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2014.02.28
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PHP文庫 た3-3【2500円以上送料無料】日本近現代史の「裏の主役」たち 北一輝、大川周明、頭山満、松井石根……「アジア主義者」の夢と挫折/田原総一朗

:松井氏は 陸大トップ で卒業したが、トップ卒業者は欧米駐在官となるのを 自ら進んで北京駐在官を志望 中国人を愛し、中国とのかかわり、中国との信頼を深めることが日本の役割 と思っていて、 彼の構想 蒋介石が中国を統一 し、そのときは日本は 満蒙の権益 を得るというものだった。

A氏 :この 日本と蒋介石の信頼関係 が崩れなかったら、 日中戦争 は起きず、 南京事件 も起きず、ひいては、 日本の無残な敗戦 もなかったろうね。

 何が狂ったのかね。

1928 に関東軍の 河本大佐 の仕掛けた 張作霖獏殺事件 1931 柳条湖の満鉄線路爆発事件 起き、 満州事変 の発端になり、これで 蒋介石の反日姿勢 が強まった。

松井構想 が音を立てて崩れ落ち 、日本は敗戦の道に進むことになるね。
 失意の彼は 1936
、退役し、中国を歩き、人脈を作る。

1937 盧溝橋事件 が起き 日中戦争が本格化 し、 西安事件 国共合作 となった反日軍 と対峙することになる。

日本軍 が「 対中戦拡大 」を決めたのは 中国軍の戦力の過小評価が原因 だという。

 しかし、中国軍の後ろには 米英露 がいたのを軽視した。

1937 59 の松井氏は急遽、 上海派遣軍の長 に任命され、心ならずも 蒋介石の南京の占領 を目指す。彼はそれによって、 蒋介石と和平を結ぶ つもりだった。

 さらに 松井 は上海派遣軍兼任で 中支那方面軍司令官 になる。運命の赴任だね。

A氏 :ところで、南京を死守すると言っていた 蒋介石と軍司令官 は直前で 部下を捨てて南京を脱出 してしまうね。

 情報戦略に弱い日本側は知らなかった。

:だから、 南京の中国軍 は蒋介石も指令官もいないので 大混乱 となる。

 逃げる中国の兵隊、軍服を脱ぎ捨て、平民の服に着替える兵隊。

 南京城には脱ぎ捨てられた中国軍服が散乱したという。

 だから正式な降伏、「 戦い止め 」の号令のないままに、 日本軍は大混乱の南京にどっと 攻め込んだ。

 不幸にも 異常な戦争事態(殺し合い) が準備されたことになるね。

 明日は、南京事件とそれに対する 松井大将の悲哀 にふれよう。






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Last updated  2014.02.28 19:03:57コメント(0) | コメントを書く


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