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2020.06.04
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カテゴリ: 普段話
今日の普段話は、刺激に関してのお話です。
 日々、人が暮らすうえで、生活は刺激にあふれています。
 単純なニュースを見るということだけでも、新たな情報を仕入れて、脳が活発に動きます。活発に動きその記憶を精査し整理します。
 人の体は、必然的に要・不要をより分け、不要なものは忘れるようにできています。年齢を重ねるごとに、忘れっぽくなるのは、必然です。長い経験を経て、覚えるべきことが蓄積されたのですから、それを維持するために、記憶の整理が行われます。
 子供のころ、よく祖父や祖母。父や母から、昔話や絵本の読み聞かせがよくおこなわれています。
 母や父の愛情に包まれ、本の読み聞かせほど、よい学習の時間はありません。まっさらな記憶の中に、多くの情報が入り、片っ端から記憶していきます。でも、子供の時は、どれがいいことなのか、ダメなことなのかのフィルターがしっかりできていません。
 そのフィルターを作る手助けをするのが、親であり学校だったりするのかもしれませんね。多くの刺激にあふれ、幼稚園へ行くようになれば、多くの個性あふれる同年代の子と出会うことになります。
 そのフィルターは育った環境に、類するものが多くを占めます。競争率の高い地域で生活をすれば、必然的にある程度攻撃性の高い性格が形成され、競争率が高くなく、ゆっくりとした時間の流れる環境で生活していれば、攻撃性はそこまで高くなく、許容するような性格が形成されます。
 一概には言えませんが、このような環境の中で成長したことで、それぞれの個性が形成されていき、それに合わせたフィルターが生まれるようになります。
 私のように、無駄話をして、相手のコロコロと変わる表情を見て、嬉しい感情を抱く人もいれば、『なんだよ、こいつ』のような、怪訝な感情を抱く人も当然います。多様性という面ではそれで、全然OKです。
 そんな中で生活していても、日々の生活に刺激がないのだとすれば、脳はロボットのように一定のことをするだけになってしまいます。より多くの可能性を秘めた思考は、発展の枝葉を伸ばせずに、一本の枝葉のない大木になってしまいます。
 えてして、今までの社会生活は、一本に特化し伸びすぎる枝葉は切り落とすのが普通でした。そのような考えが普通でした。
 そして、何の気なしに使った“普通”というこの言葉。結構、パワーワードです。
 「えっ? 全然違うじゃん」
 と大体の人は思います。だって、それが“普通”なんですから。
 変化を求める思考から見ると、それが普通からは外れていますし、一定の生活をしていて、安定を得た家庭を持った人から見れば、普通であることが当たり前になります。
 なぜなら、社会生活を維持するうえで、とっぴな行動をされると、致命的になりかねないからです。
 ただ、その変化が、社会生活にとって、良い方向に転ぶのなら、その突飛な刺激も重要になってきます。
 多くの刺激を得て、処理をしていく中、とっぴな考えも当然浮かび、選択肢の中から削除していくもの。これが当たり前で、“普通”で、社会生活を維持していきます。
 でも、時々。立ち止まって周囲を見てみて、新たな刺激を求めて枝葉を伸ばすのもありですね。





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最終更新日  2020.06.05 08:07:23
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