ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2015/09/13
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 時代祭について出題です。

そうだ京都、行こう。1994年 平安神宮編
(下記行をクリック)

https://www.youtube.com/watch?v=DhlU-HnYZPY

平安神宮1994.jpg



●時代祭の歴史

・京都の誕生祭として、10月22日のい行われるが、この日は( )した日。

・平安神宮は、明治28年(1895)、(  )の記念殿として模造朝堂院
 が建てられ、桓武天皇を奉祀する神宮として創建された。社格は(  大社)。

・ここで(  )が盛大に挙行された。
 その記念祭への奉祝行事として、幕末維新から平安創業までの時代風俗行列が企画さ
 れた。それが時代祭の始まり。


 時代祭は桓武・孝明両天皇の御霊代を鳳輦に移し行われる、(  )・(  )・
 (  )が中心。

・1回目の時代行列は、明治28年10月22日から24日まで行われた記念祭の奉祝行事と
 して位置づけられ、翌25日に挙行された。
 時代考証は(  )、(  )らが選ばれた。

・昭和25年に復活し、各時代の(  )が加わり、同28年には(  )、(  )、
 (   )といった各時代の有名婦人列に整備された。

・同41年(   )を記念して、(  )、(  )といった
 (  )も加わった。

・平安神宮の維持保存のために、全市から成る平安講社という市民組織が整えられ、今も
 この祭の執行母体となっている。


・最初は、( )から( 通)を北上、( 通)を西進、( 通)を南下、
 ( 通)を東進、( 通)を北上、( 通)を東進、平安神宮へ向かうという
 ルート。

・その後( )を出発、( 門)から出て、(  通)を西進、(  通)を
 南下、(  通)を東進、(  通)を北上、(  通)を東進、(  道)を北上。


・(  隊)は以前は(  町)からの奉仕だったが、明治35年から5年に1回の奉仕、
 となり、大正10年からは(  学区)が継いで「維新勤王隊列」に加わった。

・(  )・(  )両学区は、それまで第3社に属して、(前列)を
 担当していた独立して第7社を組織した。

・昭和6年、( 区)と( 区)が新設され、それぞれ第9社、第10社を組織。
 それぞれ、新たにできた(  )(  )に参加した。


◆現在の隊列

・維新勤王隊列
  維新に際して、幕臣が東北地方で反乱したとき、丹波北桑田郡(  )
 (現在・右京区京北)の有志が(  )を組織して官軍に加勢した。
  そのときの行装にならったもの。

・幕末志士列
  桂小五郎、(  )、坂本龍馬、中岡慎太郎、高杉晋作、
 (  )、(  )、(  )、(  )、吉田松陰、
 (  )等幕末の知識階級の武士で、明治維新はこの人たちの大きな働きによって基礎
  が築かれた。このほか、幕末に対抗するため天皇を動かさんとした7人の公卿のいわゆる
 (  )の列など、当時の公卿達も列に加わる。

・(  )列

・江戸時代婦人列
  (  ) 孝明天皇の皇妹
  (  ) 江戸時代の女流歌人
  (   )京都銀座に巨万の富を有した(  )の妻、当時妻女の衣裳比べ
       の会で抜群の誉を得た人。
  (  ) 女流歌人で、祇園に茶店を営んでいた。
  (  ) 池大雅の妻で、閨秀画家として南画をよくした。
  吉野太夫 寛永の頃、京都六条三筋町の名妓。
  出雲阿国 歌舞伎の創始者とされる人

・(  )
   (  )の参朝のうち慶長元年五月(  )初参内の列をあらわしたもの。

・(   )

・(   )
   武家風俗を中心とするもので、(  )を中心とした当時の武士の軽武装姿を表現
   している。
   ( )に幕府の執政にあたる(  ・  )に任ぜられる主要氏族が御供衆
   として従い、公家・法中・御博士・医師などの特色ある風俗が表現されている。

・(  列)
   室町時代後半に京の町衆によって盛んに催された( )を再現したもの。
   (  )を中心に、囃子方、踊り手で構成される。
   この風流踊りは全国各地に伝わり様々な芸能を生み出すとともに、江戸時代以降の盆踊り
   の原型ともなっている。

・( 列)
   (  )が隠岐から還幸された際、(  )は一族郎党を率いて鳳輦を兵庫に
   迎え、先駆として上洛した。その(  )一代を通じての盛事であった行列。

・中世婦人列
  (  )洛北の婦人で古来薪、炭等を頭にのせ京の町へ売りに出た
  (  ) 洛西の女性が髪を白い布で包み、着物を短く着た装束で、主として鮎と飴を京の
       町々に売り歩いていた。
  (  ) 豊太閤の側室で(  )の娘
  (  ) 藤原為家の室
  (  ) 源義経の愛妾で白拍子。

・(   列)
   承久3年、(  )は朝威回復をはかられ、(   )で(   )
   に託して近畿十余国の武士を召された。 この列は狩装束の射手の武士を中心とした5組を
   あらわしている。

・(   列)
   平安中期以後、(  氏)の盛時における文武両様の姿をあらわしたもの。

・平安時代婦人列
 (  )(  )のちょう愛をうけ、(  )没後尼となったと伝えられている。
 (  )(  )の雑仕女で滝口の武士(  )と恋におち、嵯峨へ(  )を尋ねて
      行く姿。
 (  )(  )の夫人で、(  )亡き後、三児を連れて六波羅へ名乗り出るところ。
 (  )(  )の妻で、源氏物語の作者。
 (  )(  )の女で、枕草子の著者。
 (  )の娘( )は延喜の頃の名歌人でその娘。
 (  )(  )の女で才色ともにすぐれた人。
 (  )(  )の姉で、慈悲深く多くの孤児を養育した人。


・(  列)
   本列に大将に当る者は征夷大将軍(  )を擬したもの。

・(  列)
   この時代の公卿諸臣の参朝の状景をあらわしたもの。

・(  行進列)

・(  列)
  (  列)に前行する故にこう呼ばれる。(  )の伶人、(   )、
  (  )等優美な行列で、また多数の狩衣姿の供奉もあつ。

・(  列)
  御賢木(おんさかき)を先頭に、御鳳輩を中心とする神幸の本列。
  先の御鳳輦が(  )、後の御鳳輦が(  )で即ち御神祭がこの京都を御巡幸に
  なって、市民の安らかな様を親しくご覧になるのであって、全各行列は、この御神祭におとも
  をして行進するわけで、本行列中、主たる意義をもつ列である。

・(  列)

・(  列)
   丹波国南桑田、船井両郡には、(  )に従って(  )の術を究めた者が多く、その
   子孫も平素(  )を組織していた。桓武天皇平安遷都の際その御列の警護にあたった
   とも、また、維新の際には(  )とともに活躍したともいわれている。



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最終更新日  2021/03/07 11:01:25 AM
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