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青春時代、のめり込むように読んだ、太宰治の小説。
その太宰治の、誕生日であり、梅雨の大雨の夜、玉川上水に入水心中し、発見された日
この日を命日として菩提寺の「禅林寺」で『桜桃忌』の名で法要と追悼行事が、毎年営ま
れているのだが・・・あれだけ傾倒し、一度は行きたい!と思っていた『桜桃忌』に実際に
参加したのはたった3年前のこと。
三鷹の禅林寺は、私の実家からも、現在の住まいからも近いのに、行く機会がないまま
で、何年もたっていた。以前はかなりの人だったようだけど、私が行った時は想像してい
たより少人数だった。それもそうだろう。死後もう60年近くたっているのだから・・・
それでも、熱心なファン(愛読者)かつての文学青年&乙女達が遠くからやって来るようで
みな、それぞれに、彼のお墓の前で手を合わせていた。
ふと、気がつくと、じっとうずくまるように動かず熱心に、手を合わせている男性がいた。
彼の合わせた手が、視界に入ってきた。
両手の指が、全部、、、失かった・・・
人は何か欠けているものを埋めるために、本に出逢い、作者に出逢うのだろう。
共通に欠けている何かを感じるのだろう。
この人なら、自分の苦しみ、辛い思いをわかってくれるかも知れない!
かすかなのぞみ、光りをその物語に見出すのだ。。。
自信と無力感、希望と絶望、振り子のように揺れ動く、10代前半の思春期に出逢う本や
物事の与える影響は大きい。
たくさんの涙を流しながら読んだ日々、私もその読者の一人だった。。。
ミユージシャンでもそういう人はいる。
あの、「尾崎豊」
彼の「15の夜」は今でも歌われ、これからも、歌い継がれてゆくだろう。
未成熟だけど、みずみずしい、溢れる感情と抵抗は青春の永遠のテーマだから。。。
先日の飲み会で、あの中島義道氏にも、同じものを感じた。
彼の口調はシニカルで淡々としているのだけど、生きづらさを抱えている人達に向ける、
その眼差しは決して冷たくはなかった。
悩み苦しんだ自分の想いを赤裸々に、泣きながら話す若者をじっと見つめながら、時々
頷きながら、、、黙って聞いていた。
そう、、、今日は 『桜桃忌』