PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ
長めの髪をわずかに頬を覆うまで垂らし、鼻筋がきれいで唇は適度にあつぼったい。
紫系のジャケットに古びたジーンズ、おそらく女子大生だと思われる。
透明なビニールにつつんだ花束を手にしていて、百合はまだ蕾そのもの。
両側を挟まれているので、花束をどこにおさめるか苦慮し、けっきょく膝にはさむ。
飴玉をしゃぶり、いくらか薄汚れたバッグから本を取り出し、表紙によく茂った樹が描かれた本に眼をおとす。
「モモ」とかその類いだと思ったが、Susan Sontagの名がみえる。
タイトルは、Bajo el signo del saturnioであった。
つまり「土星の徴しの下に」である、こちらはのけぞりそうになる。
この版は見たことがない。
UNAMクアウティトラン校あたりの女子大生であろうか。
UNAM本校のある三号線では、こんな類いの本を読んでいる大学生はときどき見かけるが、この五号線ではめずらしい。
たちまち話しかけたくなるのを抑えるのがタイヘンであった。
背に夕陽を浴びているので、暑さにたえられなくなったのだろう。
無理してからだをよじるようにしてジャケットを脱ぎ、腕がむき出しになりこちらの眼は釘付けになる。
おなじく紫系の木綿のシャツ。
いかにもしなやかな姿態で、こちらの眼がうるみかける。
こちらもつられてかばんからJose Agustinの小説でも出して拡げておけばよかったかもしれないが、ビル・エヴァンスだけを聴いていた。
飴玉とSontagの組み合わせも妙ではあるが。。。
しだいに眠気にかなわなくなったのか、うとうとし、お口に飴玉をいれ、唇のへりから柄が飛び出ている。
遠い学校だから朝も早く、疲れきっているのだろうな。
でもやはり飴玉を口にふくんだままの居眠りというのは、生理的な不快感をもたらす。
「お嬢さん、虫歯になりますよ」とか、よけいなお世話をしたくなる。
それに気づいてか、飴玉を膝のうえのかばんに納めるが、あらら、Sontagの本に押しつけるような感じになる。
「それはないでしょ」と口をはさみたくなる。
そのままパンティトラン駅まで眠り込む。
あとを追うように歩いてみると、上背もこちらとおなじくらいあった。
しかし向かうのは別の方向であった。
ああ、Sontagも読まなければ。
(03 of March, 2009)