知的漫遊紀行

知的漫遊紀行

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

Ryu-chan6708

Ryu-chan6708

Calendar

Favorite Blog

まだ登録されていません

Freepage List

2006.08.11
XML
カテゴリ: 読書感想
:昨日発売の「文藝春秋」と「中央公論」9月号で敗戦特集をしているのでざっと読んだよ。
 興味があったのは、昭和天皇メモよりも、 昨日の日記 のように 日本陸軍の負け方 だ。
 その点、「文藝春秋」は「 昭和の戦争 7つの真実 」という保坂正康連続対談が特集され、「中央公論」は あの戦争』とリーダーの責任」 の特集があった。

A氏 :俺も読んだが、この戦争はどうやら負けそうだからそれに対応しようと指導層レベルで考えたのは 近衛文麿 らしい。


:それから、8月に至る指導層の迷いは、長谷川毅氏の「 暗闘 」に詳しい。俺も後で読むことにしたよ。
 俺が、むしろ、知的に知りたいと思ったのは、 8月15日に負けた以後にとった軍人、特に上層部の態度だね。いわゆる「負け方の品格」だ

A氏 :これはずばり文藝春秋の保坂氏が作家の角田房子氏と「 帝国陸軍軍人の品格を問う 」があるね。

:この中では、敗戦とともに、腹を切った 阿南陸軍大臣 の話も出る。
 この自殺で降伏反対の一部の国内勢力の台頭が抑えられたらしい。

A氏 :作家の角田氏が興味がそそられたのは、戦後の 今村大将 の生き方だという。

私: 敗戦時、捕虜になって巣鴨プリズンに収容されるが、部下たちが劣悪な待遇におかれているのを知って部下のいるマヌス島の収容所に志願して戻る。

A氏 日本には、まだ、真の武士道が生きている 」と声明を出しているという。

私: 刑期を終えても自宅の庭に三畳一間の小屋を作らせて、昭和43年に亡くなるまでそこに蟄居されたという。
 そして、部下の慰霊に回り、生きて残った部下の相談に乗る。

A氏 :同じ対談特集で、「 一兵士が見た日中戦争の現場 」というところで作家の伊藤圭一氏との対談があるが、上司の悪い中隊長の話が出る。

 伊藤氏が「あいつに会わせろ。会って対決してやる。」と言ったそうだね。「もう戦争は終わったんだから」と説得されて諦めたという。
 無責任な中隊長だね。部下の慰霊に回ったのかね。これが戦後の無責任につながるのだろう。

:陸軍の幹部は多くは、戦争中、女を連れて移動していた話が多いね。
 有名な映画俳優で「鞍馬天狗」で有名な 嵐寛十郎 が、慰問で中国戦線を回ったが、軍の幹部が女を連れており、昼からセックスをしていたと戦後、言っているね。
品格ゼロ だね。
 そういう幹部に負けたときの品格を問題にするのはムリかね。
 伊藤氏は、敗戦のとき、連隊長が「 申し訳ない、戦争に負けたのは俺にも責任がある 」と言ってくれたら少しは納得したとあるね。
 しかし、それはなかった。

A氏 :第一線の責任者は、中隊長だが、個人差があったらしいね。

:伊藤氏は、中国での兵士としての生活が長かったけれど、「 靖国で会おう 」みたいなことは兵士の間では口に出していったことはなかったそうだね。
 しかし、戦友の会では、靖国をお参りする。
 やはり、戦後、適切な慰霊施設がこれしかなかったのだろうね。

A氏 東条大将 は9月10日にアメリカ兵に逮捕されるが、8月15日から約一ヶ月間、何を考え、行動していたのだろかね。
 毎日、靖国神社に行っていたのかね。

:ウィキペディアに 作家山田風太郎 のこれに関する痛烈な批判文が載っている。
「『生きて虜囚の辱しめを受けることなかれ』と戦陣訓を出したのは誰であったか。今、彼らはただ黙して死ねばいいのだ。」 

「なぜ東条大将は、阿南陸相のごとくいさぎよくあの夜に死ななかったのか。なぜ東条大将は阿南陸相のごとく日本刀を用いなかったのか。逮捕状が出ることは明々白々なのに、今までみれんげに生きていて、外国人のようにピストルを使って、そして死に損っている。日本人は苦い笑いを浮かべずにはいられない」

 「 国家の品格 」はここで崩壊したね。せめて「 やせ我慢 」をして、今村大将のように、マッカーサーから「武士道精神は健在だ」と言わせてほしかった。

A氏 :それにしても、文藝春秋では毎号、トップのエッセイ集で作家の阿川弘之氏のエッセイがあるが、今月は「 母の名をつけた原爆機 」というものだ。
 ここで「 暗闘 」の本の中で、トルーマン大統領が広島原爆の成功のニュースを知ったとき「最初の反応はほとばしるような歓喜であった」とあるという。
 阿川氏は広島生まれの広島育ちだ。多くの知人を原子爆弾でなくしている。

:そのアメリカが東京裁判で虐殺の罪を裁いた。

A氏 :文藝春秋の保坂氏の牛村氏との「 東京裁判とは何か 」という対談の最後で、 東京裁判中に連合国が再びアジアの植民地支配に乗り出していたことを指摘しているね。

私: だから、日本は、武士道で、東京裁判でその矛盾を見返すべきだったが、日本はそれを指摘し、その矛盾を主張したことはなかった。残念だね。

暗闘





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.08.11 08:34:43 コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: