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PHP文庫 た3-3【2500円以上送料無料】日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折/田原総一朗
私 :松井氏は 陸大トップ で卒業したが、トップ卒業者は欧米駐在官となるのを 自ら進んで北京駐在官を志望 。 中国人を愛し、中国とのかかわり、中国との信頼を深めることが日本の役割 と思っていて、 彼の構想 は 蒋介石が中国を統一 し、そのときは日本は 満蒙の権益 を得るというものだった。
A氏 :この 日本と蒋介石の信頼関係 が崩れなかったら、 日中戦争 は起きず、 南京事件 も起きず、ひいては、 日本の無残な敗戦 もなかったろうね。
何が狂ったのかね。
私 : 1928 年 に関東軍の 河本大佐 の仕掛けた 張作霖獏殺事件 、 1931 年 の 柳条湖の満鉄線路爆発事件 起き、 満州事変 の発端になり、これで 蒋介石の反日姿勢 が強まった。
「 松井構想
」 が音を立てて崩れ落ち
、日本は敗戦の道に進むことになるね。
失意の彼は 1936
年
、退役し、中国を歩き、人脈を作る。
1937 年 、 盧溝橋事件 が起き 日中戦争が本格化 し、 西安事件 で 国共合作 となった反日軍 と対峙することになる。
日本軍 が「 対中戦拡大 」を決めたのは 中国軍の戦力の過小評価が原因 だという。
しかし、中国軍の後ろには 米英露 がいたのを軽視した。
1937 年 59 歳 の松井氏は急遽、 上海派遣軍の長 に任命され、心ならずも 蒋介石の南京の占領 を目指す。彼はそれによって、 蒋介石と和平を結ぶ つもりだった。
さらに 松井 は上海派遣軍兼任で 中支那方面軍司令官 になる。運命の赴任だね。
A氏 :ところで、南京を死守すると言っていた 蒋介石と軍司令官 は直前で 部下を捨てて南京を脱出 してしまうね。
情報戦略に弱い日本側は知らなかった。
私 :だから、 南京の中国軍 は蒋介石も指令官もいないので 大混乱 となる。
逃げる中国の兵隊、軍服を脱ぎ捨て、平民の服に着替える兵隊。
南京城には脱ぎ捨てられた中国軍服が散乱したという。
だから正式な降伏、「 戦い止め 」の号令のないままに、 日本軍は大混乱の南京にどっと 攻め込んだ。
不幸にも 異常な戦争事態(殺し合い) が準備されたことになるね。
明日は、南京事件とそれに対する 松井大将の悲哀 にふれよう。