駅から歩いて3分のところに住んでます。

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February 25, 2007
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カテゴリ: 日記(雑感)
私の仕事は以前にも書いたと思うけど、名詞には管理部と書いてある。

某○スクルにお茶やトイレットペーパーを注文したかと思えば、会計ソフトで伝票を入力し、社員の給料や社会保険の手続きもしーの、合間にお客さんのお茶も出しーの、ペットボトルつぶしたりゴミ集めしーの、銀行や保険屋さんと交渉しーの、税務署や社会保険事務所にいきーの、社長のスケジュール調整しーのと会社が家だとしたらその家の主婦のようなものである。
しかもお父さんの立場の社長も女というのだからとおおっても特殊な会社である。
その合間に占いテキストの構成や、メニュー、プロモーション考えーの嫁ぎーの(実はこれがいいたいがための前振り)
さて、そんな管理部での肩書きはヒラなのだ(笑)管理部長というのはちゃんといて私の2つ上の人なのだが、この人が大阪出身(同じ学区)なので、同郷でしかもご近所である。年も2つしか違わないので話が合う。なので管理部の日常会話は大阪弁なのである。
その二人で話していると時々冗談かまして「しばくぞ!はげ!」というのが出てきたりする。
今朝サンジャポを見てたら亀田大毅もサンジャポ記者に向かってこう言ってた。
あら、もう最近の子は「はげ!」なんていわないのかと思ってたら言うのね。


方言というか言葉というのは自分のアイデンティティそのもので、地方に出てきて自分の土地の言葉を否定されたり、話せない状況というのはものすごいストレスなのだということを地元を離れて20年以上になる私にとってはすごく身につまされる。面白いもので地方から他の地方に移るとき言葉もリセットされる。富山弁も岩手弁も大体の意味と会話はできるまでにはなっているが、この独特のナマリをリセットして戻すのにはしぜんと大阪弁に戻ってからまたその地方の言葉に合わせるようになっていくのだ。
岩手まではストレスはたまらなかった。なぜなら同郷の配偶者と一緒だったからで、家に帰ればそこには大阪があった。
今年で7年になるが東京に来た最初のあたりが一番つらかったのは関西弁を話す人が身の周りにいなかったこと。だからこそ、関西の友達との交流が多くなったのだと思う。何度となく大阪で友人たちと地元の言葉で話すことでリラックスし、癒されてきた。
三年目に管理部長として入ってきてくれた上司との出会いは私に常に大阪弁でしゃべる機会を与えてくれたし、そのことでのストレスの緩和がなされている。

そう思うと、うちの母親というのはずいぶん苦労したんだろうなと思ってしまう。
言葉って大事だなってつくづく思う、亀田君の「はげ」発言でした。





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Last updated  February 25, 2007 08:22:21 PM
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どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
腰痛アドバイザー@ 腰が痛いのは、辛いですね。 腰が痛いのは辛いものです。 私も14…
腰痛アドバイザー@ 腰が痛いのは、辛いですね。 腰が痛いのは辛いものです。 私も14…
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