PR
Keyword Search
Freepage List
Comments
未だに、こうやって生きていられるのは、「太宰治」との出逢いではないかと思う。
「太宰治」の小説は、青春時代の【はしか】のようなもので、一度は通り過ぎ、ハマルことが
あっても、大人になると忘れてしまうと、よく言われる。
確かに、私も家庭と仕事に忙しい時期、特に子供が小さい頃は思い出すこともなかった。
「桜桃忌」にも一度は行きたいと思いつつ、日は過ぎて、行ったのは、つい3年前。
すご~く、老成したように感じていたけれど、亡くなった時はまだ39歳!
な~んだ、そんな若さで?おまけに小さな子供を残して・・・(愛人と心中するなんて~!)
な~んて、無責任な男だ~~~っ!
現実的に考えれば、夫として、父親としては最低の人だったと思う。
だけど、あの「太宰治」が自殺していてくれた?おかげで私は生きられたのだと、、、
後になってふり返ると、そんな気がする。
その辺の微妙な心境は、またの機会にして・・・
今夜、たまたま目に留まった本をサラ~~っと読んでみたところ、、、
私の心もちにフイッとする、彼独自の文章があったので書いてみます。
生活。
よい仕事をしたあとで
一杯のお茶をすする
お茶のあぶくに
きれいな私の顔が
いくつもいくつも
うつっているのさ
どうにか、なる。