「松」
の表現も比較しましょう。 図1
若冲(前回も紹介)の松は葉が密で、そのうえ中心部の背景に濃い緑色が加えられ、まるでイガクリのように見えます。動植綵絵で登場する松はすべてこのような表現になっています。それらの前景には必ず白い鳥が描かれており、松の緑を濃くしているのは、鳥の白さを強調するためだと思われます。一方、 図2
応挙の松の絵は、葉が疎らで、根元まで葉が一本一本認識できます。葉が一本一本見えたほうが、より松らしく見えるという考えから、意識的に葉を疎らに描いたのではないでしょうか。例のそのまま「写す」のではなく、「らしく見せる」の「写す」です。 図3
応挙は、遠景として描かれた松部分の拡大です。遠景では葉の一群が小さくなるので、葉を一本一本描こうとすると、さらに疎らにせざるを得ません。すると緑色が弱まり松らしく見えなくなるので、よく見ると葉の後ろに薄く緑色を置いているのが分かります。




続いて 「鵞鳥」
です。 図6
若冲。ガチョウの羽や体は真っ白なはずですが、 「裏彩色」
による錯視的な金色が加えられているようです。動植綵絵の他の白い鳥の絵も、すべてこの錯視金色が加わっています。ガチョウの体型はもっとずんぐりしているはずですが、三角形状にスタイリッシュにデフォルメされています。 図7
応挙。オデコの出っ張りといい体型といい、こちらの方が実際に近いでしょう。しかし、体や羽に金色が配されています。絹本ですので、若冲と同じように「裏彩色」を用いているかもしれません。これも「動植綵絵」を見た、あるいは評判を聞いた応挙が「俺だって、裏彩色で金色を出せるんだぞ」とライバル意識むき出しで描いたのかもしれません。「色」の面では、応挙らしからぬ表現かなと思います。
「鳥」
図8
若冲。真横を向いた石上の鴛鴦(おしどり)。もう一羽は水中に顔を入れています。番(つがい)でしょうか。でも石上の鳥は、水上の鳥を見ているわけではありません。「おしどり夫婦」という言葉もありますが、反対に冬の景色と相まって孤独感を感じます。若冲の絵はこのように一枚の絵に複数の動物・鳥・昆虫が描いてあっても、何か孤独感を感じさせる絵が多いように思います。対して 図9
応挙。仲のよさそうな鴨や鴛鴦の群れです。【若冲と応挙】#56 付録4 若冲と同時代… 2021/10/29 コメント(4)
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