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カテゴリ: 信じること
結跏趺坐ってなんでしょう。

よみかたは「けっかふざ」。

一言で言うと、座っている仏像が組んでいる足の形です。

仏像で正座しているのはあまり無いですよね。

インドでは、この結跏趺坐を如来座(にょらいざ)とか、

仏座(仏座)ともいいます。

もう一つ、左右のうちの一足を反対側のももの上にのせるのを

半跏座(はんかざ)といいます。

結跏趺坐に二種類あります。



これが、降魔座(ごうまざ・魔をやっつける)といい、

逆に、左足を右ももの上にのせて、右足を左もものうえに

のせるのを、吉祥座(きっしょうざ・よいことがある)

といいます。密教では、この吉祥座を蓮華座、

半跏座を吉祥座ということがあります。

『普坐儀聞解』という書物には、

「結跏(結跏趺坐)は定まりて如来の坐、

半跏(半跏坐)は定まりて菩薩の坐なり」


とあります。これによると、如来(悟りを得てそれぞれ浄土を持つ仏)

は、結跏趺坐、菩薩(仏になる修行中の者・またはさとりを得たが

この世の人々を救うためにこの世に残っておられる仏)は半跏座を

して座っているとしています。

密教に伝わる仏は全て結跏趺坐であるとされていますが、



両足をどちらも組み合わせるのは、仏と我々が一体であることを

示すためだと説かれています。


ちなみに正座は、もともとの日本の礼法ではなく、

江戸時代頃から、畳や茶の湯の普及によって、用いられるように

なったようです。それまでは、本当にかしこまった時に




いずれにせよ、どの座り方も慣れないとすぐにしびれるし、

座りかたが悪いと不安定で、集中できないので、

座る練習も必要なようです。

ちなみに結跏趺坐・半跏座をするときに、

座布団を半分にしてお尻の下に敷くと背筋が伸びて

多少は楽になりますよ。









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最終更新日  2007/07/03 11:37:43 AM
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