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私の生れた東京は、故郷と呼ぶにはあまりに広すぎて、その東京郊外の小さな地域を、
限定するならば、故郷という実感が湧くのだけれど・・・
暑い、暑いと言いながら、夜になると虫の声が賑やかで、ここのところお月様も綺麗で・・・
まさに、中秋の名月!
秋は私にとって、旅立ちの季節でもあるし、帰郷の季節とも重なる。
日本を出たのも、帰国したのも、秋の季節だったから・・・
「帰郷」
柱も庭も乾いてゐる
今日は好い天気だ
(中略)
これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
(中略)
あゝ おまへはなにをして来たのだと・・・・・・
吹き来る風が私に云ふ
ぁあ~本当に、なにをして来たのだろう・・・
帰国してしばらくは、連日のように歓迎会のような日々で、一種の興奮状態?が続いて、
その後の虚脱感のなかで、あの「中原中也」の【帰郷】の詩がふと、心をよぎるのだった。
帰国して、少ししてから関西方面に住むNY時代の友人達に会いに行った。
二人ともNYの懐かしい友人で私より何年か前に帰国して、大阪に暮していた。
独身男性だけど、恋人ではありませんので(^^;
何年かぶりの再会!すぐにNYの頃に戻ったような楽しい時間が過ぎ、宿の予約も忘れて
いた私・・・(><;
一人は遠いので、もう一人の彼のお宅に泊めていただくことになった。
彼は一軒屋にお母様と暮していて、二階の部屋は使っていないので、そこ泊ればいいと
いうことで、すぐにお母様に連絡をとってくれた。
遅い時間なのに、着くと、お風呂から、布団の用意もして下さっていて、お母様は朝早く
から仕事で出かけるので、すでに就寝されていた。
翌朝は寝坊して、お礼の挨拶を!と思ったけれど、お母様はもう出かけられた後だった。
小さな食卓に、朝食まで用意されていて、感激&恐縮しながら、美味しくいただいた私。
その日は彼も休みをとっていたので、せっかく来たのだからと、奈良方面に出かけること
になり、室生寺?だったと思うけど、バスを乗り継いでかなり静かな場所だったように憶え
ている。
その帰り道の光景に、思わず胸が熱くなったことを思い出す。
バスを待つ間、制服姿の女学生達がはしゃぎながら通り過ぎてゆき、山間の空が真っ赤
な夕焼けに染まってゆく。
遠くでお寺の鐘が聞こえる。
「電車、間に合う?」と心配そうに聞かれて、「大丈夫!間に合うよ。」と答えながら、
涙が出そうになった。
ぁああ、ここが日本! 私の故郷。
穏やかな時間に身を置いて、初めてあの数年の異国で暮した日々の緊張感を認識出来
たような気がした私だった。
山では枯れ木も息を吐く
あゝ 今日はいい天気だ
路傍(みちばた)の草影が
あどけない愁(かなしみ)をする
これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
心置きなく泣かれよと
年増婦(としま)の低い声もする
晩秋の、奈良の山間の風景と中原中也の故里が重なったあの夕暮れ・・・
時は過ぎ、人も変わってゆくけれど、、、
いつの時代も、人の心の奥にはそれぞれの故里があることに変わりはないのだろう。