りゅうちゃんミストラル

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2004.06.19
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キリスト教信者は「神が創造した」と言う。
何故なら旧約聖書にはそう書いてあるからだ。
それはそれでいい。宗教が科学に対して必要以上の干渉をしないのならば。

生物の発生は、古くは「自然発生」であると信じられてきた。
だから「生物起源論」などということは議論すらされなかった時代もある。
早い話が「聖書に書かれているのだから都合がいい」ということだ。
しかし時代が進んでくるとそうも言っていられなくなる。
科学の進歩によって自然発生説を疑う物が現れるようになったからだ。 資料1
パスツールは「白鳥フラスコ」という特別製の器具を使って自然発生説が誤りであることを実証して見せた。

それでは地球上の生命はどうやって誕生したのだろうか?
自然発生説の否定後、コスモゾア説が出てきた。
これは簡単に言うと「生命が隕石で地球にやってきた」というもの。
ところがこの説には批判が出た。
この説によると隕石でやって来た生命は、地球に到達する時の大気との摩擦熱で生命は死んでしまう。

そこで今度はパンスペルミア説というものが出てきた。
これは隕石に乗って生命がやって来たことまでは同じだが、「種」の形でやって来たのだという。
これなら摩擦熱でも死なないというわけだ。

ところがこの説にも批判があった。
二つの説は「生命起源論」ということについては「宇宙からやって来た」というだけで根源の解答にはなっていないというのである。
ただこの説は今でも一部の学者の中では信じられている。

そこで今度は旧ソ連のオパーリンという学者が別の説を考えた。
その説によると、「ある一定の条件では、生命の基礎となる物質が誕生する」というのだ。ある意味「新しい自然発生説」とも言える。 資料2 資料3

こんな文章もあります。 資料A

私が言いたいのは「宗教は存在意義があるのだから、科学の分野に口を出すのは控えたらどうか?」ということだ。
「宗教は宗教、科学は科学」という区別がある程度必要ではないか?私は科学にはある程度の「宗教観」が必要だと考える。しかし「科学的事実」にまで宗教が発言することには理解ができない。

地動説を信じたブルーノを火炙りにし、ダーウィンを弾圧し、
それでもまだ聖書が正しいことを訴えるのだろうか?まだ生贄の血が欲しいのだろうか?
現在でもまれに「聖書のみが正しい」と言っているキリスト教原理主義者を見かけるが、そこまで「何でも聖書」に拘らなければならないのだろうか?  資料4

ダーウィンを攻撃したキリスト教の考えを示す有名な一文がある。
1860年のイギリス学術協会でのことだ。
ウィルバフォース(神学者であり主教)とダーウィンを信じるハックスリーの議論だ。

ウィルバフォース「君は父または母が祖先に猿を持つというのか?」
ハックスリー「猿であるか、それとも科学の重要な議論の最中に不真面目な言葉を用いる教育ある人間であるか、そのどちらかを選べといわれたら、私は猿を選ぶ」

この言葉はキリスト教の考え方を示してはいないだろうか?
もともと我々には「先祖を選ぶ自由」などない。
そして先祖が猿であろうが何だろうが現在の人間は人間だし、祖先を恥じる理由などない。
生命起源論については事実がまだ解明されていない。誰も見た者がいないからだ。
従って「よくわからない」のが現状でもある。
わからないからこそ、今までの常識ではない一見して下らなく聞こえるような考えが必要なのではないか?
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科学的な内容については、
「科学思想史」(武部啓、川井雄 著)を参考にしています。





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最終更新日  2004.06.19 12:01:38


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