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梅雨の晴れ間に島田島へ、仲間たちとウォーキングを兼ねて古代ハスを愛でに行った。成田山光輪寺から小鳴門海峡を渡り、島田島へ・・・小鳴門海峡に架かる橋には爽やかな風が通り抜け、頬を撫でる。眼下には北泊まり漁港が見え、流れに逆らい漁船が白波を描く。梅雨の晴れ間は陽射しが強く、額に汗が滲む。30分も歩くと旧島田島小学校に着く。周辺の田圃は古代ハス池に変わっている。数年前に来たときは荒れ果てた農地だったと思うのだが?大賀ハスとは、ハス博士といわれた故「大賀一郎」博士が、縄文時代に咲いていた古代ハスの種3粒を発見し、そのうちの一粒の開花に成功したものです。日本の原風景のような田舎道に日傘の花が咲く。仲間たちはお喋りの花を咲かせながら、大賀ハスの池へ・・・周辺は茅原が広がり、ガマの穂が風に揺らいでいる。正午過ぎに大賀ハスの池に着いた。出迎えてくれたのは、可憐なピンクの蓮の花。花を愛でていると徳島新聞の記者が近寄り、写真を写して色々と質問を受け、取材に応じた。新聞に掲載されるかも?瀬戸内の海は穏やかで波が静かだ。大型のタンカーや貨物船が行きかう風景は心が安らぐ。遠くに淡路島が見え、風車が霞み空に浮かんでいる。食事をする頬に海風が撫で、心地よい。シニアトークを楽しみ、淡路島を背景に写真を写し、仲間たちに素敵な笑顔が溢れた。
2021.07.10
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前山公園は鈍色の雲が広がっている。午後に天気予報では雨が降るらしい。それでも、ウォーキング仲間が集まり、歩く気満々!ラジオ体操で体を動かして、不慮の事故に備える。湿気の多い前山林道を黙々と登る。地蔵峠に着く頃には額には汗が滲み、下着はベトベトだ。丸太の椅子で休息を取り、熱中症に気をつけて水分を補給する。昨日の雨でぬかるむ尾根道を気延山山頂へ・・・・・送電線鉄塔にさしかかる頃、鈍色の空が泣きだした。南の山脈は霧がかかり、山頂が消えて見えない。幸いにも尾根道は雑木林に覆われ、自然の傘を差しているようだ。旧農大、気延山山頂の「道しるべ」に着く頃には陽射しが戻ってきた。もう少しで山頂だ!頑張ろう。霧に煙る山頂は趣があり、新鮮な感覚が心を包む。標高212mの気延山山頂に別れを告げ、地蔵峠へ・・・猪のハミ跡が残る尾根道を汗を掻きながら進む。三叉路で写真を撮り、水分補給して一休み。正午までに急いで帰らないと本格的に雨が降る空模様。地蔵峠に着く頃には霧雨が降り出し、傘の花が開く。3時間半の強行軍、自宅に帰りシャワー浴び、体重を諮ると1キロ減。これは良いかも!
2021.07.06
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シルバー大学同期生が自治研修センターで「松永久秀」の講演をするので参加しますか?との連絡あり、喜んで参加した。「松永弾正久秀」とは、戦国時代の梟雄と呼ばれ、信長から常人にはなしえない「三悪事」を働いたと云われる。しかし、革新的な発想や感性の持ち主であり、茶の湯の造詣も深い教養人でもあった。千利休に学び、「霜台(そうだい)」の名で知られている。会場に早めに着くと、同期生が会場の準備をしていた。自分も手伝い講演時間までに完了した。彼の講演は人気があるのか、会場は満席。コロナで人数が限られているので、断られた人もいるようです。参考資料も詳しく、十数ページにもなり魅力的です。松永久秀は三好長慶に仕えたが、やがて三好政権内で実力をつけ、室町幕府との折衝などで活躍したようです。下剋上の極悪人と云われているが最近の研究で真実の姿が解り、魅力的な戦国武将としてイメージが変わって来ました。大河ドラマ「麒麟が来る」の影響は大きいですね。彼も講演を始めて数年になり、余裕があるように見える。まるで学芸員のように詳しく説明してくれる。講演時間もピッタリに終わり、内容の面白さから自然発生的に拍手が起こり、会場は包まれた。彼の次回講演が楽しみだね。
2021.06.25
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梅雨の頃になると再会する友がいる。彼は退職後、地域の民生委員をしたり、家業の農業を営んでいる。七夕の頃になると、農閑期になり1ヶ月ほど休みが続く。若い頃によく遊んだ競艇に二人で出かける。彼の自宅に着くと、彼は庭先で待っていた。目が会うとにこやかに笑顔が溢れ、近づいてきた。一年ぶりの再会に懐かしさがこみ上げる。それ!競艇場へ・・・競艇場の空は晴れわたり、梅雨とは思えぬ爽やかさだ。弾む心で指定席に陣取った。今節はマスターリーグで45歳から60数歳のオールドスターが戦う。水上で迫力のあるレースが繰り広げられる。普段のレースより選手は張り切っているように思える。同世代の者には負けたくないのだろう。夢中になっていると、時間が過ぎるのは速い。いつの間にか、最終レースになっていた。最終レースも舟券は外れ、惨敗。帰り道、マザーズ・カヒェで珈琲の香りを楽しみ、近況の話や世間話で時間は流れていく・・・退職以来十数年も続けているが、いつ迄続くのだろうか?
2021.06.23
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徳島のコロナ感染者数が少なくなり、3ヶ月ぶりにマンデー・ウォーキングを再開した。前山公園には梅雨を忘れるような、晴れ間が広がっている。久しぶりに会った仲間は笑顔が溢れ、爽やかだ。城山公園駐車場から助任川沿いに歩き、水管橋を渡り興源寺へ・・・出迎えてくれたのは、紅い仁王様と青い仁王様。恐ろしい目をしているね!興源寺は蜂須賀家の菩提寺です。歴代の藩主の墓があり、夏の阿波踊りの前日に奉納踊りをします。毎年、テレビニュースで放送されています。広場には近くの保育所の幼児が遠足に来て、遊んでいました。奥には、メダカの遊ぶ池と花菖蒲が咲き誇っています。瀟洒な東屋では老人が何か書き物をしていた。町中にあるお寺とは思えぬ風景です。興源寺とは、蜂須賀家歴代藩主の菩提寺。境内には20に余る巨大な墓石があり、往時の栄華を物語っています。10代藩主重喜以降は佐古山町の万年山墓所に埋葬され、興源寺墓所には遺髪のみの拝み墓が置かれています。花菖蒲やメダカに見送られ、城山公園へ・・・助任川沿いの水際公園を散策していると、澄みきった川面には30センチもあるチヌがゆっくりと泳いでいた。城山北側の裏道から登ると、自然林の中は爽やかな風が流れて心地良い。山頂の木陰で昼食を済ませて、シニアトークで時間は流れる。小便小僧銅像広場を通り、貝塚を過ぎると前方が明るく広がり、バラ園のバラは今を盛りと咲き誇っていた。バラの花に包まれて記念写真を撮り、仲間に笑顔が溢れる。帰り道、瀟洒な喫茶店で珈琲の香りを楽しみ、時間は流れていく・・・
2021.06.12
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前山公園は鈍色の雲が広がっている。今年は梅雨入りが早く、うっとしい日々が続いているが、久々に晴れ間が顔を出す。待ちかねたようにウォーキング仲間が集まり、「白鳥神社コース」へラジオ体操で身体をほぐし出発した。総勢20数名が前山林道を登り地蔵峠へ・・・額に汗が滲む頃、尾根道に着き休息を取り、水分を補給する。雑木林に覆われた尾根道を気延山山頂へ向かう。顔見知りのリピーターと世間話に花を咲かせながら進み、旧農大、気延山山頂、前山公園の三叉路に着き休息を入れる。尾根道にはいたる所に猪のハミ跡が残り、夜間猪が徘徊している多さに驚く。最後の登り坂を息を切らしながら歩き、気延山山頂に着く。標高212mの山頂には「ひみこ、空海、義経の足あとなきか気延山」と石碑が建てられている。本当に卑弥呼や空海が歩いたのだろうか?義経は山麓を通り屋島に行ったのは本当らしい。信じるのが歴史ロマンだね!見晴らしの良い送電線鉄塔下で写真を撮り、はいチーズ!木洩れ日の落ちる雑木林を下り、目的地「白鳥神社」に着いた。帰りはバスに乗り前山公園へ・・・車窓からは長閑な田植えの風景が広がっていた。
2021.06.06
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今年は季節の移り変わりが早い。桜は三月の中旬に咲き、例年なら爽やかな五月に梅雨入り。サツキの季節も10日程早く、花が満開になった。新型コロナウイルスが蔓延して色々な催しが中止になり、時間を持て余すようになった。これを機会にサツキの手入れを念入りにするつもりだ。サツキを育てて三十年余りになる。3センチ程の新芽を鹿沼土に挿し木し、育てたのを思い出す。その頃、職場ではサツキの栽培がブームになり競い合って育てた。最初の二、三年はサツキの花の美しさに魅かれ夢中になった。職場でもヒートアップして鹿沼からサツキの長尺苗を共同購入し、競い合い育てた。ブームも過ぎ去り、退職する頃には栽培をしている人は数名になった。退職時には100鉢余り有ったが、今では50鉢にすぎない。毎年、サツキが大きくなるにつれて手間がかかり、植替えが遅れる。その為に猛暑の夏が過ぎると、5・6鉢が枯れるサツキも大きくなると、植替えに時間がかかる。そのままにしていると、根が詰まり枯れてしまう。今日も梅雨空を見上げながら、手入れをする。雨に濡れた可憐なサツキの花を眺めると心が癒される。来年も綺麗な花が咲くように剪定する丸木舟。
2021.05.14
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鈍色の空が広がり、今にも泣きだしそうな空模様。午後には雨の予報が出ている。万年山蜂須賀墓所には車を止める場所が無いので椎宮神社に駐車した。椎宮神社のツツジはまだ三分咲き、一週間後には見頃になるだろう。大正時代に建築されたレトロなレンガ造りの佐古配水場を通り、万年山蜂須賀墓所入り口に着くと、多くの参加者が集まっていた。徳島城学芸員や、墓所の復元に携わった社会教育課の担当者が案内してくれた。雑木林に覆われた坂道を登ると、最初に現れたのは十四代藩主蜂須賀茂韶のお墓。最後の藩主、蜂須賀茂韶は七年間イギリス留学後、 文部大臣、東京府知事、貴族院議長を歴任した。万年山蜂須賀墓所では明治時代に神仏折衷葬で唯一火葬されました。蜂須賀家には二つの墓所が有ります。有名な興源寺には家祖正勝(小六)から9代まで遺体埋葬ですが、その後は人達は遺髪埋葬です。万年山蜂須賀墓所は10代藩主重善が儒教に傾倒し、儒教式の遺体埋葬がされている。遺髪だけが興源寺に仏式で祀られている。万年山蜂須賀墓所の最上部に近づく、蒼石の石段を登りきると広大な敷地に蜂須賀重善のお墓が姿を現わす。墓石の裏に初めて見る遺体が埋葬された大きな「土まんじゅう」に驚く。徳島城博物館セミナーで一年間学んだ蜂須賀重善が、阿波藩改革の功罪と権力に想いをよせる。「上杉鷹山」のような人格者だったら、誇りに思うのだが・・・・・曇り空が泣き出し、服が濡れる。裏山には霧雨に輝く山藤が咲き誇っていた・・・
2021.04.19
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萌黄色に染まる山並みを眺めながら脇町へ・・・車を「道の駅脇町」に駐車してうだつの町並みを散策した。軒先に小さな鯉のぼりが飾られ、五月の「子供の日」に合わせ準備している。オデオン座前を通り、河川敷の遊歩道をさかのぼる。長閑な河川敷には黄色い菜の花が咲き乱れている。一輪の紅いケシの花が咲いていた。虞美人草だ!古代中国「項羽と虞姫」の故事に想いをよせる。大谷川の石造り堰堤をいくつか超えるとデ・レーケ公園に着く。色とりどりのチューリップが咲き誇り、周辺に甘い香りが漂う。多くの人々が写真を撮り、花を愛でている。デ・レーケとは、治水技術者であったオランダ人のヨハニス・デ・レイケが、命をうけて1884(明治17)年に吉野川を調査したときに、この大谷川の多大な土砂流出に驚き、その対策方法を指導したことによりできたものです。喫茶店でランチを済ませ、広棚花の里へ・・・脇町から阿讃山脈中腹を大滝山方面に進むと広棚に着きます。出迎えてくれたのは山の斜面に咲く、鮮やかな芝桜。多くの見物客で駐車場は満車状態!仕方なく、少し離れた場所に車を止めた。数年前に来た時より、芝桜の畑が増え屋敷裏の神社まで花盛り。屋敷の軒先では可愛い案山子が歓迎している。庭からは、芝桜やミツマタの花が咲き誇り萌黄色の山並みが美しい。どこまでも広い青空に鯉のぼりが勇壮に泳いでいる。コロナ過とは思えぬ、爽やかな風景だ。芝桜の香りに包まれた花見客のマスク姿が不似合いに思える。早く自然な姿に戻ると良いね。
2021.04.13
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市民農園は雲一つ無い蒼天の空が広がっている。大気は乾燥し、爽やかな風が頬を撫でる。農園に着くと、早くも農作業をしている老夫婦がいた。笑顔で挨拶を交わし、自分の畑に向かう。暫く来ていない間に玉ねぎは大きくなり、収穫できそうだ。黒いビニールシートを外し、玉ねぎを収穫した。玉ねぎの根や茎を整理していると、刺激臭が鼻につく。新玉ねぎは柔らかいのでサラダで食べると美味しいだろう。収穫が終わった畑をすぐに鍬で耕し、たい肥や有機石灰を入れて夏野菜の植え付けに備える。ピースの可憐な花が咲き、小さなサヤが無数に付いている。今年は豊作だ!豆ごはんにしたら、美味しいだろうな・・・夏野菜のトマト、胡瓜、枝豆を植えて空を見上げると、ツバメが楽しそうに飛んでいる。
2021.04.10
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前山公園の花は葉桜になり、地面は桜色に染まっていた。鈍色の雲が広がり、陽射しを遮り薄暗い。コロナにも負けず、常連の仲間が集まり花見ウォーキングに出発した。旧農大で桜を愛でながらの昼食を予定していたが、「会食禁止」の旧農大では無理なのでコースを変え、逆回りに歩いた。気延山山麓を東へ・・・菜の花やレンゲの咲く農道をお喋りの花を咲かせながら旧農大まで和気藹々と歩いた。広々とした庭に軍鶏が放し飼いにされている。自由に走り回り、じゃれ合っている姿は微笑ましい。旧農大に着くと、此処も葉桜で花見客もチラホラといるだけだ。名物、桜のトンネルも新芽が目立ち萌黄色のトンネル。八重桜の咲く広場を通り、椿園へ・・・遅咲きの椿の花を愛でながら、急な登り坂を進む。身体は汗ばみ、マスクを着けていると息苦しい。マスクを外すと、生き返るように清々しい。道沿いの竹林にはタケノコが顔を出している。今年は暖かいせいか、十日も早いように思える。額に汗が滲む頃、気延山尾根道に着いた。雑木林に覆われた尾根道は薄暗く、枯れ葉が積もりカサカサと音を立てる。暖かくなり夜間猪が徘徊しているのか、ハミ跡が残っている。昼間は猪も寝ているので出会う心配は無いだろう。この頃になると参加者は親しくなり、世間話に夢中になり楽しそうだ。雑木林に響き渡る野鳥の鳴き声に春の訪れを感じる。赤色の送電線鉄塔で休息を取り、乾いた喉を潤す。地蔵峠までもう少しだ、頑張ろう!地蔵峠に着くと、世話役がお茶と花見弁当を用意して待っています。「お疲れさん」と笑顔で出迎えてくれた。記念に芝桜の前で写真を撮り、ハイチーズ!豪華な花見弁当を頬張り、参加者に笑顔が溢れた。爽やかな東風の風が頬を撫でて行く・・・・・
2021.04.04
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文化の森「図書館」へ本を返却に行った。図書館を出ると、蒼天の空が広がり春爛漫の陽気に包まれていた。春風に誘われ、園内を散策することにした。八重桜は満開に咲き誇り、甘い香りを漂わせている。多くの花見客とすれ違う。暖かさと桜に誘われたのだろう。散策の後、お腹の虫が泣き出したので「文化の森」近くにある、阿波郷土料理「坂井屋」で昼食にした。シニアが好むような味付けに好感が持てる。美味しかったよ!幸せな気分で一宮神社へ・・・・・一宮神社は四国八十八ヶ所大日寺の隣にあります。明治時代に神仏分離で別れました。一宮神社には苔むした巨大な石灯篭や菊の紋の神馬が有り、神社裏の小さな谷川を5分ほど遡ると、巨大なしだれ桜が姿を現わす。樹齢数百年で高さは十数メートルも有りそうです。蒼天の空に聳え立つ姿には圧倒されます。県内のしだれ桜では一番大きいように思いますが、意外と此処のしだれ桜は知られていないようです。しだれ桜に別れを告げ、「ゆうかの里へ」・・・・・5年ぶりに来た「ゆうかの里」の変貌ぶりに驚いた。道は一方通行になり、駐車場は満車状態で道に車が溢れている。花見客も5倍ほどに増え、外国人もチラホラと見える。コロナ禍とは思えぬ賑わいだ。満開のしだれ桜と黄色いレンギョウの組み合わせは絶妙だ。500本のしだれ桜が山の斜面を桃色に染める風景は桃源郷のようだ。桜が舞い散る地面には可憐なシャガの花が咲いていた。十二分にしだれ桜を楽しみ、桜に囲まれた「ほほえみ観音」に見送られ「ゆうかの里」を後にした。
2021.03.26
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晴れわたっているが、午後には雨になるらしい。文化の森で開かれる「能楽へのご招待」の抽選に当たり心弾む。浮き浮きした気分で車は文化の森公園へ・・・近づくにつれ、黒雲が広がり小雨が降り出した。駐車場は満車状態で空きスペースが無い、仕方なく一番奥の駐車場に車を止めた。野外劇場「すだちの森シアター」へは雨傘の花が長く連なっている。開演の時間に間に合うように急いだ。公演の時間が近づくにつれ、雨脚は強くなっていく。野外劇場は昨年の改修で大きな傘のような屋根が出来ている。1部は仕舞と狂言、能の淡路、草子洗小町、山姥を勇壮に舞います。狂言はお馴染みの「寝音曲」を太郎冠者とご主人が、面白おかしく演技する姿に会場は忍び笑いが漏れる。2部は、能「鞍馬天狗」が公演された。初めて見る能は、動きが少なく地謡の内容が解らない。始めにあらすじを解説してくれたので、おぼろけに理解できる。能楽の小鼓、大鼓、笛、小太鼓が醸し出す幽玄なリズムに誘われ、舞台に引き込まれて雨音も気にならない。いつの間にか、2時間余りの公演も終わり会場は拍手に包まれていた。伝統文化に触れた時間が流れる・・・
2021.03.21
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徳島駅構内でツーリズム徳島観光ボランティアが主催する。「蜂須賀桜と原田家住宅」観光の受付が始まっている。参加者は思っていたよりも多く、40数名もいるようだ。1・2班に分けて徳島駅を出発した。ポッポ街を通り抜け、お花畑踏切を渡り城山公園へ・・・若葉の芽吹く公園には白い木蓮の花が咲いていた。新町川沿いには早咲きの蜂須賀桜が咲き誇っている。多くの家族連れが一足早い花見を楽しんでいる。子供達は舞い散る桜に嬌声をあげ、喜ぶ。写真を写す両親の顔のにも笑顔が溢れる。川面を走る観光船からは船長が手を振り、歓迎している。ボランティアガイドの解説を聞きながら、蜂須賀桜を愛でる。メタセコイア並木道を通り、「竜王山さんのクス」やSL蒸気機関車の解説を聞きながら、徳島城博物館へ・・・博物館では恒例のひな人形展が開催されていた。立体交差橋を渡り、瀬戸内寂聴の生誕地を通り、新町川を渡る。足に疲れを感じる頃、原田家住宅が姿を現わした。原田家住宅とは、江戸時代末期の武家屋敷で、現在は主屋だけが保存されている。往時の武家屋敷の特徴が残された貴重な建造物である。出迎えてくれたのは、満開の蜂須賀桜。参加者はその美しさに、感嘆の声を漏らす。参加者が多い為に入場制限でしばらく外で待たされた。樹齢250年の老木と若木が咲き誇っている。入場制限が解けると、我先に蜂須賀桜へ・・・参加者は満開の蜂須賀桜を愛でながら、思い思いにデジカメやスマホで写真を写している。春風に桜はハラハラと舞い散り、庭は桜の絨毯。見上げれば、蒼天の空に蜂須賀桜が浮かんでいた。
2021.03.11
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今にも泣きだしそうな空を見上げながら、ラジオ体操をする。天気予報では日中、曇りで雨は降らないようだが心配だ。ハイキング参加者も今回は少なく、寂しい。それでも、常連のリピーターと賑やかに前山公園を出発した。前日の雨でぬかるんだ山道を注意深く歩き、尾根道に着いた。尾根道には朱色の椿の花が咲き誇り、春の訪れを感じる。送電線鉄塔下で休息を取り、喉を潤す。尾根道沿いに黄色の小さな花が咲いていた。山に詳しい人に尋ねてみると、爪楊枝の木「クロモジ」だそうだ。「クロモジ」は、柑橘系に似た特有の香りがあり、樹皮を残したクロモジの材で作られ、爪楊枝は高級品として茶席の和菓子などに添えられる。鬱蒼とした杉林を下り前方が開けると、梅林が姿を現わす。暖かさの為か、花の盛りは過ぎ、参加者は落胆の色を浮かべていた。誰かが、「来年に期待だね」の声に笑顔が戻った。動物愛護センターでトイレ休憩を取り、記念写真を写した。ドックランでは愛犬家が犬を遊ばしている。幸せな犬だ。動物愛護センターでは飼い主の見つからない犬が大勢いる。犬の鳴き声を聞きながら、動物愛護センターに別れを告げた。小鳥センター横を通り、旧童学寺トンネルに着くと入り口はセメントで塞がれていた。童学寺越えの急な登り坂を息を切らしながら歩き、峠に着く。足元はぬかるみ、額には汗が滲む。心配していた雨に会わず、雲の隙間から陽ざしがこぼれる。前山公園が近づく頃、夏にバナナの実をつけていた木は冬の寒さのせいか枯れていた。
2021.03.07
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前山公園は鈍色の空が広がっているが、風も無く暖かい。ウォーキング仲間が集まり、県下一の梅の名所「阿川梅の里」へ・・・コロナ対策の為に車は窓を開放し、換気を良くして同乗した。「阿川梅の里」に着くと、出迎えてくれたのはお雛様と畑で働く可愛らしい案山子。見事な出来栄えだね!しばらく歩くと鈍色の空から霧雨が降ってくる。満開の梅畑に雨傘の花が開いた。雲の隙間から陽ざしを感じると青空が顔を現した。梅花の谷は暖かさと梅の甘い香りに包まれ、春の足音が聞こえる。どこかで野鳥の鳴き声が聞こえる。梅の香りに誘われ、満開の梅畑で写真を写した。仲間も笑顔が溢れ、お喋りの花を咲かせてテンションを上げている。梅農家の庭先で丸々と太った狸が姿を現わした。人慣れしているのか、逃げる気配がない。農家の人に餌付けされているのかも知れない?梅林から杉林の福寿草の咲く林道を歩き、見晴らしの良い丘から、眼下には阿川の集落が見渡せる。ピンク色に覆われた桃源郷のような風景だ。7キロの周遊コースを巡り、満開の梅林で賑やかに昼食を済ませた。歩いた後の食事は特別に美味しいように思える。帰り道、神社の前で地元の人が規格外のホウレンソウをプレゼントしてくれた。綺麗に洗われたホウレンソウに感謝し、嬉しい気持ちになる。「阿川の里人」の暖かい心と、梅の香りに包まれたウォーキングだった。
2021.03.02
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三合橋を渡る風は暖かく、冬の終わりを思わせる。最近、助任川両岸に多くのマンションが新築されている。高層マンションが5・6棟も増えた感じがする。需要がそれだけ、あるのだろうか?周辺では中古の空き家が増えているのに・・・色々と思いながら阿波銀ホールへ・・・阿波銀ホールでは歴文クラブの定期講演が行われている。4階のホールに着くと、会場は多くの人で溢れていた。先月の講演は、空席が目立つほど少なかったのに・・・講演の内容が、「渋沢栄一と蜂須賀茂韶」の意外性が興味を引いたのだろうか?それとも、徳島城博物館館長根津さんの人気だろうか解らない。渋沢栄一は、「近代日本資本主義の父」と称される実業家です。第一国立銀行や東京株式取引所を始め、500を超える企業の設立や経営に関わりました。「論語と算盤」に象徴される考え方に注目が集まっています。裕福な農家に生まれ、一橋家へ仕官してパリ万博派遣使節の一員として西欧歴訪しました。その後、新政府に仕官して日本近代化に尽くしました。蜂須賀茂韶は、徳島藩最後の14代藩主で戊辰戦争では政府軍として藩兵を派遣。版籍奉還し、徳島藩知事に任命される。私費でイギリス留学し、オックスフォードで政治経済学を修め、7年間の留学を終え帰国する。東京都知事、文部大臣を歴任し活躍しました。この間に、渋沢栄一と共に企業の設立に携わり、蜂須賀茂韶は資金調達のため華族や富豪を説得してまわったそうです。今年の大河ドラマは「渋沢栄一」が主人公です。「今年の大河ドラマは楽しみだね」と話しながら、シルバー大学同期生と別れを告げた。
2021.02.11
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前山公園は蒼天の空が広がっている。立春も過ぎ、暖かい日々が続いているが、朝は肌寒い。コロナにも負けず、二十数名が集まりマスク姿で賑やかに出発した。あえて急な登り坂を選び、地蔵峠を目指す。峠に着く頃には息があがり、身体は温まり寒さを感じなくなる。地蔵峠では休息を取り、冬晴れの四国山地を眺める。遠くの山には白い模様が見え、雪が積もっているのだろうか?冬枯れの雑木林の続く尾根道を東へ進む。雑木林に覆われた尾根道でのウォーキングは心が癒される。マスク姿でお喋りの花を咲かせ、賑やか歩く。自粛していたせいか、普段よりもお喋りをする人が多いように思う。いつの間にか、気延山山頂と旧農大の分かれ道に着いた。枯れ葉の積もる坂道を下り、旧農大へ・・・旧農大の椿園には早咲きの椿が可憐に咲いていた。椿園で記念写真を写し、気延山山頂を巡り尾根道を行くコースと気延山山麓を行くコースに別れて出発した。気延山山麓を歩くコースを選んだ。気延山山麓は暖かい陽射しに包まれ、菜の花や梅が咲き誇り春の足音が聞こえる。どこかで野鳥の鳴き声が聞こえ、安らぎを感じる。大きな仮面のオブジェを通り過ぎると、前山公園が見えた。
2021.02.06
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新春から新型コロナが猛威を振るい、色々な会や催しが中止になり、自宅時間が長くなりました。暇つぶしにギンプやホットスケープを使い、合成画像で遊んでいます。井戸寺の境内にアマビエが現われて、コロナ封じをしています。今は神頼みですね。九寨溝で羽生結弦さんと紀平梨花さんがスケートを楽しんでいる。遠くにザギトワ選手が見えますよ。丸木舟が雲に乗り、世界遺産仁徳天皇陵を空から覗いていますよ。史跡公園に現れたゴジラ、恐ろしいですね。昔の映画に出てきそうなシーンです。 UFOを追いかけるアトム。 夢の世界で丸木舟に乗る丸木舟。
2021.01.21
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史跡公園は風も無く、穏やかな蒼天の空が広がっている。新春にウォーキング仲間15名が集まり、ここから井戸寺へ・・・新年の挨拶を交わし、旧道を賑やかにウォーキング。最初に着いたのは「舌洗いの池」、ここは義経ゆかりの地。この地で小休し、馬に水を飲ませたと云われている。義経は里人に地名を尋ね「勝間の井戸」という答えに、幸先が良いと喜んだという逸話が残っております。観音寺では、ここから参加するウォーキング仲間と合流した。観音寺の創建は天平13年に聖武天皇が国分寺建立の勅命をだし、行基菩薩に命じて勅願道場として建立されたと伝わっています。太子堂脇の「夜泣き地蔵」は、子供の夜泣きを止めてくれる地蔵尊で有名です。旧道沿いに府中の宮へ・・・ 府中の宮は、国璽の印と国庫の鍵を守護したと伝わっていて、古代はこのあたりは阿波国の中心地でした。王朝時代国司政庁が此の地に置かれたと云われています。本堂横の狛犬が虎のようで不思議ですね。府中の宮に別れを告げ、井戸寺へ・・・線路を渡り、のどかな田園風景の広がる田舎道をウォーキング。足に疲れが来る頃に井戸寺に着いた。出迎えてくれたのは山門の仁王様、優しい顔をしている。井戸寺は、弘法大師空海が自ら錫杖で一夜のうちに井戸を掘られ、井戸寺と称えました。井戸の水面に映らなければ近いうちに病になると云われている。興味津々、皆さん面影の井戸を覗いて、安堵の色を浮かべていた。
2021.01.09
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穏やかな新年を迎えたが、コロナは終息の気配がない。初詣は人出の少ない葛城神社を選んだ。葛城神社は目の神様で参道には大きな目の絵が描かれている。予想通り、参拝者は少なく全員マスクをして感染予防をしている。昨年の白内障手術が上手く行ったことを感謝し参拝をした。境内にはメガネ塚や包丁塚が有り、関係者がお参りしている。今年は本堂裏山の奥の院にも参拝したいと思い、鬱蒼と雑木林が茂る、荒れ果てた参道を登った。底冷えのする参道は神様の気配が感じられる。苔むした古い鳥居を過ぎると奥の宮が姿を現わした。神域の社は樹々が騒めき、野鳥の鳴き声が聞こえる。参拝を済ませ、成田山光輪寺へ・・・・・成田山光輪寺は瀬戸内海国立公園内にあって、成田のお不動さまと親しまれています。ここも例年より、人出は少ないようです。本堂横の鐘を鳴らすと願いが叶うそうです。家内安全を願い、鐘を鳴らしました。穏やかな内の海に厳かな鐘の響きが流れていく・・・・・
2021.01.05
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三合橋は耐震為、橋げたの補強工事をしている。舟の往来が多い為、安全の為に警戒船が出ている。今年最後の徳島城「文学と歴史セミナー」へ・・・・・橋の上は寒い北風が頬を撫で、鈍色の雲が流されていく。助任川水際公園では、冬の使者カモメがチラホラ姿を見せる。対岸の東屋ではシニアが寒い中にもかかわらず、将棋に熱中していた。さざ波の立つ水管橋を渡り、城山公園へ・・・城山公園はすっかり冬景色、川沿いの蜂須賀桜は枯れ葉が舞い散り、冷たい風が通り抜ける。山裾には黄色いツワブキや水仙の花が咲いていた。東公園には風も無く、暖かい陽射しが降りそそいでいた。バラ園には初冬なのに真っ赤なバラが咲き誇っている。池は枯れ葉の絨毯で覆われていた。鳥居龍蔵石碑横を通り、徳島城博物館へ・・・・会場にはシルバー大学同期生の姿が見える。目が会うと、微笑み手招きをしている。学芸員の講演が始まり、弱小藩から養子になった蜂須賀重善は阿波藩の改革が行われ成功すると、蜂須賀重善は改革者から暴君へ変貌する。人間は立場が変わると性格も変わるようです。上杉家の「上杉鷹山」のような外国人にも知られる高潔な人もいます。少し残念ですね。講演が終わり、外に出ると徳島中央公園の銀杏は黄葉が終わり、落ち葉が舞っていた。
2020.12.20
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三好市の紅葉温泉?あまり知られていない温泉だ。那賀川上流のもみじ川温泉は良く知られているのだが、紅葉温泉はもみじの綺麗な処だろうか?紅葉温泉の駐車場から竜頭の滝へ、参加者16名で賑やかにウォーキング・・・・・竜頭の滝までの山道は綾錦に彩られ、モミジの多いのに驚く。紅葉温泉と言われるのも納得がいく。30分ほどで竜頭の滝に着く、滝周辺は紅葉に彩られ絶景だ。仲間たちはスマホやカメラで竜頭の滝を写している。雨が暫く降らないのに滝の水量が多い、誰かが滝に虹が架かっているのを見つけ、嬌声をあげている。滝の下で記念写真を写し、ハイ・ポーズ!「竜頭の滝」の上流に「金剛の滝」があると云われ、紅葉に覆われた急な登り坂を息を切らしながら登った。紅葉の枯れ葉が舞い落ち、地面は朱色の絨毯を敷き詰めたようだ。サクサクと踏みつける足音が心地よく耳に響く。薄暗い杉林の奥に滝の水音が聞こえる。前方が明るく開けると、落差のある大きな滝が姿を現わした。金剛の滝だ!思わず声をあげる。滝周辺は寒気が漂い、底冷えがする。東屋から見上げる金剛の滝は、降りそそぐように流れる大量の水に圧倒される。金剛の滝に別れを告げ、山麓の滝寺へ・・・正午を過ぎたので見晴らしの良い広場で昼食にした。陽だまりの中でおにぎりをほう張りながら、お喋りの花が咲く。食欲を満たし、滝寺へ・・・滝寺は弘法大師空海が近くの滝で修行したと云われている。境内に三好長慶公の墓と矢印を見つけた。本堂横に苔むした三好長慶の墓が姿を現わした。歴史マニアには思わぬ発見に心が踊る。三好長慶は織田信長が上洛前に近畿一円を支配した戦国武将です。出身地が三好市で大河ドラマにも姿を見せます。帰り道、「道の駅ゆうゆう館」で買い物を楽しみ、二階のレストランで珈琲の香りを楽しみ、シニアトークで時間は流れていく・・・・・
2020.12.10
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前山公園には鈍色の空が広がっている。底冷えのする早朝にもかかわらず、多くのシニアが集まっている。コロナウイルス予防の為、全員マスクをしている。総勢二十数名がラジオ体操で身体を温め、気延山山頂へ・・・前山林道を登り、地蔵峠に着くと見違えるように綺麗になっていた。一枚物の木で造られた多くの机や椅子が据え付けられている。気延山尾根道を通る人達が、喜ぶ休憩場所になるだろう。峠で休息を取り、尾根道を東へ向かう。雑木林に覆われた尾根道は枯れ葉が舞い落ちる。枯れ葉の積もる尾根道は歩くたびにカサカサと音を立てる。どこかで野鳥の鳴き声が聞こえる。柔らかな尾根道には猪のハミ跡が残っていた。夜間には餌を求め、徘徊しているのだろう。この頃になると、参加者は親しくなり、冗談を言い合っている。やはり、話題は新型コロナウイルスの話だ。シニアには関心のある話題だね。急な登り坂を越えると山頂が姿を現わした。山頂には三角点と気延山山頂の石碑が建ち、その横には「ひみこ・空海・義経の足あとなきか気延山」と、歌が詠まれている。義経が気延山を通り過ぎたのは確かなようだが、ひみこ・空海は疑問だね。見晴らしの良い展望台からは吉野川平野が広がり、四国三郎吉野川が流れ、遠くに阿讃山脈が霞んで見える。記念写真を写し、参加者は笑顔に包まれた。気延山山頂に別れを告げ、尾根道を地蔵峠へ・・・帰路は足が慣れたのか、周囲を見渡す余裕が出来た。朱色の山茶花が咲き誇り、雑木林のアクセントになり美しい。ススキの群生地を過ぎると、薄暗い杉林の細道になる。送電線鉄塔を通り抜け、前方が開けると地蔵峠が視界に入る。峠では世話人が飲み物を用意して待ってます。峠の紅葉も歓迎しているようだ・・・・・
2020.12.06
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瀬戸内の海は穏やかな湖のように風も無く光り輝いている。車は国道11号線を走り、五剣山の中腹「八栗寺」へ・・・出迎えてくれたのは「お迎え大師」、柔らかな微笑みで眺めている。紅葉に彩られた参道を進むと朱色の宝塔が姿を現わす。お寺で出会うのはお遍路姿の人ばかり、観光客はいない。境内の店も戸が閉まり、寂しい風情が漂う。賑わった昔の面影が無い。八栗寺に別れを告げ山道を下り、「うどんの山田屋」へ・・・・・「うどん本陣山田屋本店」その建物は、江戸末期に建てられた銘酒「源氏正宗」元酒造家の約800坪の広大な敷地に建てられたお屋敷です。ぶっかけうどんの発祥の地と云われています。和室から瀟洒な庭園を眺めながらの食事は雰囲気がありますよ。食欲を満たすと穏やかな気分になり、それ、屋島へ!源平合戦で有名な屋島南嶺に朱色の屋島寺本堂が鎮座する。屋島寺は、天平勝宝のころ鑑真和上によって開創されたと伝えられる。此処も、昔の賑わいは無いが隣接の水族館が頑張っているようだ。参拝を済ませ、時間に余裕があるので南嶺から北嶺まで遊歩道を散策することにした。雑木林に覆われた遊歩道に枯れ葉がハラハラと舞い落ちる。出会うのは地元のウォーキングを楽しむ人やマラソンランナー。身体が温まる頃に北嶺広場に着いた。其処からは素晴らしい風景が広がり、庵治石の石切り場が見える。北嶺広場ではドローンを飛ばし、楽しんでいるシニアがいた。話してみると、ドローンの操縦は意外に易しいそうです。ドローンの価格は20万円ほどで買えるそうです。手の届く値段ですね。高松市内を横切り一宮寺へ・・・一宮寺の境内には、地獄の釜と繋がっているといわれる祠が存在します。それを聞いた 「おタネ」 というおばあさん。そんなことあるわけない、と疑って 釜に首を入れました。すると石の扉が閉まり、首が抜けなくなったそうです。一宮寺に隣接する讃岐一の神社、田村神社が在ります。明治になり神社とお寺に別れたそうです。讃岐一の神社らしく、大きな鳥居に驚きます。正面には巨大な黄金の大黒様、八咫烏が祀られている朱色の鳥居、境内にはブロンズの龍が黄金の球を抱え、大判小判に願い事を書かれています。七五三にお参りする人も多いようです。西の空が茜色に染まる頃、田村神社に別れを告げた。阿讃山脈のトンネルを抜けると其処は徳島、上弦の月が輝く下に見慣れた眉山の灯りが見えた。
2020.11.28
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自治研修センターのメタセコイア並木は黄色く色づき始めている。講演会場ではシルバー大学歴史文化同期生が会場の準備をしていた。目が会うと、微笑みながら手を振って歓迎している。徳島学博士になった彼からのお願いで、講演会場の準備をした。彼の講演も十数回になり、学芸員のような雰囲気を醸し出す。今回は、「本能寺の変、四国説」。今年は大河ドラマ「麒麟が来る」で明智光秀に注目が集まっている。明智光秀は美濃守護土岐氏の一族で明智城を追われ朝倉家に仕官し、朝倉家を頼ってきた足利義昭に仕える。その後、織田信長と足利義昭との橋渡しをして表舞台に姿を現わす。織田信長の下で華々しい活躍し、信長と蜜月関係の後、「本能寺の変」が勃発する。長宗我部元親と織田信長の外交を担当していた光秀は、信長の心変わりに窮地に立たされ、思い悩み「本能寺の変」へ・・・「本能寺の変」の諸説は信長非道阻止説・幕府再興説・四国説・・・と数多く有りますが真相は不明です。「本能寺の変」の明智光秀の年齢は古文書では五十五歳とも六十七歳の高齢と云われています。「麒麟が来る」の若々しい光秀とは違いすぎます。作家により明智光秀のイメージが変わりますね。面白く興味のある話は時間の流れるのは早く感じる。いつの間にか、講演が終わり自治研修センターの玄関を開けると枯れ葉が舞っていた。
2020.11.25
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蒼天の空が広がる鷲の門前には多くの受講者が集まり、徳島城博物館学芸員による現地説明会に参加した。「四国遍路と城下町」の1回・2回と講義が終わり、3回目は徳島城下を歩いて巡る現地説明会になった。僧侶真稔さんの遍路日記によると、大阪より阿波へ渡海し、徳島内町魚棚の遍路宿に宿泊した。現在の内町公園に遍路宿が在ったそうです。新町川沿いに僧侶真稔さんの足取りを辿り、両国橋へ・・・江戸時代には新町川は今より川幅が広く、多くの遍路が渡船で行き来していたようです。江戸時代にはお城の周りには侍屋敷が建ち並び、内町と新町に町人が住まいしていたそうです。新町橋では徳島城学芸員が江戸時代に藍蔵の建ち並ぶ、新町川の風景を熱心に説明してくれました。今は徳島マルシェで紅いテントが建ち並び、買い物を楽しむ多くの人で賑わっていた。江戸時代の四国遍路は現在と大きく違っていたようだ。托鉢をしながら巡る遍路、信心を抱きながら巡る遍路、お供を何人も連れて旅行気分で巡る遍路旅をする人。托鉢をしながら巡る遍路が一番とされていた。遍路へ旅立つには国元の紹介状を持参し、大滝山の持明院から四国遍路の廻り手形「パスポート」を貰わなければ、国境を越えることが出来なかった。巡る順路も近いお寺から遍路の旅へ出発した。僧侶真稔さんも国府の井戸寺から巡礼したそうです。金龍水の湧き出る寺町を巡り、大滝山持明院に着きました。戦前まで大滝山に持明院の豪壮な三重塔が聳え立っていたらしい。其処からは、徳島城内まで見渡せる風光明媚な名所です。有名な滝の焼き餅があり、戦前はお見合いによく使われていた処です。焼き餅茶屋にはモラエスの可憐な黄色い花も咲いています。最後に遍路道の「道しるべ石」で学芸員の解説が終わり、暖かい日差しを浴びながらの徳島再発見の一日になりました。
2020.11.17
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青空にひつじ雲が浮かんでいる。阿讃山脈は色づき始め、秋も深まり紅葉の季節だ。今日は、遍路を兼ねて紅葉狩りに出かけた。坂東の農産市で干し柿用の大和柿や富有柿を買い求め大窪寺へ・・・綾錦に装う山道を車は走り、大窪寺に着く。平日なのに駐車場は満車状態、仕方なく離れた駐車場に止めた。参道は紅葉に覆われ、木洩れ日が落ちて朱色に輝く。境内は紅葉狩りの参拝者で溢れている。本堂に参拝を済ませ、東側の参道に行くと素晴らしい風景が広がっていた。真っ赤に燃えるモミジの林、その下で新郎新婦がにこやかに前撮りをしていた。幸せになると良いね!紅葉の下では多くの人が鮮やかなモミジを撮影している。今年の紅葉は台風が無く葉が傷まず、例年になく美しいようだ。一週間は鮮やかな紅葉が見えるだろう。紅葉に見送られ長尾寺へ・・・・・正午になりお腹の虫が泣き出した。古民家風のセルフうどん店「溜り」で空腹を満たし、幸せな気分になる。長尾寺は、行基がこの地を歩いていると道端に楊柳の霊夢を感じ、その木で聖観音菩薩像を彫造し本尊としました。その後、弘法大師がこの寺を訪れ、入唐が成功するように祈願されました。五重の塔が聳える志度寺の前に「平賀源内の墓」がある。多才な平賀源内は日本のレオナルドダヴィンチと云われている。土用の丑の日にはウナギを食べる話は有名だね。志度寺は藤原不比等が建立し、竜神から宝珠を取り返す「海女の玉取り伝説」をはじめ、屋島で敗れた平家の落人が身を寄せたという説もあります。西の空が茜色の染まる頃、お洒落な喫茶店でコーヒーを楽しみ時間は流れていく・・・
2020.11.13
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緑あふれる佐那河内村は蒼天の空が広がっている。農園主からキウイの収穫時期が来たので「収穫できます」との電話、今日は待ちに待ったキウイの収穫日、心は弾む。園瀬川をさか登り、小さな石橋を渡るとキウイ農園に着く。多くの「キウイの木オーナー」が集まっている。賑やかにキウイ狩りが始まった。子供でもキウイの実は意外なほど簡単にもぎ取れる。参加者は童心に帰り、嬌声をあげ楽しんでいる。昨年、キウイ狩りに訪れた時に農園主が近寄ってきて「H君」と呼ばれた。顔をよく見ると、高校の同級生だった。彼は、都会に就職していたが両親が年老いた為にリタイヤして帰郷。佐那河内村が活性化する為に「キウイの木オーナー」を企画した。「オーナー」響きの良い言葉だ!何となく自尊心をくすぐる。思わず、「キウイの木オーナー」に応募した。キウイの収穫はかご三杯25㎏、市販のキウイより大振りだ。二人ではとても食べれない、孫や親戚にお裾分けするつもりだ。孫たちの喜ぶ姿が目に浮かぶ。彼とは来年の再会を約束し、キウイ農園を後にした。
2020.10.26
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府中湖パーキングエリアは鈍色の空が広がり、この秋一番の寒さだ。熱いコーヒーを飲み、遍路の旅へ・・・今日、初めてのお寺は曼荼羅寺。本尊に大日如来を祀り、唐から持ち帰った金剛界と胎蔵界の曼荼羅を安置しました。讃岐の領主・佐伯家の氏寺として創建されたそうです。出釋迦寺の開基には、弘法大師幼少期の数ある伝説のひとつ「捨身ヶ嶽」縁起があります。弘法大師空海が7歳の時、断崖絶壁から身を投じました。すると、紫色の雲が湧き、釈迦如来と羽衣をまとった天女が舞い降り、雲の中で弘法大師を抱き止めたそうです。甲山寺の境内には金木犀の甘い香りが漂っている。可愛い兎の石像は新型コロナウイルスの厄除けにご利益があるそうです。善通寺に着く頃には青空が広がっていた。善通寺のシンボル五重塔が聳え立ち、金堂は威厳を放っている。善通寺は弘法大師空海の父親佐伯善通から名付けられ、境内には讃岐の豪族佐伯氏の御廟や樹齢千数百年の楠木が有ります。四国八十八ヶ所で一番大きなお寺かな?おどん県に来たのだから、お昼は讃岐うどんだね。近くのセルフうどん店に立ち寄り、讃岐うどんを満喫。空腹を満たし、金倉寺へ・・・・・金倉寺には黄金の大黒様と大判の像がある。黄金の大黒様に金箔を張り付けると金運が付くそうです。道隆寺には弘法大師空海と再会した衛門三郎の銅像があります。四国八十八ヶ所巡礼の始まりは衛門三郎と云われています。弘法大師空海の父親、善通寺に参拝したので母親の菩提寺・海岸寺も参拝することにした。海岸寺は名前の通り、潮の香りがする海沿いにあります。仁王像の代わりに「大関琴ヶ浜と関脇大豪」が山門に祀られています。母親の血筋には学者が多く、弘法大師空海も母親の血を色濃く引いたものと思われます。母親の影響は大きいですね!海岸寺の裏庭には瀬戸内の海が柔らかな日差しに輝いていた・・・
2020.10.19
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新型コロナウイルスの流行も下火になり、三ヶ月ぶりにウォーキングを再開した。仲間たちは吉野川南岸河川敷に集まり、しらさぎ大橋を渡り阿波十朗兵衛屋敷へ・・・心地良い風が頬を撫で、紅い彼岸花の咲く堤防を賑やかにウォーキング。しらさぎ大橋は思っていたよりも、歩道は広く歩き易い。川面はさざ波が立ち、北西の風が唸りを上げ帽子が飛ばされそうになる。河口に建設中の橋が霞んで見え、作業船が浮かんでいた。冬の寒い風の無い朝にはダルマ朝日が見えるそうです。阿波十朗兵衛屋敷とは、人形浄瑠璃の館。 罪状も明らかにされないまま藩の政策上の犠牲となって処刑された庄屋、板東十郎兵衛の名を借りて、お家騒動の物語に仕立てたものと言われています。人形浄瑠璃「傾城阿波の鳴門」は、親子の別れの場面が有名です。阿波十朗兵衛屋敷に着くと、係員が人形浄瑠璃の歴史や文化を解説してくれてその後、寄井座による公演が始まった。「傾城阿波の鳴門」で知られる巡礼おつるが始まると、親子の別れに感情が揺さぶられ、人形が生きているように見える。30分の講演が終わり、大きな拍手が起こった。人形浄瑠璃は阿波の文化として残していきたいものですね。瀟洒な庭園を眺めながら、昼食を頬ばり、賑やかな時間が過ぎる。係員の好意で浄瑠璃人形の飾られている部屋で記念写真を写した。近くの十朗兵衛の菩提寺に参拝し、しらさぎ大橋へ・・・橋の上は北風が強く、蒼天の空を雲が急ぐように流れていく・・・
2020.10.08
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前山公園にに着くと、見慣れた顔が揃っている。爽やかな風が頬を撫で空は鱗雲が浮かび、すっかり秋色だ。今月は「栗コース」だが、栗が不作で栗拾いが出来ないので、担当者が参加者に栗一袋を用意してくれた。参加者に手作りの杖と栗をプレゼント、思わぬ贈り物に参加者は大喜び。笑顔でラジオ体操し、身体をほぐして気延山周辺ハイキングへ・・・曽我神社に参拝して、雑草に覆われた細い山道を黙々と歩く。薄暗い杉林の急な坂道を登り、尾根道に登りきる頃には息が切れ、額に汗が滲む。送電線鉄塔下で休息を取り、乾いた喉を潤す。鉄塔横では萩の花が咲き誇り、風に吹かれ揺れていた。この頃になると参加者は親しくなり、お喋りの花を咲かしている。尾根道の前方が明るく開けると、素晴らしい風景が広がっていた。田園に囲まれた石井町全体が見渡せ、眼下には悠々と吉野川が流れ、遥か遠くに見える阿讃山脈の一番高い山が大麻山だ。小見山峠を越え地蔵峠が近づくと、尾根道に大きなソフトボールぐらいのキノコが姿を現わす。前山林道のバクチノ木を通り過ぎると、バナナの木が聳え立つ。見上げると、たわわに青いバナナの実がなっている。徳島でも立派なバナナが育つことに参加者は驚いていた。徳島も亜熱帯気候になったのかな?
2020.10.03
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高松高速道を降り、15分余り黄金色の稲穂が実る農道を走ると、大興寺に着く。大興寺は山号にちなむ「小松尾寺」という呼称が親しまれ、近傍一帯の集落を小松尾と云われている。周辺には彼岸花が咲き乱れ、本格的な秋の訪れを感じる。境内には立派な三葉の松が植えられて、松の葉を身に付けているとご利益があるそうです。六十八番・神恵院も六十九番観音寺も琴弾公園内の琴弾山の中腹にあります。2つの札所が同じ境内に存在する、とても珍しい霊場です。境内には樹齢数百年の楠木が有り、鐘楼は美しい彫刻で天井にまで覆いつくしている。観音寺に別れを告げ、隣接する道の駅「ことひき公園」で昼食にした。GO・TOイートの為か、食事代が驚くほど安い。思わぬ安さに心は弾み、豊かな気持ちで父母が浜へ・・・・・瀬戸内の穏やかな海沿いを20分余り走ると父母ヶ浜に着く。駐車場は満車状態!砂浜には多くの若者が集まり、写真を写している。父母ヶ浜は日本のウニ湖とも呼ばれ、インスタ映えする砂浜だ。父母ヶ浜は思っていたよりも広く、遠浅で浜とは思えない。広大な干潟が見渡すかぎり、視界を塞ぐ。プロのカメラマンも紅い傘を小道具にして、インスタ映えする写真を写している。刺激され、ボルトのポーズで海原を背景に写真を写した。父母ヶ浜に別れを告げ、本山寺へ・・・・・遠くから五重塔が見える。四国霊場では竹林寺・志度寺・善通寺と、この本山寺の4ヶ所だけという豪壮な五重塔が有ります。境内にはムクゲの花が咲き誇り、夏の終わりを惜しんでいる。時間的に余裕があるので弥谷寺に参拝することにした。弥谷寺は540段の石段を登りきった処に本堂があります。大師堂の奥に獅子が口を開いたかのような岩窟で、弘法大師が学問に励み、帰唐のち寺宝の五鈷鈴を納めれられました。雑木林に覆われた薄暗い参道の中腹に土壁の崩れた廃屋が姿を現わした。俳句茶屋だ!10年前に参拝したときには老婆がお茶のお接待をしてくれた。乾いた喉を熱いお茶が潤す、至福のひと時だ。室内には参拝者や有名人の色紙が無数に飾られていた。ここで参拝者が俳句を詠むのを楽しみにしていた老婆の姿を思い出す。長年風雨に曝された「俳句茶屋」の看板だけが往時を物語る。
2020.09.28
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車は徳島自動車道を走っている。秋空は何処までも高く澄みきり、イワシ雲が流れて行く。井川池田から一般道を走り、日本最古のダム豊稔池ダムへ。国道から谷あいの細い山道を進む。途中、静かな湖面の五郷ダムに立ち寄り休息を取った。ダム周辺には萩の花が咲き誇り、秋の訪れを感じさせる。五郷ダムから10分程走ると豊稔池ダムに着く。連休最終日のせいか、多くの家族連れや若い人が集まり、豊稔池ダム駐車場は満車状態。インスタ映えする日本最古のダムを背景に写真を写している。豊稔池ダムは香川県観音寺市にある、現存する日本最古の石積式マルチプルアーチダムです。レトロな橋を渡ると、花崗岩で石積されたダムが姿を現わす。長い年月の風雨にさらされたダムは、中世ヨーロッパの古城を思わせ、訪れた人々に威容と風格を感じさせる。ダム下の広場では家族連れがお弁当を開き、楽しそうに過ごしている。ここでは、新型コロナウイルスの事も忘れているようだ。ダム横の木漏れ日の落ちる石段を登ると素晴らしい風景が広がっていた。静かな湖面に周囲の山が写り、水鳥がのんびりと浮かんでいる。ここでは、時間がゆっくりと流れているようだ。豊稔池ダムに別れを告げ、雲辺寺へ・・・・・雲辺寺に着くと、駐車場周辺の道路には両側には車が溢れている。たまたま、車の出た跡に駐車できた。ラッキー!鬱蒼とした杉林に覆われた参道を通り、本堂に参拝した。雲辺寺は四国霊場中最高峰に位置することから、別名「四国高野」と呼ばれています。大師堂にも参拝を済ませ、無数の羅漢石像が並ぶ参道を通り山頂へ。五百羅漢は誰かに似た人がいると云われているが、見当たらない。異国風の顔や衣装に違和感を感じる。関係者に聞くと、羅漢石像は中国から輸入されているらしい。スキー場のリフト広場では、多くの若者が列を作っていた。目的は天空のブランコに乗る為だ。丘の上に造られたブランコは乗ると、空を飛んでるように感じる。インスタ映えもするしね。毘沙門天像展望台からは南に四国山地が連なり、剣山が見える。北側には讃岐平野が広がり、遥かに瀬戸大橋を望める。頬に心地良い風を感じながら、時間は流れていく・・・・・
2020.09.22
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前山公園の空は夏雲が浮かび、灼熱の太陽が輝いている。9月になっても猛暑日が続き、秋の気配を感じられない。それでも熱心なリピーターが集まり、気延山周辺ハイキングへ賑やかに出発した。緩やかな前山林道を登り、肌のむき出しのバクチノ木を通り過ぎ、鬱蒼とした杉林の坂道を登り尾根道に着いた。シャツは汗に濡れ、額には玉の汗が吹き出ている。熱中症予防にスポーツドリンクで喉を潤し、木陰で一休み。雑木林に覆われた木漏れ日の落ちる尾根道を東方面へ進む。尾根道は涼しい風が頬を撫で心地よい。毎回参加してくれる顔見知りのリピーターとお喋りの花を咲かせる。話題は新型コロナウイルス、皆さん関心が深いようだ。21番送電線鉄塔下で休息を取り、喉を潤す。其処からは視界が広がり、眼下に吉野川が流れ遠くに阿讃山脈が見える。素晴らしい眺めに参加者はため息をつく。童学寺越え峠の十字路で10名余りのハイカーが道に迷っていた。前山公園に戻りたいがどの道に行ったら良いか、解らない。リーダーと相談して、行動を共にすることにした。雑木林に覆われた気延山中腹を歩いている時にリーダーと親しくなり、世間話をしていると、彼は世界中の山を歩いているそうだ。新型コロナウイルスの為に旅行が行けなくなり、地元の山を軽い気持ちで仲間たちと来たらしい。雑木林の前が明るく広がり、竹林を抜けると地蔵峠に着いた。峠では世話役が冷たい飲み物を用意して、待っていた。冷たいスポーツドリンクが喉を潤すと、生き返る思いがする。至福のひと時だね。
2020.09.05
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連日の猛暑日が続く徳島には新型コロナウイルスが猛威を振るう。毎日、新型コロナウイルスの感染が増え続け四国一になった。その為に色々な催しが中止になり、自宅で過ごす事が多くなった。涼しい自宅で数年前に訪れた上高地を思い出し、ひと時の涼を楽しむ。秋風が吹く頃には新型コロナウイルスが収まり、普通の日常生活が送れる事を願う丸木舟。
2020.08.29
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玄関ドアが開く音がする。明るい燥ぐような声が聞こえ、孫たちが帰ってきたようだ。新型コロナウイルスの為、帰省を悩んでいたが考えた末、お盆の前に休みを取り一家そろって帰ってきた。会社も新型コロナウイルスの感染に敏感で週二日はリモート勤務になり、小さな子供を持つ家庭は大変だろうと思う。子供達も保育園が休みになり、有り余るエネルギーを持て余している。翌日は孫と約束していたアジ釣りに出かけた。朝5時に起き、釣り道具屋で餌を買い求め、コンビニでお弁当、6時には鳴門土佐泊まり漁港に着いた。意気揚々と釣竿を出し、小魚は釣れるが目的のアジは釣れない。1時間余り辛抱したが、鳴門観潮船漁港に移動した。多くの釣り人がいるが、魚は釣れていない。1時間ほど竿を出しアジは釣れなかったが、孫は満足そう。孫は来年も釣りに行きたいと言い、約束をさせられた。次の日はトーマス列車で遊び、午後は風船遊びやプールで水遊び。一日中、孫の遊びに付き合わされる。疲れるね!本当は孫に遊んでもらっているのかもね。シニアが遊んでもらえるのは孫だけかもしれない。感謝しなくてはね。西の空が茜色に染まり、夕闇が迫る頃、花火が始まる。初めての花火に孫は大喜び、嬌声をあげ瞳が輝いている。十二分に楽しみ、疲れ果てて夢の中。一週間の帰省も終わり別れの朝、孫は帰りたくないと言い。ぐずり、両親を困らせる。来年の帰省を約束し、孫は笑顔が溢れた。
2020.08.18
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連日酷暑の続く朝、久しぶりにパソコン同好会に顔を出した。石井町公民館分館は戸は開け放され、窓は全開にされ換気をしている。参加者は全員マスク姿だが、久々の再会に目が微笑んでいる。三か月余り、休会していたが新型コロナウイルスの対策をして再開した。参加者を半数に減らし、参加日数も半数にして三密を避けた為に教室内は寂しくなり、どこか物足りない。今月は自分が担当の月になり、写真編集ソフト・フォトスケープを勉強することにした。未だ、写真編集ソフト・フォトスケープが無い人にはインターネットからソフトをインストールし、準備をした。慣れてない人には早くマスターした人が教えて、和やかな雰囲気だ。コスモス畑に咲く花に止まる蝶々、草むらに潜むバッタ、青空に羽ばたく鷲は合成画像ですよ。ボックスに閉じ込められた火の鳥とバレリーナも幻想的ですね。皆さん写真の編集に面白さを感じているようだ。画像編集に夢中になっていると時間が流れるのが早い。いつの間にか正午になったので、お開きになった。公民館を出ると暑さの為、道路は陽炎のように揺れていた。
2020.08.08
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駐車場には多くの観光バスが停車している。新型コロナウイルスの為、出番が無くなり寂しそう。ガスタンクの阿波踊りの絵姿も元気が無いように見える。夏の阿波踊りが中止になったせいかも知れない。今年の「阿波の文学と歴史セミナー」が中止になり落ち込んでいたが、一ヶ月遅れで開催のハガキが来た。新型コロナウイルスの為、参加人数を三分の一に減らし再開した。くじ運はあまり良くないと思っていたが今回は当り!ラッキーな気分でお花畑踏切を渡り、徳島城博物館へ・・・線路沿いには大きなタチアオイが咲き誇り、周辺には夏の花が咲いている。メタセコイア並木道を通り過ぎると、竜王さんのクスが姿を現わす。野良猫に餌を与えている婦人がいる。猫に餌を与えてはいけない規則だが、気持ちは分かるよなぁ~野良猫の住めない社会なんて、嫌だね!小便小僧の銅像は昔も今も変わらないね。弁天池は昔は蓮池だったらしいが、今はザリガニと亀が住むばかり、子供達のザリガリ釣り場になっている。徳島城博物館に着くと、歴史文化クラブ同級生の顔が見えた。にこやかに手を振り歓迎している。講演会場は新型コロナウイルス予防の為か、閑散としている。昨年は100名余りが今年は35名に限定していた。今年の講演内容は「阿淡夢物語」の背景。徳島藩十代藩主・蜂須賀重善の光と影。秋田の小さな新田藩から阿波藩十代藩主になった重善の物語。阿波藩の繁栄を招いた重善は悲運の英君か、無道の暴君か、謎を解き明かす内容は面白そう。今年一年は楽しめそうだ。初回は蜂須賀重善の略歴や人物像の紹介で講演は終わった。同期生に別れを告げ、薄暗い貝塚周辺の道にさしかかると、多くの白鷺の群れが騒がしい、悪臭が漂い鳥の糞が散策路に落ちている。白鷺は県鳥で保護されているが、悪臭や糞は公害だと思う。何とかならないモノだろうか?広い池の周りに鳩が群れ、バラ園は真っ赤なバラが咲き誇っている。爽やかな風が頬を撫で家路を急ぐ・・・城山北側の薄暗い散策路が明るく広がると、川面が眩しく輝いていた。
2020.07.18
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車は島田島スカイラインを走っている。数台のオートバイが追い越して行く、轟音を響かせ遠ざかって行った。島田島展望台に着くと、十数人のライダーが休憩を取っていた。鈍色の雲が広がる空は、今にも泣きだしそうな空模様だが、空気は澄みきり視界が良い。眼下には釣り筏が無数に浮かび、遠くに鳴門大橋が見え、鳴門大橋の対岸淡路島まで鮮明に確認できる。島田島の古代ハス「大賀ハス」は今が見頃だ。「大賀ハス」に近づくにつれて車が多くなる。蓮沼周辺には多くの車を止めている。仕方なく蓮沼から遠くの広場に駐車した。出迎えてくれたのは、ピンク色の可愛い「古代の大賀ハス」。「大賀ハス」沼では多くの人がハスを愛でている。熱心にアマチュアカメラマンが「大賀ハス」を写していた。ピンク色のハスの中でひと際、鮮やかな赤い花が咲いている。今朝、咲いたハスかも知れない。日毎、ハスの花が薄くピンク色に変わるのだろうか?前回来た時よりも「大賀ハス沼」は広がり、見ごたえがある。あちらこちらでハス沼が増え、白いハスの花が美しい。地元のボランティアがハス沼を増やしているらしい。来年が楽しみだね。「大賀ハス」に別れを告げ、「れんまるカフェ」へ・・・「れんまるカフェ」は鳴門名物レンコン料理のお洒落なカフェだ。新型コロナウイルスの影響も無く、店内は混み合っている。中庭の池にレンコンが植えられている。葉には雨粒が溜り、水晶玉のように光り輝いていた。珍しいレンコン料理、レンコンハンバーグを注文した。レンコンの食感が心地よく、ハンバーグの肉汁が美味しかったよ。食後のコーヒーも浅い焙煎で風味と香りが漂い、満足したよ。帰り道、月見ヶ丘海浜公園に立ち寄ると多くの家族連れで 賑わっていた。遊び場では子供達の嬌声が聞こえ、笑顔が溢れる。孫たちと同年齢の子供達を眺めながら、ウォーキングを楽しんだ。
2020.07.13
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梅雨の晴れ間が広がる朝、紫陽花を愛でに大川原高原へ・・・・・大川原高原へ続く道は綺麗に整備され、快適に車は進む。山々は新緑に覆われ、萌黄色に衣替えをしている。山頂が近づくにつれ、空模様が怪しくなった。駐車場に着くと、多くの若者の歓声が聞こえる。一軒茶屋では、大川原高原で有名なソフトクリームが飛ぶように売れていた。新鮮で美味しいからね。雲の隙間から青空が顔を出し、紫陽花が鮮やかに輝く。ゆっくり回る風車も前回来た時よりも数が増えたように思える。山の斜面に咲く無数の青い紫陽花は風車が似合う。深呼吸をすると、山の香りが鼻を擽り、心が癒される。駐車場から風車に見送られ山頂へ・・・高原一帯に咲く青い紫陽花を愛でながら、大川原牧場の入口へ・・・牧場ではのんびりと牛が牧草を食んでいる。牧場の手前に雑木林に覆われた山頂への登山口がある。雑木林に覆われた登山道は木漏れ日が落ち、雰囲気がある。涼しい風が頬を撫で心地よい。登山道には未だ、紅いミツバツツジの花が咲いていた。野鳥の鳴き声を聞きながらウォーキング。額に汗が滲む頃、展望台に着いた。見晴らしの良い展望台からは霧に煙る風車がゆっくりと回っている。自然林に囲まれた高原での昼食は、なぜか美味しく感じる。展望台傍にはお地蔵さんが祀られている。何か、言われがあるのだろうか。急に風が冷たくなり、雲行きが怪しくなってきた。西の空から霧が流れ、見る見るうちに風車の羽が消えていく。これは、雨になる前兆かも知れない。急いで展望台に別れを告げた。雑木林に覆われた登山道を下り、駐車場に着くと霧に覆われている。霧に包まれた風車に別れを告げた。平地に降りると雨の気配も無いが、大川原高原は雲に覆われている。帰り道、瀟洒な喫茶店でコーヒーの香りを楽しんだ。
2020.07.04
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七夕の季節になった。この頃になると、出会う友達がいる。職場の同僚で退職以来、十数年七夕の頃に親睦を深めている。彼の家に行くと、待ちきれないのか庭に出て待っていた。早速、車に乗り込み鳴門競艇場へ・・・・・鳴門マザーズカヒェでモーニングを楽しみながら話が弾む。再開された競艇場ではコロナ対策の為、手の消毒や検温が行われていた。指定席では、定員を四分の一に減らして十分な空間が確保されている。今節は新人リーグ戦、ファンファーレと共に一レースが始まった。競艇は水上の格闘技と言われ、スピードと迫力が魅力的だ。二十代の若い選手はライバルに負けたくない意識が強く、普段のレース以上に張り切り頑張っている。水面を高速で走るボートの波しぶきや唸りをあげるエンジン音は全てを忘れさせる。夢中になっていると時間の流れるのは早く、いつの間にかレースは最終レースになっていた。本日のレース結果は二人とも惨敗だが気持ちは爽やかだ。競艇場に別れを告げ、活魚料理「あらし」に立ち寄った。新鮮な活魚を食べながら、レースの話や近況の話をしていると、いつの間にか健康の話題になる。彼も昨年、心臓の手術をしている。自分も来月に白内障の手術をする予定だ。来年も七夕の頃に元気に再会できる事を願い、別れを告げた。
2020.06.28
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朝目覚めると、雨の音が聞こえる。「今日も雨か」と思い、気持ちが重くなる。庭先に紫陽花の花が雨に濡れて咲き誇っている。梅雨に紫陽花は似合う。梅雨の晴れ間に咲くタチアオイの花は蒼天の空が似合う。梅雨は花の綺麗な季節だ。艶やかな花菖蒲、可憐なアヤメは心を和ませる。蓮は池から茎が伸びてピンクの大輪を咲かせる。睡蓮は湖面に浮かび、鮮やか赤、紫、白色の花が咲く。モネの青い睡蓮は有名だね。派手なクルマユリ、清楚なホタルブクロ、庶民的な紫露草、くちなしの花は強烈な良い香りが漂う。雨の日に咲く花を観ていると、時間がゆっくりと流れる気がする。梅雨の雨の日も良いかも・・・
2020.06.19
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入梅の頃、サツキの季節が終わる。赤、紫、白色に咲き誇っていた花が艶を失う。その後のサツキの手入れが大変だ。まず、花柄を綺麗に摘み取り、枝の剪定が始まる。剪定の基本は風が枝の間を爽やかに通り抜けるようにと教わった。選定が終われば植え替え。若木は2年に一度、古木は3~4年に一度植え替える。サツキを始めて三十年余りになると、植木が大きくなり、一鉢植え替えるのに1時間ぐらいかかる。真新しい鹿沼土に植え、動かないように大きな石を置く。こうすると、根の活着が良くなるそうだ。 剪定された枝は湿気の多い日が続くと、柔らかな新芽が顔を出しサツキの生命力を感じる。花の咲く時期も良いが、若々しい新芽の頃が好きだ。今年は新型コロナウイルスの為、色々な会が中止になり暇が出来た。その為、毎年遅れていたサツキの手入れが出来て良かったかも知れない。サツキも喜んでいるだろう。
2020.06.12
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前山公園は鈍色の空が広がり、今にも泣きだしそうな空模様。新型コロナウイルスの為、中止されていたハイキングが再開された。ラジオ体操で身体をほぐし、三十数名が前山林道を地蔵峠へ・・・梅雨前線のせいか、湿気が多く緩やかな坂道でも額に汗が滲む。久しぶりのハイキングに皆さん心が弾んでいるようだ。地蔵峠に着く頃には下着も汗で濡れて、気持ちが悪い。地蔵峠は樹々が伐採され、見晴らしが良く眼下に鮎喰川が流れ、入田方面が見え、遠くに剣山山脈が霞んでいる。熱中症予防に水分を補給して一休み。この頃になると、参加者は親しくなりお喋りの花が咲く。話題は新型コロナウイルスの為に自粛生活やアベノマスク。元気を取り戻し、尾根道を気延山山頂へ・・・・・地蔵峠から東へ尾根道を進むと、猪のハミ跡がある。尾根道に長さ10センチ以上の山ミミズが蠢いている。これは猪の大好物、夜間に猪が探しているのかも知れませんね。熱中症予防の為、赤い送電線下で休憩を取り、水分を補給する。今日は雑木林に覆われた尾根道は風も無く、湿気が多い。陽射しの無いのが救いだが・・・・農大、気延山山頂の看板を過ぎると、山頂は近い。歩き始めて二時間ほどで気延山山頂に着いた。気延山山頂は綺麗に草が刈られている。見違えるようだ!気延山を守っているボランティアが頑張っているようだ。ご苦労様です。見晴らしの良い送電線鉄塔下で写真を写し、参加者は親しくなり世間話で時間は流れていく・・・・・気延山山頂に別れを告げ、帰路に・・・帰路はウォーキングに慣れたのか、皆さん足取りが早い。農大、山頂、前山公園の看板を通り過ぎ、雑木林に覆われた尾根道を地蔵峠を目指す。地蔵峠では世話人が冷たい飲み物を用意して、待っていてくれました。渇いた喉に冷たい液体が流れ、身体は元気を取り戻し、口は雄弁になる。和やかな地蔵峠には、青い紫陽花が咲いていた。
2020.06.07
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梅雨曇りの朝、三ヵ月ぶりのウォーキングを再開した。コロナウイルスの為、自粛生活が続いている仲間たちは喜び、19名が参加して「ひょうたん島クルーズ」ウォーキングに出発した。城山東駐車から助任川、川沿いの水管橋を渡り対岸へ・・・助任川両岸は驚くほど綺麗になり、川は透明度が高く小魚が泳いでいる。お花畑踏切を渡り、郷土文化会館西隣にバルトの学園で有名な「松江豊久」が住んでいた官舎跡がある。ここから、単身赴任で鳴門俘虜収容所へ通っていたらしい。戊辰戦争で敗者側になった思いが、会津の武士らしく「武士の情け」を重んじていたらしい。あいせん橋を渡り新町川南岸遊歩道へ・・・新町川南岸遊歩道をお喋りの花を咲かせながら歩くと、川岸に三羽の鴨が群がっている。一羽のメスを二羽の雄が争っているようだ。結果は最終的にメスが気に入った雄を選び、振られた雄はどこかへ飛び去って行った。両国橋下のひょうたん島クルーズ船乗り場では、予約していた二隻の観光船が待っていました。クルーズ船も数か月の自粛で再開後、初めての乗客に船長は喜んでいました。穏やかな川面を滑るように高速で走る舟に仲間は嬌声をあげ、対岸で手を振る子供たちに手を振り返し、大喜び。川から眺める風景は知らない街に来たような感じがする。クルーズが終わり、水際公園でのんびりと昼食を楽しみ、世間話で時間は流れていく・・・・・徳島中央公園の貝塚を過ぎると、鳥の鳴き声が騒がしい。城山の中腹に多くの白鷺が巣を作り、周辺に悪臭が漂う。何とか成らないモノだろうか?前方が開けると広い池が広がっている。池には水草が広がり、子供たちがザリガリ釣りに興じていた。バラ庭園には甘い香りが漂い、満開に咲き誇ってる。盛んにバラの花を写していた人もいたよ。満開のバラに囲まれて全員で写真を写し、笑顔が溢れた。
2020.06.01
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梅雨の足音が聞こえる頃、遍路の旅へ・・・太龍寺ロープウェイ駅は五月の蒼天の空が広がっている。再会されたばかりのロープウェイは乗客が少なく、室内の天井や床は解放され、爽やかな風が通り抜けている。静かに上昇すると、「わしの里」が見る見るうちに遠ざかっていく。約15分ほどで山頂駅に着くと、緑の風が頬を撫でる。太龍寺の歴史・由来は「西の高野」とも称され、四国山脈の東南端、標高618メートルの太龍寺山の山頂近くにある。樹齢数百年余の老杉の並木が天空にそびえ、境内には古刹の霊気が漂う。本堂に続く長い石段の両脇には樹齢数百年の杉が聳え立っている。息が弾む頃、本堂が姿を現わす。本尊は虚空蔵菩薩、弘法大師が虚空蔵求聞持法を修行した所として、大師の「三教指帰(さんごうしいき)」にも残されており、大師とゆかりの深い霊場でもあります。「三教指帰」は、儒教、道教、仏教の考え方の比較を擬人化して、お芝居の問答にした読み物です。本堂で参拝を済ませ、大師堂で不思議な事に気が付いた。弘法大師空海の御廟は高野山奥の院にあるのだが、四国八十八ヶ所で唯一太龍寺に弘法大師空海の御廟がある。通りかかった僧侶に尋ねてみると、空海が若い頃、舎心ヵ嶽で修行して虚空蔵求聞持法を難行した為に、太龍寺は西の高野山と呼ばれているからです。僧侶が生活する本坊廊下天井には竹村松嶺による「龍」が描かれている。迫力のある龍の目が睨んでいるように思える。ロープウェイ山頂駅からは空海の道が続いている。杉林の舗装されていない山道を15分ほど登ると、南捨心ヶ嶽に着く。崖の上に空海の銅像が今でも修行している姿が現われる。空海が大学を去り、遣唐使になるまでの謎の10年間は四国を旅し、修行していたのだろうか?太龍寺に別れを告げ、平等寺へ・・・・・ 平等寺に着くと、出向かれてくれたのは仁王様。古い山門には、あ・うんの恐ろしい形相の仁王様が大きなマスクをしている。平等寺の本尊は薬師如来です。白水の井戸 は 弘法の霊水とも開運鏡の井戸とも呼ばれ、この水は万病に効くとの言い伝えがある。新型コロナウイルスにもご利益があるかもしれませんね。
2020.05.28
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高越山登山道は新緑の若葉が鮮やかに目に映る。テレビで放映された船窪つつじの美しさに誘われ、昼食を早めに済ませて高越山へ向かった。杉林に覆われた狭い山道は薄暗く、見通しが悪い。午前中に「船窪つつじ公園」で花見を済ませ、帰途に着く対向車の多いのに驚く。対向車に注意深く「船窪ツツジ公園」へ・・・・広々とした駐車場にはまだ多くの車が駐車している。午前中は多くの人で混雑していたのだろう。標高1000m余りの船窪高原は平地より気温が低く、乾いた爽やかな風が頬を撫で、新緑の香りがする。船窪高原の看板を過ぎると、鮮やかな赤いオンツツジ群落が姿を現わす。天然記念物のオンツツジ群落は毎年、綺麗に整備されている。地元の70名ほどのボランティアが頑張っているらしい。おかげで美しいツツジが楽しめる。ご苦労様です。柵に沿ってオンツツジ群落を周回していると、家族連れや多くのシニア二人連れに出会う。この人たちもテレビのニュースを見て訪れたのだろう。どこかで野鳥の鳴き声が聞こえる。カッコウ・カッコウと鳴いている。カッコウだ!残念ながら鳥の姿が見えない。高越山には珍しい鳥、カッコウが繁殖しているのだろうか?早咲きのオンツツジの下では、花びらが真っ赤な絨毯のように見える。その風景を写しにカメラマンが来ていた。カメラマンが佇んでいる所はビュー・ポイントだね。駐車場の展望台からはオンツツジ群落の全景が見渡せ、感動する。展望台、西方には高越山が見えた。山頂の弘法大師銅像も真っ赤なオンツツジを見ているような気がする。
2020.05.22
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文化の森公園は初夏の空が広がり、陽射しが眩しい。緊急事態制限が解除され、待ち望んでいた図書館が再開された。閉館の為、返却の遅れていた本を手に図書館へ・・・・・館内は学校休校の為か、多くの子供連れが訪れていた。このような時期に本に親しむ習慣を身に付けるのも良いのかも。久しぶりの図書館は新鮮な気がする。自宅で過ごす時間が長いので普段より多めに本を借り、図書館を後にした。爽やかな風に誘われて文化の森公園を散策することにした。散策路には多くのシニアや家族連れが賑やかに歩いている。普段より人出が多いように思える。若葉が芽吹き、新緑が美しい散策路からは園瀬川が見える。どこかで野鳥の鳴き声が聞こえ、心が和む。西広場では子供たちがボール遊びに夢中になり、嬌声を上げていた。その側でママ友がお喋りの花を咲かせている。階段を降りると王子神社「猫神さん」が姿を現わす。境内にはコロナ騒動をよそに二匹の猫がのんびりと遊んでいた。
2020.05.16
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初夏のような暖かい午後、気分転換に外出した。新型コロナウイルスの為、色々な催しが自粛になり行先が90%無くなり自宅に籠っている。家でのパソコンや読書も一日中は続かない。人との接触の無い、史跡公園へウォーキングに行った。史跡公園は蒼天の空が広がり、爽やかな風が流れる。公園には多くの家族連れが集まり、楽しそうに遊んでいる。子供達の嬌声が聞こえ、芝生でバトミントンをしていた。テントを張り、バーベキューを楽しんでいるグループもいる。その側を通り過ぎ、気延山へ・・・・・長い階段を登り、花しょうぶや野生の藤、紫色の桐が咲く散策路を歩く。藤も桐も同じような紫色の花が咲くが、藤は垂れ下がり、桐は青空に聳え立っているように咲く。東の見晴らし台に着くと、可憐なアヤメや花しょうぶが咲き誇り、甘い香りを漂わせている。眼下には史跡公園が広がり、遠くに清流鮎喰川が流れている。そこからは、雑木林に覆われた登山道が気延山山頂に続いている。送電線鉄塔の下を通り過ぎ、雑木の繁る登山道を登る。木漏れ日の落ちる道は歩きやすく、爽やかな風が頬を撫でる。額に汗が滲む頃、多くの椅子が置かれいる五差路に着いた。其処で一休みをして、喉を潤し、気延山山頂へ・・・・標高212mの山頂には「卑弥呼、空海、義経足あと無きか気延山」と、歌碑が建てられていた。誰が建てたのだろうか?ロマンがあるね。気延山古墳群の中心地に八倉比売神社が姿を現わす。正式名称は、天石門別八倉比売神社。祭神は大日霊命(おおひるめのみこと)、即ち天照大神である。神社裏には五角形の陵墓があり不思議を誘う・・・俗説には卑弥呼の墓だと云われているが?神社の急な階段を降り山麓に着くと、三角縁神獣鏡が出土した「宮谷古墳」では多くの子供たちが嬌声を上げ古墳の山頂から芝滑りを楽しんでいた・・・・・
2020.05.03
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