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Ryu-chan6708

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2015.05.16
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:この本は、 3 0 年ほど前に出版 されたものだが、 小島毅 氏の 吉田松蔭・教育者か、近代化の先駆か 」で紹介されたもの。「 靖国史観 3 だ。

A :たしか、 安部首相 国会演説 吉田松蔭の言葉 として「 知行合一 」をあげたが、これは間違いで、 王陽明が興した陽明学の言葉 だ。

陽明学 朱子学 の後、 幕末日本 に広がるね。

後に プロテスタントのクリスチャンとなる内村鑑三 は「 代表的日本人 」( 明治 27 年刊 )で次のように書いている。

旧幕府 自己保存 のために助成した 保守的な朱子学 とは異って、 陽明学は進歩的・前望的にして希望に充てる ものであった。それが 基督教に似ていること は従来一再ならず認められた所である。事実、その事も一つの理由となって 基督教 はこの国において禁止せられたのであった。
 『 これは陽明学に似ている。我が国の分解はこれを以て始まらん 』。 維新の志士として有名な長州の軍略家、高杉晋作 は、長崎にて始めて 基督教聖書 を調べて、そう叫んだ。
基督教に似た或るものが、日本の再建に参加した一つの力 であったといふことは、 我維新史における特異なる一事実 である」

A :この「 李卓吾・正道を歩む異端 」の 李卓吾 陽明学者 だね。

:一時、 陽明学の異端 と言われた人だが、この本では、 内容はほとんど吉田松蔭との関係が主 だね。本の題名を「 吉田松蔭と李卓吾 」としたほうが正確だね。

吉田松蔭 は、 安政 5 年( 1858 12 26 萩の野山獄への再入獄 から、やがて江戸送りとなり、 安政 6 10 27 日に伝馬牢で処刑されるまでの 10 ヶ月の間 松蔭の獄中からの書簡 によると、 300 年ほど前の李卓吾の書に没頭 していることがわかるね。

A 吉田松蔭の入獄の理由 となった 老中間部詮勝の要撃策 は、 松蔭の独走の気味 があり、当時、 江戸にいた高杉晋作、久坂玄瑞ら松下村塾の高弟たち 時期尚早 としてむしろ当惑していた。

:このため、 直情径行気味の松蔭 は、獄中から 高杉に絶交宣言 し孤立するね。

 明日は、 吉田松蔭 が持っていた外敵、特に アメリカに対する危機感 にふれよう。






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Last updated  2015.05.16 08:34:25コメント(0) | コメントを書く


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