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私 : 縄文時代 は 草創期 、 早期 、 前期 、 中期 、 後期 、 晩期 に分けられるという。このうち文化的なピークは 火炎土器 を生んだ 中期 で、そのあとの 後期 (約 4500 年~ 3300 年前)以降は生産力が限界を迎えたため、社会が行き詰まったというのが一般的考え方だった。
すなわち、のべ1万数千年に及んだ縄文時代。しかし、その間には「 栄枯盛衰 」があり、 縄文中期 ( 約 5500 ~ 4500 年前 最盛期 に、その後は 気候の寒冷化 が進んで人口が減り、 文化も停滞に向かった というのが「 定説 」だった。
遺跡数 も中期と後期前半に圧倒的に多い。
A 氏 :それが、 今年 11 月中旬 に東京都内で開かれた 公開シンポジウム 「 縄文文化の繁栄と衰退 」で、 7 時間に及ぶ討論の締めくくりとして、「 現状では縄文時代 の後~晩期に寒冷化 の影響を認めることはできません 」という結論が示されると、会場に 驚きの空気 が漂ったという。
私 : 中期末 からの 寒冷化の気候変動 で日本では 食糧資源の内容 が急変。多くの人口が抱えられなくなり、 稲作を導入する基盤 となったとされてきた。
しかし、 動植物の遺存体などに関する最近の研究 では、 後~晩期 に 海水温などが下がった証拠 は見つかっていない。
植物の変化 は 寒冷化 というより、 資源利用の形態の変化 を表すのではという意見も出た。
A 氏 :また、 古人骨 を分析して、 生前の食事 を調べていると、 東京湾岸の貝塚出土人骨 では 中期 と 後期 で 食生活 に違いは認められず、 食糧資源が急変したとは考えにくい とう指摘も出た。
現状では 寒冷化 が広い範囲で人々の生活に深刻な影響を及ぼしたとは考えにくい。それで 文化が停滞したという考え方 は見直すべきだという。
私 :これに対し、 東京大学教授の設楽博己 氏(考古学)は「 意見としては面白いが、縄文中~後期にかけて、儀礼的要素の増加に代表されるような、集落や社会の構造的変化があったことはあきらか。その理由をどう説明するのか 」と疑問を呈しているという。
一方、 埼玉県立 「 歴史と民俗の博物館 」 学芸主幹 の 栗島義明 氏(考古学)は「 寒冷化の影響について、真っ向から論じた意味は大きかったのではないか。今後は細かな地域単位で、多角的な議論を深めていくべきだ 」と話しているという。
世間では選挙騒ぎだが、こういう議論もあっていいのではないかね。