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こんばんは 久しぶりの日記更新並び仕事ネタと言うことでちょこっと気分入れ替えていこうかと思っています。今週の施設の様子おかしいS君のパニックから始まった今週。。。毎日誰かがパニックを起こしている状況・・・新しく来たO君が引き金でありますwO君は知的障害者なんだけど 今いる利用者の中で一番軽度障害なもんで、普通に話します。内職をさせても一通りこなすしそこで問題がでましたwOくんも Sくんも 同じ名前wwwああー 神様 そんな酷なこと要りませんw「××君」と呼ぶと二人ともこっちを見るw問題は解決したのだが。。。S君は俺を気に入っているようでwO君に俺を取られたと勘違いお起こしてパニックを起こす、、、はぁー 俺って男受けする顔なのかしら・・・・wとにかく 毎日誰かが問題を起こし パニックを起こし今までそんな週間がなかったため 疲労困憊wつうか 精神的に疲れておるしだいです。明日行けば休みになるので何とか乗り切りたいのですが。。。相方さんが 研修行ってるもんで 私一人でみることになりそう。。。なんとも乗り切れるか不安でございますが自分のやりたい仕事だし 生きがいに思ってる仕事ですからここでしか弱音吐きませんwwwwwwww今日帰るときも相方さんがいなかったため ちょっぴり。。。 いや めっちゃ寂しかったwwwまぁー 独り言ですからw毎日更新は難しいけど なるべくしていこうと思います。あと 読んでくれてるそこのあなた 掲示板に足跡つけてもらえますと私 すごく嬉しいですwさみしいもんで・;・・w
2005年02月24日
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今日 親父が息を引き取った・・・生きているときは「クソ親父」とばかり言っていた。今の自分が恥ずかしい親父は、生きようと努力をしたのに。親父の病気は胆嚢癌だった。自覚症状がほとんどなく、癌を見つけたときにはもう手遅れだった。癌と告知された親父は、「この病気に勝って家に帰るぞ」と病気に勝つことを俺たち家族に言った。親父のその気持ちを信じて親父の身の回りの世話をした。家の事も兄弟でやった。治療の手立てとして 抗癌剤治療しか出来ないとの医者の言葉があったけど親父は「頑張る」の一言言った。抗癌剤治療は俺たちの想像をはるかに越えるほどの親父の体力を奪った。3回の抗癌剤治療を予定していたのだが、親父が受けれたのは2回までだった。3回目を受ける時、もう抗癌剤に耐えることのできる体力は残っていなかった。医者は治療のほどこしがないと、家族に話した。親父にそんなこといえるわけもなく「もっと元気になってから抗癌剤治療しような」家族の精一杯の言葉だった。それでも親父は病気に勝とうと精一杯だった。それから2週間が過ぎた。親父の様態が急変した。危篤状態に入った。家族が集められ、医者から「もう先は長くないです」一番聞きたくない言葉だった。まだ50になっていない親父なぜ親父にそんな過酷な運命を神様は平気でしてしまうのか、神様という存在を消したくなった存在だった。親父に「頑張るんだ もう少しで病気に勝てるんだ」嘘を言って励ました。でも、その時には親父は分かっていたのかもしれない。自分が生命の最後の時期にさしかかっていることを。意識のあるうちに 親父にお別れをした。「俺に任せろ 家族は俺が守る 親父のしたい事俺がしてやる」「いままでありがとう、ゆっくりやすんでくれな」親父は力強くうなずいた。俺の一言を聞いて安心したのか静かに寝るように息を引き取った。何をしたらいいかわからないけど 俺は 泣いた人の目をはばからず 泣いた俺ってこんなに弱いもんなんだそう思った家族を守ると言っておきながら泣いてしまうとは俺は 弱い
2005年02月09日
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