放浪の達人ブログ

無上道



俺の母方の家系は代々書道家である。
というものの俺自身は一度も習字を習ったことがない。
どうも正座して真っ白な半紙と向き合ってお手本を真似するのが嫌いなのだ。
母は書道塾を経営していたが「ココは止める、ココはもっと長く」などと
お手本通りになるよう注意していたのが俺には合わなかった。
もちろんそれこそが習字塾の教育というのは間違いないのだが、
全くお手本がなく「自由に夢という字を書きなさい」という指導ならば
俺も喜んで絵だか書だか分からんような文字を書きなぐっただろう。

叔母もまあまあ有名な日展作家である。
彼女の書はどこにも属さないような自由奔放な筆遣いで躍動感がある。
聞いたところによると叔母は真っ白な半紙に向き合う際は
夜中に仏壇に手を合わせてお祈りして心を鎮めてから作品制作をするという。
県内の色々な施設や病院に飾られている作品もあるらしいが
その中で俺が猛烈に気に入った「無上道」という作品があった。
家族に頼んで「失敗作でも複製でもいいから貰って欲しい」とお願いしたら
なんと展示されていた本物をくるくると丸めて俺にくれたのだった。

これは家宝として額縁に入れて玄関に飾らねば、と
岡崎市内の画材屋さん【彩雲堂】に行った。
ここの2階は額縁工房になっているのだ。
「75cmx75cm、これは特注サイズの額縁になります」
特注か、きっとかなり高くなるんだろうなあ。
でも叔母の作品なのだ、金額に糸目はつけないのである。
だけど出来れば30万円、いや20万円で済むといいなあ...。

書に合う色の額縁を探す。あまりゴテゴテした装飾も書に合わないし。
アルミ製だが焦げ茶色をザラザラに加工してあって
内側に細く金色を施してある額縁に決定。この金色が書を引き立ててくれるだろう。
決めてから最後に納期と金額を聞いたら税込3万円弱ということだった。

我が家の玄関の床には30年近く前にカトマンズで買ったチベッタン・カーペット
(チベットの伝統的な龍などのモチーフで完成までに半年以上かかるらしい)
玄関正面にはBALI島ウブドゥで買ったバリスタイルの絵が掛けてあったり
フローレス島のイカットをタペストリーにして飾ってあるが、
それらの配置を変えてその無上道の書を玄関正面にド~ンと飾った。

それだけでなんか家自体が引き締まったというか有名作家の家になった気分である。
毎月締め切り間近になるとリバ編集部のエッセイ担当者が原稿を貰いにやって来て
俺は焦げ茶色の和服を着て黒縁の眼鏡をかけ「ささ、あがって。どうぞ奥へ」と言い
担当者はモフモフのスリッパを履いて「先生、原稿が書けるまで私は帰りません」などと
和室の書斎へと歩いて行くような情景が似合いそうな玄関になったのであった。

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