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降る雪や、、、明治は遠くなりにけり。。。
ではないけれど、
吹く風や、、、昭和は遠くなりにけり。。。
世田谷文学館で開催されている、「久世光彦」(くぜてるひこ)展の会場を出て、ひんやりと
秋風に吹かれながら、しみじみ、そう感じた。
世田谷文学館は私の好きな作家や、世田谷に縁のある作家の特別展、回顧展が開かれ
ることが多く、私も何回か出かけている。
開催途中に作家本人の身内、ゆかりのある人のお話しが聞けるイベントもあり、ラッキー
なことに、私もそういう貴重な生のお話しを聞くことが出来た。
数年前には、北杜夫展で、ご本人の講演のある日に出かけて参加出来たし、
宇野千代展では、亡くなるまで一緒に暮していた、秘書の女性のお話しも聴けて嬉しか
った。
寺山修司展、向田邦子展が開催された時も、出かけた。
今回の「久世光彦展」では初日に、何と、先生の鞄の作者、川上弘美さんと、キョンキョン
こと、小泉今日子さんのトークイベントがあったというではないか!
あ~っ!知らなかったわ~!残念!(><;
抽選だったらしいから、申込んでも五分五分だったかも知れないけれど・・・
でも、来月もまた素敵なゲストのイベントがあるらしいので、出かけよう~っと!(^^)
で、あらためて、昭和という稀有な時代に生まれたことを認識し、そして、その昭和が過去
の時代になりつつあることを実感した。
昭和は、戦前、戦後という、まるで紀元前と紀元後のような大きな区分のある時代だった
と思う。
昭和は長い時代だ。両親も、私も、そして子供達も皆、昭和生まれだけれど、、、
同じ昭和でもかなり違うと思う。
戦前、戦中、戦後、そして平成に近い昭和生まれ。
昭和一桁は従軍した人もいる。生き残ったことに負い目を感じている人も多いと聞く。
昭和一桁でも後期の7~9年生まれはかなり微妙な世代。
10代の多感な時期に日本が戦い、敗れて価値観が激変したのだから。
久世光彦氏が生まれたのは1935年、昭和10年だから、まさに価値観の変化を体感
した世代だと思う。
作詞家の、阿久悠氏はその2年後の1937年、昭和12年。
久世氏演出によるドラマ「寺内貫太郎一家」の主役、作曲家の小林亜星氏も昭和12年
生まれで、同世代ということもあり仕事上でもお互いが言葉に出さなくてもわかり合えたと
いう。同じ時代の空気というのか、相通ずるものがあったのだろう。
そして、久世氏が最も敬愛していた、向田邦子さんは少し年上の昭和4年生まれ。
私も大好きな作家であり、素敵な昭和の女の人!
この二人が一緒にテレビドラマを作っていたのだから、面白かったわけだわ~~!
戦後の昭和、私が知っている昭和は、まさにテレビの黄金期。
そして歌謡曲の黄金期でもあったと思う。
今でも、共通の思い出として語り合える、テレビドラマがある。
一緒に口ずさめる歌謡曲がある。
年号は昭和から平成へと変わり、あの黄金期を作り上げた人達も次々にいなくなった。
テレビの申し子のような、向田邦子、久世光彦のお二人が奇しくも、50前後から急速に
テレビの世界を離れ、作家として活躍し始めた。
その矢先に向田邦子さんは51歳で、飛行機事故で亡くなった。
彼女の死後、毎年お正月の番組として「向田邦子新春スペシャル」をプロデュースし続け
た久世光彦氏は平成18年の3月に虚血心不全で急逝、70歳だった。
お二人とも突然の死。
カレンダーには仕事のスケジュールがびっしりと書き込まれていたという。
長い昭和という時代を疾風のように駆け抜けたように思う。
才能に溢れた人達がテレビの黄金期を作り、そしてそれを見ながら大きくなった私。
携帯もパソコンも無かった時代。
紅白歌合戦が楽しみだったあの頃。。。
昭和か~~~
ぁあ~~昭和!
平和の和の文字がありながら、大きな戦争を経験した昭和。
そして、今、時代は平成。
平和を成し遂げる時代、、、それが平成なのかも知れないと、、、
家路を急ぎながら、ふと、そう思った秋の夕暮れ。。。