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18日昼
、東海地方に住む K君
から電話があり、 OH氏が死去
したとのこと。
享年70歳
とまだ若い。
19日夜はお通夜
で、 20日午前に告別式
だという。
20日
は、すでに私は予定が変えられない用事があるので、 お通夜だけ出席することにした。
18日
に東海地方にあるその都市近くのビジネスホテルに 19日宿泊予約
を急遽、入れた。
19日夕方
、 新幹線で東海地方のその駅に着く。
K君
が車で迎えに来て、 市内にあるOH氏宅
まで、送ってくれた。
玄関をあがった畳の部屋に、 お棺の中にOH氏が目を瞑って穏やかな顔
で横たわっていた。
お焼香をして、香典をおいて手を合わせた。
奥さんと1、2分会話して、退出した。
これで OH氏とは永久の別れ
となった。
年賀状ももう来ない。
東海地方の一流企業
にいた OH氏
は二十数年前に、 ある改善のプロジェクトリーダー
となった。
私は 外部の人間
としてその手伝いをすることになった。
これが私とOH氏の出会いであった。
OH氏
は長身で痩せ型で、顔は丸顔で、ちょっと、 NHKの 山川静夫
アナウンサー
に似ていた。
温和であったが、仕事はテキパキとこなし、 有能
であった。
3年ほどで プロジェクトは成功裡に終わり、OH氏と私の仕事の縁は切れた。
ところが、 そのプロジェクトメンバーで私より2回りも若いK君とS君
とは、気があってその後、 プライベートで付き合うようになった。
私が、関西に仕事で出張するときに、 途中でその東海地方の都市にドロップイン
して泊まり、夜、食ったり、飲んだり、カラオケに行ったりした。
そのたびに、都合がつくと OH氏も顔を出した。
こうして、 プライベート
のつき合いが、長い間続いてきた。
そのうちに、 OH氏は定年
になった。
能力
があったので、どころかに再就職すると思われていたが、本人は断り、 悠々自適の人生を選んだ。
ところが、 4、5年前から、OH氏は健康状態がよくなく
、われわれの集まりに参加できないで残念がっていた。
OH氏
は、 糖尿病の持病
をもっていたことをそのとき私は知った。
痩せ型で肥満タイプでなかったので意外だった。
最後、家で透析をしていたが、遂に、 内臓出血
が致命傷となったとのこと。
これで、また、敗戦後、 アメリカの技術に追いつき、追い越した世代の戦友 を一人なくした。
心からご冥福を祈る。