ワルディーの京都案内

ワルディーの京都案内

2026/03/28
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テーマ: 京都。(6436)
カテゴリ: 京都研究
2017年度から、某大学で京都の歴史・文化についての、客員研究員を務めさせていただいています。報酬が出るわけでなく、趣味の一環でやっています。

1年目は指導教授がつき、年度末に研究発表会があったのですが、2年目からは指導教授もつかず、一人で研究して、年度末に研究成果報告書を提出するというかたちです。

最初決めたテーマは、ずっと変えることはできません。私のテーマは「伏見稲荷大社の不思議研究」です。過去、次のような小テーマを設定して研究して、毎年2ページほどの研究成果報告書を書いて、現在に至ります。

◆平成29年度(2017年度) 『お滝』の成立過程と現状
◆平成30年度(2018年度) 『お滝』の成立過程と現状 その2
◆令和元年度(2019年度) 「あなたの知らない伏見稲荷大社」研究とフィールドワーク設計・実施
◆令和2年度(2020年度) 『伊勢國一身田』の刻字のあるお塚
◆令和3年度(2021年度) 「熊鷹社」の「お塚」研究
◆令和4年度(2022年度) 「清めの滝」の「お塚」研究

◆令和6年度(2024年度) 「八嶋の滝」の「お塚」研究

ここ4年は稲荷山の麓にある、「お塚」について、お塚の数、お塚に刻まれた神名、神名に使われている漢字などについて、現地調査で確認し、各「お塚」の特徴の究明、比較をしてきました。

今年度は、ちょっと横道にそれて千本鳥居について、研究しました。

私は伏見稲荷大社の講員になっており、今まで講員大祭に参加したことがなかったので、昨年10月12日に講員大祭への参加を兼ねて現地調査にいきました。千本鳥居には寄進者と建立年月が鳥居背面に刻んであります。これが研究対象の重要部分なのですが、筆記で書きうつすのは大変なので、スマホで適切な本数ごとに全部写真に収めました。しかし、その後忙しく、その写真を利用して集計を開始したのは、1ヵ月以上経った11月26日になってしまいました。11月21日の癌発覚で、入っているガイドの勤務を他の方に代わっていただいたので時間がとれるようになったという事情もあります。怪我の巧妙です。そして12月12日に写真を利用した集計は終わったのですが、写真で捉え切れてない部分が多くあったので、根拠データをできるだけ完璧にするため、12月14日と15日に、それぞれ2回目3回目の現地調査に行きました。1回目の現地調査で、不明な部分はごくわずかだったので、12月16日から集計作業を進め、翌日には集計を完了することができました。

成果報告書作成にとりかかったのは、年が明けて、1月10日からになりました。いつ完成できたのか記録が見つからないので断定できないですが、いつもは2月上旬が締切りなので、1月下旬には完成していたと思います。

今年は大学での手続きに時間がかかったようで、締切り日程の連絡がきたのは、2月16日になり(いつもより半月遅れ)、締め切りは3月6日となっていました。すでに成果報告書は完成していたので、連絡がきたその日、2月16日に成果報告書を提出しました。そして、今日、3月28日に成果報告書に基づき、来年度も客員研究員の資格を継続することが可である旨の連絡がありました。

下記が成果報告書です。


【研究テーマ】伏見稲荷大社とその周辺の不思議研究
【研究報告】 小テーマ:「千本鳥居」の研究


1.はじめに


2.千本鳥居の歴史
 大社の創建には諸説あるが、山城国風土記逸文の和銅4年(711年)の創建説がよく知られる。当然その頃から鳥居は存在したと思われるが、現在の千本鳥居のように夥しい数が連続して建つようになったのは比較的新しい。安土桃山時代の「伏見稲荷大社絵図」には表参道・裏参道に鳥居が各1基ずつしか描かれていない。一方、1780年(安永9年)の「都名所図会」、1864年(元治元年)の「花洛名勝図会」には連続する鳥居群が描かれており、江戸時代以降に鳥居の奉納が盛んになったと考えられる。大社はもともとは農耕の神であった。しかし、今や商売繁盛の神の方が一般大衆にはよく知られている。応仁の乱で社殿のほとんどが焼失し、本願所(後の愛染寺)が再建のための浄財を全国から集める一環として、稲荷社の勧請を全国に広める活動を積極的に行った。その一つが江戸の「三囲稲荷社」(みめぐりいなり)であった。江戸時代初期、名前の類似性もあり、呉服屋三井家が熱心に参拝し、その結果商売が大繁盛したことが全国に広まり、商人による大社への鳥居奉納が盛んになったという説が濃厚である。鳥居には奉納者名が字刻されるので、当時は、格好の宣伝方法という側面もあったかもしれない。

3.千本鳥居のかたち
 稲荷社の鳥居の形は島木と柱の接合部に「台輪」と呼ばれる輪が付いている「台輪鳥居」が特徴といわれるが、大社では、実際にはこの台輪鳥居は、ごく少数に過ぎず、千本鳥居も含め、台輪を省略した明神鳥居がほとんどを占める。また、一部石鳥居が残っているが、大部分が木製である。大社境内では、石の鳥居の建造は昭和20年以降禁止され、木製のみが認められている。理由はよく分からないが、石造は地震時に危険ということもあると思うし、石造は耐用年数が長く、耐用年数の短いものにして、より多くの人に建てていただくためということかも知れない。適切な表現ではないかも知れないが、大社側にとっては、回転が早くより多くの浄財を集めるためということがあるかも知れない。

4.千本鳥居の大きさと初穂料
 大社に奉納する鳥居の大きさは、柱の上端部直径を基準にして号数で表わされる。人が潜れる鳥居として最も小さいのが5号で直径は15cm。これが千本鳥居の大きさである。初穂料は大社ホームページでは、5号30万円、10号(直径30cm)189万円~となっている。2020年時点の初穂料は、5号175,000円、10号1,302,000円~だったので、それぞれ71%、45%の高騰である。世の中の物価上昇率より、大きな上昇と考えられる。特に千本鳥居の上昇率が高い。千本鳥居は立錐の余地がないほど建っており、かつ初穂料も非常に高額という訳ではないので人気が高く、建てるには長いときには、4~5年待ちともいわれるほどである。
 建立申込みは、伏見稲荷大社や「お山巡り」神蹟の茶店でできる。「長谷川工務店」(ゼネコンの会社とは別)など鳥居製作会社に発注される。筆者の過去の調査では、5、6社が請け負う。鳥居に刻まれた、建立年の字形を見ると、明らかに自体や字間の異なるものがあり、複数の製作会社が製作していることを示している。

5.千本鳥居の基数
 千本鳥居の基数については、文献上及びネット上では色々な基数が登場する。2025年10月12日から12月14日かけて筆者が現地調査をした。結果は、南側392基、北側391基、合計783基であった。経年劣化による撤去を経て抜けている部分も含め新造が行える場所は、多く見積もっても15箇所程度であり、全部そこに建造したとしても800基には届かない。現状を普遍的に表現するとすると、「800基をやや下回る基数」という表現が妥当な線かと思われる。「千本」は単に多いことを表す数字であると示す文献ももあるが、「昭30年代には本当に千本と数本しか違わなかったらしいが、現在は太さが太くなった関係で800本程度になったようである。」とする情報もある。

6.千本鳥居の耐用年数
 千本鳥居は木製であり、耐用年数は4~5年とも言われる。実際にどうか調べた文献、ネット記事はみかけない。鳥居には、創建年月も字刻されており、これも調査可能である。何年に何基建てられたかまでは分からないので、断定できないが、2018年に大きな落ち込みがあるのと、2014年以前の基数が年を遡るとともに漸減しているところから見て、平均的な耐用年数は、7年~11年といえよう。因みに現存する一番古い建立年は、2005年で21年経過したものであった。

7.千本鳥居の奉納者全国分布
 千本鳥居に字刻されるている住所を都道府県別に集計した。第1位は東京都、大阪府同数で、それぞれ130基、3位は地元京都府の108基、以下4位兵庫県48基、5位愛知県47基、神奈川県40基と続く。産業が盛んな関東、関西、東海地方が上位を占める。全く奉納がなかったのが、宮城・鹿児島・沖縄の3県であった。いずれも遠方であることが大きな理由であろうが、都道府県別の全神社数の統計では、沖縄の神社数は他の都道府県に比べて極端に低く(他都道府県最低447社に対して沖縄県15社)、琉球王国と呼ばれていたように、古くは別国で宗教文化も違うということことも沖縄県の特殊事情としてあるであろう。それ以外の都道府県は、1基から20基の間に分散している。
 都道府県別の人口100万人当たりの基数でみてみると、地元京都が42.9基と群を抜いて1位であり、2位は大阪府、和歌山県それぞれ14.8基、4位は12.6基の山梨県、5位は10.8基の福井県と続く。山梨県が遠隔地であるにも拘わらす4位に位置している。理由は今のところ不明である。

8.千本鳥居の建立月
 千本鳥居は建立日も鳥居裏面に字刻されている。1位は2月で12.5%、2位は5月の12.1%、3位は3月の9.6%、4位は1月の8.6%であった。2月に多いのは、初午大祭があるからであろう。2月分のうち「二月吉日」とせず「二月初午」としたものが29%にものぼった。一月に多いのは暦上の年初月であるからであろう。1月分のうち、67%の鳥居で字刻が「1月吉日」ではなく、「一月元旦」となっていた。3月に多いのは。会社の新決算期に向けた奉納、8月に多いのは夏休みであることが主な理由ではないだろうか。
 近年外国人観光客が多く、ご朱印の授与を受ける外国人も多くなっているが、今回の調査では、千本鳥居の外国人奉納者は見つからなかった。支払いや修繕、取り壊しなど、将来のコミュニケーションが取りにくいため奉納を認めていないのかもしれない。そのハードルがなくなって、外国人が奉納を始めると、こういった季節性の特徴はなくなっていくのだろう。

9.千本鳥居奉納者の職業
 千本鳥居裏面左側には、奉納者の氏名、会社名などが字刻されている。それらから職業別の統計をとった。形態が分からない場合はネット検索し、有限会社、株式会社などの表記がない場合は、「個人事業者」とした。また「個人」としたものでも「個人事業者」の場合があるなど、必ずしも正確ではない部分があることはお断りしておきたい。不明2基を除き、「株式会社」347基、「個人」231基、「有限会社」96基、「その他法人・団体」33基、「個人事業者」59基、「信者団体」15基であった。何らかの形の事業者が全体の68.3%を占め、今や商売繁盛の神としての方が有名になった大社の面目躍如というところであろうか。千本鳥居前に続く、大きな鳥居群には、花王、電通などのよく知られた会社名も多いが、千本鳥居の企業・団体名には筆者の知ったものは、ほとんどなく、有限会社の比率も多いことから、非上場の中小企業がほとんどであろう。初穂料の面からも身の丈にあった奉納ということになろう。個人による奉納分が29.5%と多く個人崇拝も活発であることが分かる。また、稲荷講など信者団体の奉納も一部ある。また中には同じ奉納者が2基以上建立しているものも10事象近く見られ、最大では、東京都港区のあるご家族が11基も奉納されていた。

10.最後に
 千本鳥居について、その歴史、初穂料などを文献・ネット情報から整理し、現地調査で、基数、建立年読み取りによる耐用年数の推定や建立月の特徴、奉納者の生業などを、詳らかにすることができた。
                                        以上


成果報告書には掲載していないが、分析結果をグラフにしたものがあるので添付しておきます。














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最終更新日  2026/05/18 03:34:08 PM
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