出した腕を下げるころには悲しさがこみ上げてきて目から涙があふれてた……長さーん…涙涙。ほんっと、やっぱり、ドリフは最高だったんだ。僕は赤い目のままで笑い転げていた。久しぶりに腹から笑わせてもらった。実は前の楽天日記をアップした直後に、ネット上で“いかりや長介追悼FLASH”なるものがたくさん(でもないか)作られているのを見つけて、それを見てはうるうるしていたのだが(なかでもその一つ…たしか“土曜の夜は”というような題名のFLASHには号泣させられた…)それをきっかけにFLASHというソフトとそれをとりまく文化?のようなものに魅せられて夜な夜なFLASH検索→鑑賞をしていた。いやFLASH…すごいですね。(遅いか)特に「Quino(キノ)」byポエヤマにはびっくり。音楽・SE・シナリオすべておひとりでやられているとのことで、その完成度の高さとセンス、それを可能にするFLASHの奥深さに興奮しました。そしてその興奮が自分が高校生のころに感じたあの興奮と同じだと気づきました。打ち込みなら楽器が弾けなくても音楽が作れるんだと知ってぞくぞくしたアノカンジ。俺にもできるかも…と可能性を感じることができることにわくわくしたあの興奮…。人生のなかでやってみたいこと、できるようになりたいことがまた増えた。わくわくが一つ増えて、うれしい。それはそうあることじゃない。思えばこれも長さんのおかげだね。“もういちど あなたにあえるなら、 たったひとこと、つたえたい あ り が と う ” Song by KOKIA (殿堂入り確定。泣ける!)いかりや長介様、ありがとうございました。…“昭和”が確実に過去のものになったんだと感じた。さびしいってこんなかんじなんだなぁ。-------------------------------------------------------------------------思春期に入った僕にドリフの価値を思い出させてくれた漫画「4年1組起立!」「のりおだちょん」 by浜岡賢治(現在週間チャンピオンで「浦安鉄筋家族」を連載。こちらもドリフテイスト満載で愛を感じます。面白いです。…浜岡さんもきっと泣いたに違いない。)
2004年04月01日
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いかりや長介氏がガンで亡くなった。仕事帰りの親父から「おぉ、いかりや長介亡くなったぞ。」といきなり聞かされ、全く信じることができず、「…マジかよ!!!」と大声で叫んでしばらく絶句…。6秒くらい放心状態。頭の中では、「オイーッス!」「だみだこりゃ」「バァン!(巨大ハリセン)」「な~んてな」「ボボンボンボン(ウッドベース)」「えらくなれ」「8時だよぉ!…」「渋いはにかみ笑顔」などたくさんのものがぐるぐる回って、その後にそのすべてが自分の生きている世界から失われてメディアの中だけにしか存在しない影のようなものになってしまったんだと感じて、普段感じることのない不安感?(すーっと落ちる感じ?)のようなものに襲われた。そうか、これが喪失感とか胸に穴がポッカリ穴があく感じって言われるやつかと気づくまでに少し時間がかかった。長さん(あえてこう呼ばせてください)にはもうどこに訪ねても会うことはできない。その手を握ることや空気をふるわす声を聞くことも、できない。自分と過去に関わりの会った人や、影響を受けた人なんかが亡くなったとき初めてひとは“死”というもの身近に意識するんじゃないだろうか。陳腐な、使い古された表現だけれども、生きている人間達は皆目の前のことで精一杯だから、関係ない他人の死にいちいち思いを巡らすのは哲学者やマスコミ関係者や葬儀屋くらいだ。僕は死後の世界や生まれ変わりを一切信じない。というか信じないことが大切だとすら思っている。死ぬことは絶対的な終わりで“無”になることだと本気で思っている。ひと一人の人生は一度きりでやり直しもきかず、リセットもできない、意味も、無意味も、幸も不幸も無い、ただただそこにあるだけ。でも、だからこそ、そうだからこそ、勇気ある一歩を踏み出したり、本気で自分にとっての一番を考えられるのではないのか。時間とともに移ろいゆくなにげない景色、ひとを思う心、何かを作り出すこと、自分がやるべきこと、自分だけのものじゃない自分、自分だけのなにか、見てないところで育つもの、崩れ落ちそうなくらいに悲しいこと、やさしいまなざし、きたないもの、くやしいこと……すべては流れていて一度しかない。でも、それで良いんだ。「オイーッス!」と言われたら、大きな声で拳を強く突き上げて、「オイィーーッス!」って応えるんだ。「もいっちょ言ってみよぉぅ、オイイーッス!」「…ウイィーッス!…オイィーッス!…」…年をとるほどかっこよくなっていく、そんな長さんみたいな年寄りに僕はなりたいです。もう悲しまない…、けど僕は長さんのことを絶対に忘れません。「…生きている人間が死んだ人間にできる唯一のことは、死んだもののことを忘れずに生きていくことだけだ。」次行ってみよぉ~ぅ!!…(ウサギ目)
2004年03月22日
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「心が折れなきゃ、負けじゃない。」「心が折れてしまうのが、本当の敗北。」いろんなひとが言っていることだけど、結果の出ていない自分にとっては、すがるような気持ちにさせる言葉。大切。
2004年03月19日
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今年度卒業されたかた、おめでとうございます。最近電車に乗っていると、卒業式を迎えるのであろう着物姿の女性を良く見かけます。…良いですね~。僕の卒業と言えば、高校のときのこと。伸び伸びと?やりたい放題やっていたおかげで最後の最後まで単位が足らず、結局、卒業式前の最後の追試でもダメで公式の卒業式には出れませんでした。(しかしなぜか家の親は息子の出ない卒業式に出席…笑)公式の卒業式の後で受けた追試、これがまた結構やりたい放題で、何とはあえて言いませんが(笑)先生もかなり目をつむって多めに見てくれていたようです。(卒業させてしまいたかったのもあると思います。)そんな先生の暖かい御配慮?によってその追試はなんとか次第点をとり、落ちこぼれ連中ばかりで、小さな卒業式をしてもらいました。校長先生が、「卒業おめでとうと言ってやりたいところだが、喜んでいいのかわからんなぁ。」というようなことを言いながら、ひとりづつに卒業証書を手渡していったのをおぼろに覚えています。人生は入学と卒業の繰り返し…でありたいと僕は思っています。そしてその繰り返しの数と過ごした時間の密度がそのひとの魅力や能力につながっていくんだよなぁ…なんて、この文章を書きながら思ったのでした。自らの意思で、その数を増やして密度を濃くしていかないといけないですんよね。よしっ、やるぞ!。
2004年03月16日
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「わるい考えが浮かんでしまうのはね、おなかが減ってるからだよ。ご飯たべなぁ。」僕の歴史に残る名言。凄い名言だと思う。おばあちゃん、いつまでも元気でいてね。会いに行けるように。
2004年03月14日
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『自分の弱い部分なんかを他人に対してすべてさらけ出してしまえる人間が実は一番強いんだよ。』 堀之内九一郎 (株式会社 生活倉庫 社長/ マネーの虎)私には痛いお言葉でした…
2004年03月12日
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今日“漫画”は日本人の読み物としては最も一般的なメディアになったと思う。そんな中表現として非常に高いレベルのものも少なくない。ところで皆さん本当にぼろぼろ涙を流すような漫画と出合ったことがありますか?。僕はあります。それは読んだタイミングが当時の精神状態にばっちりはまったのももちろんだったけど、今でもその感動は色あせてないです。いまでもその※問題のラストを思い浮かべるとぐぐっときてしまう。(そういう自分は、結構涙もろいひとですが…)そしてこの漫画はドラマ性だけでなくて、表現形式としても抜きん出ていて未だに超えるものが無い。(と僕は勝手に思っている。)…というか僕はもはやこれをきちんと(*下記参照)読んで感動しなかったひとと友達になれる気がしない。「ええ゛っ…あれ読んで何も感じんかったのか…(サーッ…)→引く音」…ながらくお待たせいたしました、発表します…『自虐の詩』上・下刊 業田良家著 竹書房です!。僕はここから人生の一つの真実を教えてもらいました。間違いなく。内容にはここでは触れません。この漫画が表現として本当に優れている所以は、この漫画が最後まで4コマ漫画という体裁を取り、なおかつギャグ漫画として始められているというところにあります。ゆえにぱらぱらっと読むと間違った先入観を持ってしまうという欠点があります。ぱらぱらっと見ると単なるオジサン週刊誌のマンネリ化した4コマ漫画かと思ってしまうんですね。(実際この漫画は某週刊誌に連載されていた。)ここまで読んでこの漫画を読んだことが無くて、これから読んでみたいと思った方、以下の約束守ってもらえれば感動三割増(当社比)を保証します!。(…いいのだろうかこんなこと言って…)・上・下刊を必ず両方買い揃え、余裕を持って時間を取り、一気に最初から最後まで連続して読むべし!。ちなみに外で読むのはやめた方が良いかと思われます。(恥ずかしいことになる可能性あり。)要バスタオル?。この漫画の面白さの度合いは下巻の中盤からラストページへ向かって急激にピークまで伸びていきます。じゃあ上巻は要らないのではとお思いでしょうが、上巻のゆるさがラストの感動の為の伏線になっているんですね。そしてラストページ……ものすごい感動のラスト!。(涙涙涙)…読んだひと、ぜひ感想を聞かせてください!。(あまり他人の生の感想を聞いたことがないので。)よろしくお願いします。
2004年03月10日
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自分は煙草を吸わないひとだ。だけど人が近くで煙草を吸っているときにいつも感じることがある。健康やマナー云々の話ではなくて(もちろんそれも気になるんだけれど)煙草の煙の臭いがある“色”をいつもイメージさせるのだ。その色とは“紫”。なぜだかはわからない。“紫煙”と言う言葉があることもだいぶ後から知ってそのときは関心したというか変な感動があった。(そうそうやっぱそうだよな俺だけじゃないんだ、みたいな。)香りがイメージさせる“色”って他にあまり思い浮かばない。何かあるかなぁ。〈終了〉
2004年03月06日
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『もし明日世界が滅びるとしても、 わたしは今日リンゴの木を植える。』*記憶に基づいて書いているので間違っているかもしれません。あと出典を忘れてしまいました。もし知っている方がいらっしゃいましたら教えていただけると嬉しいです。
2004年02月11日
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