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この一週間は何となくメンタルが低迷しここ最近のお天気のようにどんより曇り空や雨降りのような心境でした。仕事ではまたも足元の荷物に躓いて勢いよく転んでしまい身体中が痛くてしばらく起き上がれませんでしたが幸いにもケガはあまりなくて打撲だけで済みました。でもその夜は身体中が痛くて熱を持っていて早く寝ましたが何度も目が覚めて次の日元気に動けるのか心配でした。翌朝起きると意外にも身体は動いて仕事にも行けました。さえりんが守ってくれたのかな。身体は何とか動けていますが心はやっぱりどんより重く曇った感じです。平日は毎日仕事で金曜日は午前中仕事をして午後から2ヵ月ぶりに己書幸座へ行きましたが、みんなともどんどん距離を感じ取り残されていくみたいでちょっと寂しくなりました。これも私の気持ち次第なんですが、今回はいつもみたいにみんなで楽しく写真を撮ることすら忘れちゃいました(^-^;このメンタル低迷の原因は何だろうかと考えるとここ最近交通事故の裁判やニュースが多かったこともその要因でもあるしボランティア活動をやっていても交通事故は減ることはなくいったいこれが何になるのかなっと重たい気持ちになるのです。それと次女が今までは近くにいる存在だったのが、少し遠くなってしまった事も原因なのかも。もう2週間連絡も取っていません。LINEくらいしてもいいかなっという気持ちもあるけどやはり次女の新生活を邪魔してはいけないかなっという気持ちもあり向こうから何か言ってくるまでそっとしておこうと思っています。でもやっぱり寂しい気持ちが大きいです。未だ子離れできていない私です💦こんな時さえりんが傍にいてくれたらなあとつい思ってしまい余計に寂しくなるのです。そんな心境のこの一週間でしたが、昨日は岐阜県美濃加茂市へ行きました。KちゃんDちゃんと春日市のOさん、名古屋のYちゃんと集まって美味しいハンバーグランチを食べました。春日井支部が解散してしまったのでたまにはKちゃんのお宅に集まって「ストラップ作りを一緒にやろう」という会です。私たちは春日井支部からたくさん預かったカット済みのクラフトテープとその分の他の材料もKちゃんに渡す目的もあったのです。みんなで食べるランチは美味しかったです!!(みんなで美味しいハンバーグ屋さんでランチ)ランチのあとはKちゃんのお宅へ行き材料をお渡しして、その材料に切り込みを入れてを割く作業をやりました。おしゃべりしながら淡々と手を動かし作業する時間は結構好きです。これも私の癒しの時間です。(ランチの後はKちゃんのお宅でストラップ作り作業)(さえパパがGoogleジェミニで作った画像) 夕方5時にはKちゃんのお宅を出て、にじいろ会美濃加茂支部のNさんのお宅へ材料を届けに行きました。Nさんはまた夏の交通安全週間でも警察署と市役所と一緒に交通安全啓発品と共にストラップを配布して下さるそうで材料が足りなくなったそうなので。私は久しぶりにお元気そうなNさんにお会いできて嬉しかったです!!Nさんはさえりんにお供え物もくださいました。(久しぶりにNさんと)Nさんのお宅を出てから美味しいハンバーグ屋さんの本店のお肉屋さんへ冷凍ハンバーグを買いに行きましたが売っていなくて残念でした。最近よくマンションの下の階の若いママさんと3歳の息子君が我が家へ遊びに来てくれていただきものをするのでお土産に買いたかったのですが💦その後再びKちゃんとDちゃんと待ち合わせをして岐阜タンメンを食べに行きました。Kちゃんが最近久しぶりに岐阜タンメンを食べに行ったらどんぶりの中に「ストップ・ザ・交通事故」と書いてあり「世間が少しずつ交通安全への啓発に意識を高めてくれていることが嬉しかったから」と誘ってくれたのです。私とさえパパは岐阜タンメンは初めて食べましたが野菜とお肉がたくさん入っていてヘルシーで美味しかったです。スープまで飲み干すと一番下には「ありがとうございます 感謝」と書いてあり、側面に「ストップ・ザ・交通事故」と書いてあり、ちょっと心がほっこりしました。(晩ごはんはKちゃんおすすめ岐阜タンメンへ)帰り道も雨がパラパラ降っていたり霧が出ていましたが夜8時半頃無事に帰ってきました。みなさんから頂いたお土産はさえりんにお供えしました。今日も相変わらずどんよりしたお天気で私の心もスッキリ晴れてはいないんですが、昨日みんなに会えて元気をもらえたことで「このボランティア活動をして何になったのかな??」という疑問は少し晴れました。これが世の中のためのなったかどうかはわかりませんが、確実に私のためにはなっているんです!!ボランティア活動を始めて心あるメンバーさん方に出逢えたことで、さえりんを喪ってもう人生を諦めていた私が今もまだ生きていられるんだから。(さえりん中学3年生 知り合いの赤ちゃんが遊びに来た)(さえりん中学3年生 知立まつり)(さえりん中学3年生 修学旅行part1~4)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月28日
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昨日は午後から知立ボランティア活動を行いました。いつものようにストラップの完成作業をみんなでやりながら、いつも来てくれるメンバーさん方がいて下さるからこうしてこのにじいろ会のボランティア活動を続けていけるんだなあっとあらためて感謝の気持ちになりました。メンバーさん達と楽しいおしゃべりをしながらの手作業は私の癒しの時間なのです。資金面でも精神面でもいろんな状況の中でいつまでこのにじいろ会のストラップ無償配布の活動を続けて行けるのかは自分でもよく分かりませんが、今の私に出来ることはこれくらいしかないのでもう少し頑張っていきたいと思うのです。(昨日の知立ボランティア活動の様子)(メンバーのNさんからさえりんにお花とゼリーをいただきました)今朝柳原三佳さんのJBプレスの記事がでていましたので掲載させていただきます。「お腹の赤ちゃんは人ではないのか」遺族が訴え続けた妊婦死亡事故でついに被告に実刑判決、裁判長も判決文に娘の名 6月18日、午後2時。名古屋地裁一宮支部の301号法廷で判決公判が開かれました。裁判官に促され、うなだれながら法廷中央の証言台に立ったのは、昨年5月、妊娠9カ月だった研谷沙也香さん(31)を軽乗用車で後方からはねて死亡させ、過失運転致死罪に問われている児野尚子被告(50)です。 鳥居俊一裁判長は、淡々とした口調で判決文を読み上げました。「被告人を禁錮2年6カ月に処する」 その瞬間、遺族席からは、安堵ともとれるため息がもれました。求刑が「禁錮3年」なら執行猶予が大半 実は、前回の公判で検察は禁錮3年を求刑していました。過去の判例に照らすと、禁錮3年で求刑された場合、大半のケースで執行猶予付きの判決が下されており、実刑になることはほとんどありません。そうしたことから、遺族はこの瞬間まで、「執行猶予が付くかもしれない……」という不安を抱えていました。 裁判官は判決文の中で、「被告人は約80メートルほどの距離を、約9秒間にもわたって車を斜行させ、被害者の背後から衝突した。しかもドライブレコーダー映像によれば被告人は斜行を始めた後、ブレーキ操作やハンドルを戻そうとした様子は全く見られない」と指摘。「本件の過失はもとより、それによって生じた結果の重大性を踏まえると刑事責任は重いものであり、本件は実刑に処するべき事案である」と断じたのです。「過失運転致死傷」の交通事故裁判で実刑判決は極めて異例 本件は、被害者である沙也香さんのお腹の中で事故に遭い、緊急の帝王切開で生まれた日七未ちゃんが事故時に胎児だったことから、刑法上「人」とみなされず、日七未ちゃんへの加害に対する起訴は見送られました。そうした経緯もあり、社会的に大きな注目を集め、すでに数多くの報道がなされてきました。そんな中、「お母さんが亡くなり、子どもが重度障害を負うという重大事故なのに、禁錮2年6カ月とは、あまりにも刑が軽すぎるのではないか」といった意見が散見されるのもまた事実です。 しかし、すでに書いた通り、本件は執行猶予になる可能性の高い求刑がなされていたこと、そして、そもそも「過失運転致死傷」で起訴された交通事故の場合、被告が実刑になることは極めて稀で、ほとんどが執行猶予判決であるという現実を読者の方々にはぜひ知っていただきたいと思います。 以下は、判決が下された直後に開かれた、沙也香さんの夫・研谷友太さんによる記者会見でのコメントです。冒頭に「ほっとしている」「刑が重い」という言葉が出てくるのは、そういう背景があってのことだということをご理解の上で、交通事故裁判の現実を知っていただければと思います。【事故から2カ月後、遺族から連絡を受け、筆者が初めて書いた本件の概要記事】我が子を抱くこともできず、妻は逝った… 出産目前の交通事故 帝王切開で生まれた子は今も意識不明(Yahoo!ニュース エキスパート 2025.8.18)<夫・研谷友太さんによる判決後の記者会見>■本日の判決を受けて この事故から1年、本当につらい日々を過ごしてきました。妻のため、娘のためを思って、自分自身できる限りのことをやってきましたので、こうして禁錮2年6カ月の実刑という結果が出たことについては、素直にほっとしている部分もあります。 ただ、刑が重いからといって、健康な娘が戻ってくるわけでもなく、妻が生き返ることもないんですけれども、妻と娘には「頑張ったよ」って報告ができるかなと思います。実刑判決が出たからといって悲しみが消えるわけではないが…■法廷での被告の謝罪について 被告につきましては、謝罪の姿勢を見せるのであれば、当初からそういった姿勢を見せるべきだったと思っております。結局、私どもから「謝罪や誠意が見られない」といった発言があって、ようやくそういった行動がありましたが、この1年を通して、言われないとやらないという姿勢を一貫しておりましたので、今更謝罪をされたところで……、という気持ちもあります。しっかり刑を受けて反省していただきたいですし、一生罪を背負って生きていってほしいと思います。■自身の家族にかけたい言葉 私だけではなく、家族全員がこの1年苦しい思いをしてきました。裁判に向けても、全員が全力を尽くしてきました。娘の育児、看護といった部分も本当にたくさん手伝っていただきましたし、私の精神状況といった部分も含めて支えてもらっていたので、感謝しております。 ただ、家族全員が思っていることではありますが、判決が下りたところで今後も悲しみがなくなるわけではないですし、一生大きな傷は背負って生きていかなければならない現実は、まだまだ続いていきますので、家族全員、今後も一丸となって闘っていきたいと思っています。■署名活動について まず、娘の被害について「過失運転致死傷」での立件を求めていた署名活動において、13万人以上の方々にご協力いただきましたことについて、改めてお礼を申し上げます。今、法改正に向けて、義理の父が中心となって、署名(【お腹の赤ちゃんは「人」ではないのですか? 法務省へ交通事故等による被害を受けた胎児に係る法整備を求めます。】)をはじめ、議会に出向くなどの活動をしてくれています。 私は今後、どうしても仕事に復帰しなければならないし、並行して娘のことも見ていかないといけないので、今回の裁判をひと区切りとして、まずは元の生活に戻れるよう尽力したいという気持ちはあるんですけれども、法改正についてもできる限りサポートできることがあれば協力していきたいと思っています。加害者の量刑を重くしたいのではなく、娘を一人の人間として認めてもらいたい■妻と娘はどんな言葉をかけてくれると思うか「頑張ったね。ありがとう」って言ってくれるのかなと……。無念は無念だと思いますし、私がやるべきこと、できることについては、全力で頑張ってきたというのを認めてくれるんじゃないかなと思います。■判決文に日七未ちゃんの名前が出たことについて まず、勘違いをしていただきたくないのは、娘の過失運転致傷罪での立件を求めたことについては、相手の量刑を重くするために求めていたわけではなくて、あくまで娘も一人の人間として、人として認めてほしいという思いでやっておりました。ただ結果として、98%執行猶予がつくと言われている交通事故裁判の中で、その2%に入ったということにつきましては、裁判官もしっかり考慮してくれたのかと。 ある意味、これは大きなことだと思います。法改正されて、胎児が被害に遭った場合もしっかり立件されるようになることが一番いいんですけれども、ひとつの実績が作れたことについては社会的にも大きな意義があったんじゃないかなと思います。■刑法改正への思い 私は素人ですので、それを踏まえての話ではあるんですけれども、今は妊娠22週以降の胎児については堕胎が認められていません。逆に22週以前であれば堕胎が認められている。 母体保護法でそうなってはいますけれど、逆に言えば、22週以降は生まれてくれば生きていける可能性が非常に高いからこそ、堕胎が認められていないということでもあります。 また、胎児のことだけではなく、22週以降の堕胎は母体にも危険が生じるという意味でそうなっているのだと思うんです。 ただ、一方で、今回こうした交通事故では、22週以降であっても「胎児は人として認められない」といった空白の部分が埋められるような改正が望ましいのかなと考えています。■判決を聞いた瞬間の涙と思い 求刑が禁錮3年だったということもあり、正直、執行猶予の可能性が非常に高いのかなと個人的には思っていました。結果として実刑になったということで、嬉しさはないんですけれども、今まで頑張ってきたことが、ある意味ちょっと報われた部分もあり、娘と妻にしっかり報告ができるような内容だったことが一番良かったかなと。そういった気持ちで自然と涙が出てしまいました。娘の成長が本当に嬉しい■事故からの1年を振り返って 事故から半年間は、娘がずっとNICU(新生児集中治療室)に入院していましたし、事故当初は、急に妻を失って娘も数日生きられるか生きられないか、そんな状態から始まりましたので、それこそ自分自身が生きる気力をなくしていました。 何のために生きていけばいいんだろう……、という孤独感がすごかったんですけど、小さな身体の娘が命の危機も乗り越えて、半年経ってようやく退院できるところまで頑張ってくれました。 最初の半年間は、毎日娘の病院に通うことしかできなくて無力さを感じていました。その過程の中で、署名活動などもさせていただき、顔も知らない方々からもたくさんの応援をいただきました。 もちろん、家族であったり、友人であったり、同僚であったり、本当にたくさんの方々に支えられて今日まで来ているんですけれども、半年経って娘が退院してからは、自宅での育児介護が始まって本当にずっと目を離せない状態で、満足に外出もできないといった生活ではあったんですけれども、退院したことによって娘とようやく一緒に暮らせるようになって、毎日の成長を見るのが本当に嬉しかったです。 今後どうやって生きていくのか、妻が亡くなって、自分自身が今後幸せになっていいのか、今、笑っててもいいのかな?とか、もし私が逆の立場であれば、幸せになってほしいとは思うんですけれども、簡単には割り切れない……。そんな思いをずっと抱えていますし、これからも抱えながら生きていくことになるんだなとは思っています。■被告の100%過失が認められたことについて 妻は道路右側の路側帯上を歩行していただけですので、過失が発生しないというのは私も当初から分かっていたことではあります。しかし、全体を通して言えば、裁判官の方々が正当に評価して判決を下してくださってよかったなと思っています。 繰り返しになって申し訳ないですが、娘の日七未の被害については起訴されなかったけれど、判決の中では娘がちゃんと被害者として扱われたという部分は、ほっとしましたね。本当によかったなと思っています。判決文に日七未ちゃんの名 裁判長は判決文の中に、「研谷日七未」という赤ちゃんの名前を明記し、以下のように記しています。『何ら落ち度のない被害者は、若くして突然命を奪われた。被害者が夫婦で誕生を心待ちにしていた我が子を抱くこともできずに、この世を去る無念は計り知れない。 また、被害者が懐胎し、本件事故前まで順調に生育していた胎児(出生後の氏名は、研谷日七未)は、本件事故により被害者が負った障害により胎児機能不全となり、低酸素脳症の仮死状態で生まれ、出生後から意識がない上、自発呼吸も不可能な状態であり、現在も回復困難な病態が続き、24時間介護が必要な状況にある。 弁護人は、被告人が被害者が妊婦とまでは認識することが困難であり、個別的事情は評価するべきではないと主張するが、被告人が予見することは可能であったと言えるから採用できない』 判決文の読み上げが終わった後、裁判官から控訴もできることを告げられた被告は、うつむいたまま、力なく左右に首を振っていました。私には、彼女自身が「控訴の意思はありません」と応えているように見えましたが、判決はこのまま確定するのでしょうか……。 2週間後の結果に注目したいと思います。 この柳原さんの記事を読んだ私の感想は交通事故裁判(過失致死傷罪)においては98%が執行猶予がつき実刑判決になるのは残りのわずか2%であるということ。私もかつてさえりんの刑事裁判で闘ったときに過失致死傷罪では執行猶予無しの有罪判決になるのは極めてレアケースなんだと知ったのですが、あらためて数字で2%と知ると本当に果てしなく険しい道のりなんだと実感します。ということはやはり危険運転致死傷罪で起訴されない限りは殆どの加害者に執行猶予がついてその間何も悪いことをしなければ刑務所には入らずに罰金すら払わずに簡単に済まされてしまうという現実です。私もこの事実を知った時かなり絶望しました。そしてもう1つは、被害者遺族はこれからも長い道のりを生きている限り闘ってゆくのだと実感しました。刑事裁判が終わり研谷さんはこれからずっと続く日七未ちゃんの介護とお仕事へ、お父様のMさんがこれからは「胎児も人である」という法改正へ向けて活動をされていくのだと知り、本当に被害者遺族の長い長い闘いはここからが本番なのだと強く感じました。ほんの一瞬の油断やついうっかりでたった1度の交通死亡事故がこんなにも多くの遺族や人の人生を変えてしまうという現実を目の当たりにして、本当にただ「ごめんなさい」では済まされない物凄く深い罪を犯してしまったことを加害者はもっともっと深く反省し知るべきだと思います。この罪はたとえ刑務所で刑期を終えても、刑務所にすら入らなかった加害者だとしても一生死ぬまで重い十字架を背負うべきです!!ある日突然大切な家族の命を奪われて、この先の未来も人生もすべて変えられてしまった遺された被害者遺族の気持ちを思えば当然のことなのです。決して赦される事ではないのです!!加害者が控訴しないことを願います!!私自身も車を運転するドライバーとして交通事故にはくれぐれも気をつけなければと身を引き締めるのです。この交通事故のニュースも決してどこか遠くで起きた知らない人の事ではなく自分も決して人ごとではないと思って頂けたらと願います。(さえりん中学2年生 キッザニア甲子園part6)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月20日
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今週も月曜日から木曜日までしっかり働いて暑くなってきたこともあり身体はクタクタです。でも今日は休みなのでちょっとホッとしています。午後からは知立ボランティア活動に行って来ます。昨日6月18日は愛知県一宮市で昨年5月に起きた妊婦死亡事故の判決の日でした。私は仕事でしたが朝からずっと気になっていました。被害者の沙也香さんのお母様のMさんとはLINEでやり取りをしていました。私もかつて6年前2020年7月15日のさえりんの死亡事故刑事裁判の判決の時には物凄く気を張って緊張していました。そんな頃の自分と重なり他人事には思えません。昨日午後2時半頃、MさんからLINEで「公判が閉廷しました。被告に2年6ヵ月の判決です」と連絡をいただきました。加害者には執行猶予は付かず2年6ヵ月の実刑判決が下ったのです!!当初は検察の求刑が禁錮3年だった為いつもの刑事裁判のセオリーだと必ずと言っていいほど「禁錮3年・執行猶予5年」という判決になり執行猶予が付いてその間何も悪いことをしなければ刑務所には入らずに済んでしまうという加害者に物凄く恩情的な判決になることがほとんどなのです。Mさんもまずは被告に執行猶予が付かず実刑で刑務所に入ることになったことを安堵しておられました。実はこれは過失運転では極めてレアケースなんです!!それでも今回の沙也香さんの死亡事故は沙也香1人ではなく今もなお意識不明の娘さん日七未ちゃんの未来まで奪われた極めて悪質な死亡事故なので実刑判決になって当然だし、2年6ヵ月の禁錮刑なんて本当に甘すぎると思えてなりません。何より理不尽なのは国の法律が「胎児は被害者とは認められない」というものです。沙也香さんのご主人やMさんたちはこれからもこの法改正の為活動を続けていくのだそうです。そのことが世間でも議論されて社会の注目を集めたから執行猶予が付かず実刑判決になったのではないでしょうか??私にはそうとしか思えません。だとすると被害者遺族はただ大切な家族を奪われて悲しんでいるだけではダメなんです。またさらに刑事裁判でも悔しい思いをさせられて地獄を見るだけなんだと重苦しい気持ちにもなるのです。この司法の判例には本当にやるせない気持ちでいっぱいです。ここまで世間に騒がれて注目を集めない限り加害者には執行猶予がついて刑務所には入らずにのうのうと暮らせるという判例を覆すことはできないんです。本当の理不尽はこの司法の在り方なのではないかと思えてしまうのです。こんな風に思えてしまうのは私だけではないと思います。被害者遺族なら誰でもこの苦痛を味わっていると思います。昨日福島県のご遺族SさんとのLINEのやり取りの中でSさんも「とても複雑な心境だ」と言われました。私たちはただ加害者に刑務所に入ってほしいと願っているわけではないのです。入ろうと入らなかろうと大切な我が娘がもう二度と帰ってこない現実に変わりはないのです。でもせめて真っ当に罪を償ってほしい!!故意かどうかに限らず人の命を奪ってしまったら刑務所に入って深く反省してほしいと思うのは遺族として親として当たり前の感情なんです!!それすら司法の加害者への恩情な判決で無残に打ち砕かれてしまうんです。悲しいけれどこれが今の日本の現実で私たちにはどうすることもできないのです。Sさんはさらに親しくしていた友人に「もう事故は終わったことなんだから娘の事は忘れて楽しく暮らした方がいいよ」とお説教されて憤慨しておられました。私もそうですが、どんなにおまけの人生を楽しんだとしても次女とのかけがえのない時間を過ごしたとしても、さえりんの事を忘れるなんて絶対に出来るはずはありません!!一生背負っていく十字架なんです。その覚悟で今も生きているのです。それを簡単に忘れろとか楽しく生きていこうなんて遺族の苦しみを味わったことのない人に言われたくありません!!自分の考えを押し付けないでもらいたいです。人は自分が経験したことしか理解ができない生き物なんだとつくづく感じます。理解できなくて当たり前なんですがその考え方を人に強要するのは違います。私にもかつてそういう考えの人が近くにいましたが今は距離を置いて離れていきました。もうかつての自分はいないし娘が元気に生きていた頃とは住む世界が違ってしまったんだから仕方がないことなんです。 今朝またMさんからLINEをいただきました。「改めて署名に賛同していただいた方々に感謝いたします。判決が2年6ヵ月(実刑)に満足しているわけではありませんが、皆さんの支援無しではあり得なかった結果である事は確かです。今後は法改正・各地からの国への意見書など活動が続いていきますが、法改正の署名も拡散していただければと思います。刑事裁判については被告が2週間の間に控訴しなければ確定です。先を注視するばかりです」と。(1歳の誕生日を迎えた時の日七未ちゃんのお写真 ネットより)被害者遺族の闘いは刑事裁判の判決が出てもまだ終わったわけではありません!!これからも日七未ちゃんの意識不明という苦しい闘いは続いていくのです。もう二度とこんな被害者が出ないようにこんな苦しい思いをする赤ちゃんが増えないようにという研谷さんやMさん達の闘いは続いていくのです!!胎児も被害者なんです!!どうか法改正への署名にご協力をお願いいたします!!この画像をクリックしてご署名下さい 昨日福島県のSさんが、さえりんが大好きだったさくらんぼ🍒を送って下さいました!!Sさんいつもありがとうございます(≧▽≦)(さえりん中学2年生 キッザニア甲子園へpart1~5)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月19日
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人はこの先どのくらい生きられるのか、どのくらい家族で過ごせる時間があるのか誰にもわかりません。それはある日突然最愛の娘ともう二度とこの世では会えないくなってしまった私だから深く考えてしまうのかもしれません。そんな経験のない方はきっと家族で過ごす時間も永遠にあると信じて疑わないのかも。人は失って初めてその大切さとかけがえのなさに気付くのです。昨日、久しぶりに次女からLINEがきました。「ママ、今日は暇??午後から家に遊びに来ない??」と。私は嬉しくなって「ママは仕事も休みだし今日は一日中暇だよ」と。次女は3連休の最終日で土曜日なので彼と過ごしているんだと思っていましたが、どうやら彼が午後から会社の人と用事ができて出かけたようです。次女が「午後2時くらいに来てね」と言うので、その時間に次女の引っ越し先の部屋へ遊びに行きました。次女は「今日は朝からシュークリームを焼いて上手く出来たからママに食べてもらいたくて」と上手に焼けたシュー生地に自分で作ったカスタードクリームを絞り入れてくれました。とっても美味しかったです(≧▽≦)次女はこの部屋に引っ越した時にオーブンレンジだけはこだわって気に入った熱風循環式のちょっと高いのを買いました。お菓子作りがストレス解消になるからお菓子やケーキが上手く焼ける機種が欲しかったのだそうです。彼は「そんなに高いの必要なの??」と言っていたそうですが、次女がこれだけは譲れないからと自分のお金で買ったのです。この3連休も毎日シュー生地を焼いてはうまく膨らまなかったり失敗を繰り返して3日目でやっとうまく膨らんだシュー生地ができたから私に見せたかったのだそうです。次女は「やっぱり高くても気に入ったオーブンレンジを買って良かった!!この部屋はお風呂も洗面台もキッチンも広くて対面キッチンになっているからすごく気に入っているんだ」と満足そうです。彼と2人で食費もなるべく自炊で節約してそれでも手作りのお菓子を焼いたりとっても楽しそうです。私はそんな次女の嬉しそうな姿を見ながらホッとするのです(´▽`) ホッ(次女手作りのシュークリームをいただいて)シュークリームをいただいて次女とお喋りしていたら次女が「生地から作るのは初めてだけどパンも作ってみたいんだよね」と言います。私は「じゃあやってみたら」と言い2人で作ることになりました。昔は実家でさえりんと次女と3人でよくお惣菜パンやメロンパンを作った事が昨日のことのように懐かしく愛おしく思い出しました。今思えば本当にあの時間はかけがえのない私の宝物だったのです。あの頃はホームベーカリーでロールパンの生地をこねて一次発酵まで終わってから、生地を成型してベンチタイムで休ませて、具材を挟んでオーブンレンジで二次発酵させてから焼いていました。でも今はホームベーカリーはないので生地をこねて一次発酵から全部手作業です。時間も約3時間くらいかかります。それでも久しぶりに次女と一緒にパンを作れてすごく倖せな気持ちになりました。途中卵が足りなくて生地を発酵させている間に私が近くのスーパーまで買いに行きました。ついでに焼き鶏の缶詰やウインナーやチーズなどお惣菜パンの中身も買いました。生地をこねたり成形したり具材を挟んだりは全部次女がやりました。初めてにしてはとっても上手にお総菜パンが焼けて2つのパンを半分ずつ切って2人で試食したら生地がふんわり柔らかくてとっても美味しかったです。次女は「明日の夜勤のおやつに持って行こう。今度は彼と作ろう!!」と大満足な様子でした。(久しぶりに次女とパン作り) 昨日「彼は会社の人と飲みに行くのでそのまま実家に泊まりこっちには帰ってこない」と聞いて久しぶりに次女と2人でご飯を食べに行く事にしました。近くのお好み焼き屋さんへ行きお好み焼きと鉄板焼きとデザートをシェアして食べました。職場のことや友達のことなどたくさん話をしてくれて楽しい時間でした。次女と彼はまだ何の制約もない同居生活なのでお互い束縛せずに気ままに自由に暮らしているようです。そのうち新しい関係性になったら責任が伴ってくると思うから、今はこれで良いのです。何より次女が笑っていてくれたらそれでいい。私はいつまで経っても過保護な母親ですが今は少し離れた場所からそっと見守ろうと思っています。それでも時々こういう時間があったらそれだけで幸せです。(さえりん中学2年生 伊勢神宮参拝part7)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月14日
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またも久しぶりのブログです。この一週間もバタバタ忙しく過ごしながら現実逃避の毎日でした。私にとって6月の梅雨の時期は一番メンタルが落ちるから。昨日は安城ボランティア活動を行いました。いつもの安城メンバーさん方が参加して下さってS子さんが花編みまで作ってくださったものをみんなで完成品にしました。さえパパと私は先日Oさんからいただいたカット済みのクラフトテープを揃えて4本取りに少しは割いたり全部を数える作業をしました。このクラフトテープは私たちが使っている物より少し短くカットされているため慣れていないと作り難いので、岐阜県のKちゃんに使ってもらおうと思っているからです。6月末に会う約束をしているのでその他の材料と共に持って行くための作業です。みんなのお蔭でたくさんのストラップが完成し本当にありがたいです!!(昨日の安城ボランティア活動の様子) 私はみんなと楽しいボランティア活動をしながら、心の中ではちょっと複雑な気持ちにもなるのです。さえりんの交通安全への願いを込めたストラップを無料配布する活動を約5年間続けてきましたが一向に交通死亡事故は減りません。それどころか地元でも凶悪な死亡事故も起きてしまい悔しく憤りしかありません。いったいこの活動は何になるのだろう?もしかしたら私のただの自己満足だったのではないだろうか?いつまで続けていけるのだろうか?とあたらめて被害者遺族として生きていくということの難しさに直面するのです。今の私はどんなに楽しいことがあっても美味しいものを食べてもおまけの人生を楽しんだとしても、あの日かけがえのない娘の人生を奪われてしまった被害者遺族としての苦しく重い十字架は一生背負ったままです。この現実を無かったことにすることはできないのです!!今朝一宮のMさんからLINEで柳原さんのヤフーニュース記事を送って頂きました。「初めての誕生日は、ママが交通事故に遭った日…【妊婦死亡】わが子の介護続ける父が判決直前に語ったこと」(柳原三佳さん記事より引用)1歳のお誕生日を迎え、たくさんのプレゼントに囲まれる日七未ちゃん(家族提供) 妊娠9カ月の母親が交通事故に遭い、その直後、緊急の帝王切開で生まれた赤ちゃんが、2026年5月21日、1歳の誕生日を迎えた。しかし、母親の胎内で受傷したこの赤ちゃんは、一命はとりとめたものの、母親の受傷による「低酸素性虚血性脳症」で重い障害が残り、事故から1年が過ぎた今も意識不明のまま人工呼吸器で命を繋いでいる。 本件事故で妻を失い、現在も在宅で娘の24時間介護を続ける父親の研谷友太(とぎたにゆうだい)さんに、ノンフィクション作家の柳原三佳が、事故からの1年と5日後に迫った被告への判決についての思いを聞いた。妊娠9ヶ月で事故に遭い、緊急の帝王切開で生まれた我が子を一度も抱くことなく、2日後に31歳の若さで亡くなった研谷沙也香さん(遺族提供)■事故から1年目の日に、1歳の誕生日を迎えて――たくさんのプレゼントに囲まれた日七未(ひなみ)ちゃんのお誕生日写真をお送りくださり、ありがとうございます。あんなに小さかった赤ちゃんが、本当に大きくなられましたね。研谷 おかげさまで5月21日、無事、1歳になりました。事故直後は「数日の命…」と言われていたのに、本当によくここまで頑張ってくれたと思っています。ここに至るまではとても長い1年でしたが、たくさんの方々に支えていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。 ただ、一方で、「娘の誕生日=事故の日」でもあり、とても複雑な気持ちでした。これだけはどうしても一生背負っていかなければならないわけですが、この日が来るたびに、嫌な気持ちも感じないといけないのが辛いところですね。帝王切開で生まれた直後、NICU(新生児集中治療室)へ搬送されるときの日七未ちゃん(家族提供)――初めてのお誕生日には、どんなお祝いをされたのですか?研谷 少しでも娘に喜んでほしくて、訪問看護の方々にもお手伝いただいて色々準備をし、一升餅の代わりに1.8キロの一升パンを用意しました。もちろん、日七未は食べることができないんですが、この日は娘でおそろいのシャツを着て写真を撮ったり、思い出に残る一日となりました。――日七未ちゃんの枕元には、ママの遺影が飾ってあるのですね。きっと沙也香さんも成長を見ておられるでしょうね。研谷 妻の沙也香が娘の誕生をどれだけ心待ちにし、どれだけ深く愛していたか、私は隣でずっとその姿を見てきました。お腹をなでながら、まだ見ぬ子どもに語り掛ける妻は、とても穏やかな母の顔をしていました。私は、そんな妻とお腹の子が愛おしく、一生命を懸けて守っていかなければならないと感じていました。 その妻が、命を懸けて娘を産み、そして一度も娘を抱くことが叶わず、目を合わせることもできず、成長を見守ることもできずに旅立ってしまいました。 妻の遺骨はまだ納骨出来ずにいます。苦しい時を耐え、とにかく娘が無事に産まれてくることを願って戦い続けていた妻が骨になってようやく娘の傍に来られたという現実は、あまりにも悲しく、理不尽で、無念としか言いようがありません。 そして、日七未が本来歩むはずだったこれからの人生を思うと、胸が張り裂けるほどの無念と悲しみが込み上げてくるのです。父親の実家で在宅介護を受ける日七未ちゃんの枕元には、亡き母・沙也香さんの遺影が飾られている(家族提供)■本件は単なる「過失」で生じた事故ではない。それなのに…――4月22日、名古屋地裁一宮支部で行われた公判で、検察は被告に禁錮3年を求刑しました。それを聞いたとき、率直にどう思われましたか?研谷 あまりにも甘いのではないかと思いました。交通事故の裁判では、求刑において「3年」がひとつの基準になっており、3年以下だと執行猶予の可能性がかなり高くなるようです。検察には過去の判例も提示して、実刑の妥当性について再三にわたって伝えてきたつもりなのですが……。――たしかに、禁錮3年の求刑をされても、過去には執行猶予判決が下される場合が多いですよね。研谷 もちろん、まだ判決が出ていないので何とも言えないのですが、我々遺族が、被告に反省を促すためには、重い刑罰を求めることしかできません。――禁錮3年という求刑の理由について、検察から何か説明はありましたか。研谷 公判の後、検察庁の会議室に移動していろいろ質問したのですが、結局、なぜ禁錮3年なのかという具体的な説明は一切してもらえませんでした。 本件は、単なる過失で生じた事故ではありません。9秒間もの斜行で逆走状態となり、右端を歩いていた歩行者を後ろからはねたのです。沙也香はそんな異常な運転によって一方的に命を奪われ、日七未は未来を奪われました。被害者側に多少の過失があるような事案でも、もう少し重い求刑をしているケースもあるのに、なぜ本件事故が3年なのか? ひょっとして、被告の夫が県警本部に勤める警察官であることが、何か影響しているんだろうか……。私だけじゃなく、親族までがそんな風に邪推してしまうほど、気持ちが追い詰められています。判決を下すのは裁判官です。だからこそ、検察の方には、もっと被害者遺族に寄り添って闘って欲しかったです。事故の4日前、夫の友太さんが、愛知の実家に里帰りしていた沙也香さんを撮影した1枚(家族提供) ■24時間体制の医療的ケアを受け成長を続ける日七未ちゃん――1歳になられた日七未ちゃんの現在の状況を教えていただけますか。研谷 日七未は現在も、24時間体制の医療的ケアが必要な状態です。気管・鼻・口の痰吸引は1時間に1回、多い日は10〜20分に1回必要で、人工呼吸器の結露除去も30分に1回行っています。強直の発作が起きるたびに酸素飽和度(SpO2)が低下し、酸素濃度の調整が欠かせません。――常に緊張しながら見守らなければならなのですね。研谷 はい。結審の日に法廷でも意見陳述したのですが、日七未は泣くことができないため、呼吸音、肌の色、胃残量、体温など、わずかな変化を見逃さないよう、常に観察が必要です。そのほか、拘縮予防のストレッチ、カニューレバンドの交換、入浴介助、人工呼吸器や酸素ボンベの管理など、すべてが命に直結する作業です。訪問看護は受けていますが、医療行為の多くは父親である私が自ら行う必要がありますので、娘から目を離せず、外出もほとんどできません。――今、お仕事はどうされているのですか。研谷 会社からは育児休暇をいただいています。復職しても、事故の影響で従来の業務を続けることが出来ないため、これまで積み上げてきたキャリアも失われました。 そんな中、娘の予後がどうなるのか、必要な費用をどう確保するのか、私が亡くなった後に誰が娘を支えてくれるのか、など、将来については大きな不安があります。この事故は、私たち家族の未来を奪っただけでなく、今もなお生活の根幹を揺るがし続けています。1歳のお誕生日に、おそろいのシャツを着た日七未ちゃんを抱っこする父親の友太さん(家族提供)――お誕生日の当日に、日七未ちゃんを抱っこされているお写真(上)を拝見しました。後ろ姿を見ていると、意識障害があるようには見えませんが、人工呼吸器をつけての抱っこには相当気を使われるのでしょうね。研谷 そうですね、首が据わっておらず、パイプもついているので、慎重に抱っこする必要があります。体重はすでに9キロを超えてずっしりと重くなり、腕に抱くと成長を感じます。でも、日七未は外の世界に出てきたその瞬間から、泣くことも、目を開けることも、呼吸することも自分ではできず、人工呼吸器に頼らなければならない状態となりました。親としては、幼稚園に通い、友達をつくり、学校で学び、好きなことを見つけ、悩みながら成長し、大人になってほしかった……。しかし、被告人の異常な行為によってその未来は残酷なほど、一瞬で奪われてしまったのです。娘の成長を感じるたびに、言葉では言い尽くせない無念さを感じます。――6月18日には名古屋地裁一宮支部で、児野尚子被告(50)に判決が言い渡される予定です。今の思いをお聞かせください。研谷 妻・沙也香と、娘・日七未の命、そして家族の未来を奪われ、私は生き残った者としてこの痛みと向き合いながら、法廷では言葉の限りを尽くして訴えてきました。裁判官の皆様には、妻と娘の無念を真正面から受け止め、そして、どうか私の思い、家族の思いを深く理解していただきたいと切に願います。「事故の記憶がない」と言いさえすれば責任を逃れられるような前例は、絶対に作ってはなりません。同じような悲しみをこれ以上誰にも味わってほしくありません。命が軽んじられる社会にしてはならない。そのためにも、この裁判が、私たちが前へ進むための一歩となり、再び同じ悲劇を生まないための確かな判断へとつながることを心から願っています。――当日は私も判決公判を傍聴させていただく予定です。お話をお聞かせいただきありがとうございました。●沙也香さんのお父様の意見陳述レポートは以下の記事参照「娘と孫と共に生きるはずだった未来を根こそぎ奪われ、今も喪失の中に…」最後の意見陳述で父が訴えたこと(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース妻の沙也香さんが加害車にはねられた愛知県一宮市の事故現場を見つめる友太さん(筆者撮影) いよいよ6月18日に加害者の判決が出ます!!私が一番気になるのは加害者に執行猶予は付かず有罪判決になるかどうかです。これほどの事故を起こしておきながら検察の求刑が禁錮3年という物凄く軽いことが加害者の夫が愛知県警の警察官だということに関係しているのではないかと私も疑問でなりません!!加害者は裁判が終われば普通に生きていけますが、被害者遺族には一生背負っていくものがあるのです。私もさえりんの命を奪われてこの先どんなにおまけの人生を楽しんだとしても、一生深い喪失感と重い十字架を背負っていくのです。しかも研谷さんは日七未ちゃんの未来さえも奪われてこの先ずっと24時間の介護も背負っていく事になるのです。沙也香さんのお母様のMさんは「柳原さんの記事をだして頂く事で世論が味方になってくれる事を祈り拡散しています」とおっしゃってみえます。多くの被害者遺族の中には触れてほしくないという方もみえますが、私や研谷さんのように世の中の多くの方々にこんな理不尽な死亡事故が起きてこんな理不尽な裁判にさらに苦しめられている被害者遺族がいることを知ってもらいたい、少しでもこんな現実を変えていきたいと思ってみえる方もいるのです。どうか多くの方にこんな苦しい現実が本当に現実社会で起きていることを知って頂きたいです!!(さえりん中学2年生 伊勢神宮参拝part1~6)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月13日
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昨日は元・にじいろ会春日市支部の代表だったOさんと一緒にランチへ行きました。春日市支部は今年3月いっぱいで約5年間のボランティア活動を終わりにしました。メンバーさん達は「もっとこの活動を続けてほしい」と願いつつもOさんが決めたことなので惜しまれながら解散しました。その時にメンバーさん達からストラップの材料を全部回収して「その材料をこちらで使って欲しい」と持って来て下さったのです。私はその材料をありがたくいただきました。昨日はファミレスでランチを食べてドリンクバーを飲みながら、これからはOさんと友達としてゆっくり女子会をしました。約5年間にじいろ会のボランティア活動をやってきて良かったことも楽しかったことも大変だったこともたくさんあったと思います。それでもここで区切りをつけて終わりにして、新しい人生の一歩をまた踏み出そうとされているOさんがとっても眩しく見えました。最愛の息子さん卓巳君が交通事故で命を奪われて17年、Oさんは今まで本当に頑張って闘ってこられた強くて優しいお母さんです。今では娘さんも自立され1人暮らしをしてキャリアウーマンとして人生を頑張ってみえます。Oさんは「もういつまでも被害者遺族の私ではなく1人の人間として自分の人生を自分らしく普通に歩いていきたい」と言われました。私もそれがすごく良いと共感しました!!私もOさんと同じことを思っていました。というのも先月次女が引っ越して彼氏と同居生活がはじまり、今までなら「一緒に外食しよう」とか休みの日には「買い物に一緒に行こう」とかこちらから声をかけて誘っていましたがもうそれはしないことにしました。次女はもう1人暮らしではないしいつまでも手出し口出しはしない方が良いと思ったからです。次女も1人の人間として1人の社会人であり大人として対等な立場です。私がいつまでも母親をしていたら自立はできませんから。ちょっと寂しいですがこれでいいんです!!次女の方から私を頼って来たときはいつでも協力してあげようという気持ちだけは持っています。これで充分です。私も娘達の母親としての人生から自分の人生を見直す時なんだと思っています。人生80年だとすると私はあと20年ちょっと、Oさんは30年もあります。まだまだこれからやりたいことに挑戦したり人生を謳歌する時間がたっぷりあります。失敗を恐れずどんどんチャレンジしたらいいと思います。だって私もOさんも逆縁というこの世の四苦八苦に物凄く苦しめられてようやくここまでこれたのだから。これから先の「おまけの人生」は存分に楽しむ権利があるんだから!!Oさんとはボランティア活動だけでなく、これからも友達として長く付き合っていきたいなあっと思っています。そしてこれからもOさんの新しい人生のスタートを応援したいです!!昨日はそんな楽しい2人女子会でした(≧▽≦)Oさんのお蔭で私もこれからは「自分の人生をしっかり生きていこう」という気持ちになれたことに感謝しました。本当にさえりん亡きあと出逢った方々には助けられてばかりです!!さあ私も、おまけの人生何を楽しもうかな(´∀`*)ウフフ昨日女子会に夢中でついOさんの写真を撮るの忘れちゃいまいした💦(Oさんがくれたストラップの材料のクラフトテープ)昨日Oさんと別れてちょっと買い物をして家に帰ったのはもう夕方6時過ぎでした。晩ごはんは私の担当だったのでちょっと手抜きをして(^-^;先日くらさんがくれた近江牛のレトルトビーフカレーにトンカツを揚げてさえパパはカツカレー、私はカレードリアを食べました。ちょっとピリ辛で美味しかったです!!(さえりん中学2年生 ひなまつり)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月07日
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昨日は午前中は仕事が休みで家でゆっくりできました。特に休みを取ったわけではありませんが6月は人件費カット月間なので毎週金曜日はボランティア活動があるので午前の3時間しか出れない私がカットされたのだと思います。みんなも交代でカットされるのでそれはそれで良かったです。 午後からは知立ボランティア活動を行いました。昨日はさえりんの祥月命日の翌日だったのでボランティアメンバーのみなさんからもお花やお供え物もいただいてみんなの気持ちが嬉しくて感謝の気持ちでいっぱいでした。Tさんからはピンク色のアレンジフラワーを、Yちゃんからは胡蝶蘭を、さえりんの同級生Mちゃんは自分のお金で買ってくれたピンク色の花束を、お母さんのCさんからはお供え物をいただきました!!YちゃんとYちゃんのお知り合いの方からもにじいろ会の材料費としてご寄付もいただきました!!みなさん本当にさえりんとにじいろ会のためにありがとうね(⋈◍>◡<◍)。✧♡(ボランティアメンバーさん方からお花やお供え物をいただきました)昨日のボランティア活動にはたくさんのメンバーさんが参加してくれてみんなで花編みまでのパーツを完成させてラッピングする作業をしました。花編みのパーツはS子さんとHちゃんとCさんが作って来て下さったものです。昨日はみんなで350個完成品ができて、150個を安城警察お届け用にTさんに預けて、200個をコアラドライブお届け用にHちゃんに預けました。みんなのお蔭でボランティア活動を続けていけることに心から感謝!!(昨日の知立ボランティア活動の様子)知立ボランティア活動が終わってから実家へ寄りました。Amazon「みんなで応援」プログラムでちいたんさんからご支援の品が届いていたからです。他にも3人の方から材料のご支援をいただきました!!皆様本当にありがとうございます!!帰る時にさえパパが義父に声をかけると「ダイニングの照明器具の調子が悪いので見てほしい」と頼まれて脚立にのって器具を外して隣のリビングの照明器具と応急処置で交換しました。義父は「この家ももう古くなってきていろいろ壊れて困る」と言いました。2010年に建てたこの家も16年経ちました。さえりんが12歳の時に新しい家に住めて喜んでいたのに、8年後の2019年20歳でさえりんが亡くなって、2023年次女が大学を卒業して家を出て、その数ヵ月後に私達夫婦も家を出て、今では義父と義母と義弟の3人暮らしに。さえパパが照明器具を交換している姿を見ながらこの家の歴史をしみじみ感じました。子育てをして楽しいことも多かったけど、突然さえりんが亡くなってから家庭崩壊寸前だった悲惨な時期もありました。この家はそのすべてを見てきたんだなあと感じました。庭には昨年枯れてしまった紫陽花が今年は息を吹き返してまた花を咲かせていました。植物のたくましさに励まされたような気持ちになり、私も一度はさえりんと共に死んでもまたたくましく生きていきたいと勇気をもらいました。(実家の庭の紫陽花) 夕方家に帰ると玄関に不在表が挟んでありました。徳島県のKちゃんが送ってくれたお花でした。すぐにさえパパが再配達の連絡をしてくれましたが郵便局からだったのでもう時間外となり明日の朝配達しか選べませんでした。ところが夜チャイムが鳴って郵便局の方がお花を届けてくれました。時間外だったのお花が枯れないように持って来てくれたんだとありがたく受け取りました。Kちゃんのお花はヒメひまわりの元気が出るアレンジフラワーでした。Kちゃんいち君のお気持ちがすごく嬉しかったです!!さえりんのためにありがとうね♡みなさんからのお花やお供え物で仏壇前のテーブルはいっぱいになり、私の心も感謝の気持ちでいっぱいになりました!!本当にありがとう!! 今朝ブログ用の写真を作ろうとスマホでAmazonフォトを開くと2020年の今日6月6日の写真が出てきました。それは次女の振り袖を買いに行ったときの写真でした。たくさんの振り袖を試着して選んでいる次女の姿です。今思えばさえりんが亡くなった翌年で一周忌を終えたばかりのこの時期によくそんな場に行けたなあっと自分でも感心しました。あの頃私は亡きさえりんの母親だけど、次女の母親でもあるから次女が成人式の振り袖を見に行きたいという希望も叶えてあげたいと必死だったんだろうなあっと懐かしく思い出しました。当時は毎日を無我夢中で必死で生きていて自分でもよく覚えていないくらいでした。今朝はあの頃の写真を眺めながら私には次女がいてくれたから今まで生きてこれた。そしてその後に出逢った方々が本当に優しくてあったかい人たちばかりだったからこれからも生きていられるんだとしみじみ実感しました。(今朝Amazonフォトに出てきた2020年6月6日6年前の次女の写真)(さえりん中学2年生 家族全員で沖縄旅行part14)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月06日
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昨日はさえりんの7年目の祥月命日でした。6年目の昨年は七回忌法要を行いましたが、7年目の今年はさえパパと2人で静かにさえりんを想って過ごそうと思っていました。そんな中昨日は滋賀県からくらさんとちーさんがさえりんの現場にお花を供えに来てくれました。途中高速道路が混んでいたようで大変な中来てくれたことに感謝です。いつものギャラリエアピタ知立店のお花屋さんで待ち合わせしてくらさんちーさんとお花を買いました。いつもの白いユリは売り切れで他の花でラッピングしてもらうように頼んでから真っ赤な芍薬が目に留まり追加で入れてもらいました。するとお店の方がピンクのユリを2本持ってきて「これサービスしますよ」と追加して下さいました。あとでラッピングした花を取りに来たときに「今日は娘の祥月命日なんです」と話すと、お店の方は「知っていますよ」と言われ、だからピンクのユリをサービスしてくれたんだとお店の方のお気遣いがありがたかったです。今回は私は赤とオレンジ系のお花を、くらさん達はピンク系のお花を持ってさえりんの現場へと向かいました。現場には桃の缶ジュースが供えてありメモにはさえりんの高校の同級生Kちゃんの名前が書いてありました。さえりんの事故から7年、高校を卒業してからもう10年も経っているのに、いつも毎年この日を覚えていてお供えにきてくれるその気持ちがとってもありがたいです。私は感謝の気持ちでいっぱいになりながら、くらさん達とお花を供えました。(くらさんちーさんとさえりんの現場にお花を供えに💐)お昼はすぐ近くのゆず庵で一緒にランチを食べました。滋賀県にはゆず庵はないのでくらさん達は初めてだそうです。みんなで美味しいランチを食べれて良かった。私は福島県のSさんが来てくれるとここへ来ます。このゆず庵の建物は以前はかっぱ寿司でした。その頃は近くにスシローはなかったのでさえりんとよく回転ずしを食べに来た思い出の多いお店でした。きっとさえりんも一緒にいたよね。(お昼はゆず庵でランチ)お店を出て駐車場の前で少し話をしていると知らない女性が声をかけてきました。どうやらくらさんちーさんのファンの方らしいです。その女性はまるで芸能人にでも会ったみたいに「どうして愛知県にいるんですか??」と驚いてみえました。やっぱりくらさんちーさんはすごいなあっと感心しました。昨日の祥月命日はどんより重たい気持ちで過ごすんだろうと覚悟はしていましたが、くらさんちーさんが来てくれてみんなでさえりんを偲んで過ごせたことが本当にありがたかったです。Kちゃんもそうですがさえりんの事を忘れないでいてくれる人がいることが本当に感謝の気持ちでいっぱいになるのです。家に帰ると玄関に紙が挟んでありお花屋さんが長野県のNさんからのお花の不在表でした。すぐにお花屋さんへ電話して届けてもらうと水色を基調とした素敵なアレンジフラワーでした。Nさんは元新聞記者でさえりんの事故後の記事を丁寧に書いてくださった女性です。7年経った今でもお花を送って下さる事に感謝です。昨日はメンタル的にどうなるのかすごく不安でしたが、みなさんのお気遣いが本当にありがたくて私は1人じゃないんだとあらためて実感できた日でした。「さあ明日からも元気に頑張って生きていこう!!」と思えました。みなさん本当にありがとうございました!!(長野県のNさんからのアレンジフラワーと皆さんからのお花とお土産)(さえりん中学2年生 家族全員で沖縄旅行part13)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月05日
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今日6月4日はさえりんの祥月命日です。2019年6月4日あの交通事故がさえりんの命を奪い、我が家の家族の運命を変えてしまいました。今年で7年目の祥月命日。20歳11カ月で亡くなったさえりんは生きていたら今年28歳。生きていたら今頃どうしていたのかな・・・毎年この季節はメンタルが落ち込み憂鬱な時期です。昨年の七回忌法要は本当に心が辛かった・・・今年は仕事も忙しくそのお蔭か今までより現実逃避ができている様な気がします。それでも今日は気圧のせいか朝から頭痛がして重苦しい気分です。この深い悲しみ苦しみ未来を奪われた絶望感は一生消えることはありません。しかしその想いを毎日抱えてそこに浸って生きていくのはあまりに辛すぎる。それで自己防衛本能が働いて現実逃避が少しずつ出来るようになってきたように思います。現実から逃避したって何も解決するわけではありません。だからといってさえりんがある日突然命を奪われた現実は変えようのない事実であり、生き返らない限りは解決なんて出来ないんです!!どんなにもがいてもどうすることもできないから、少しでも現実逃避して自分を絶望から逃がして生かすのです。さえりんが20年11ヵ月の間一生懸命に生きた事実をこの世に残すためにも私はまだ生きていかねければいけないのです。さえりんがこの世から忘れ去られて二度目の死を迎えないためにも。それが母としてせめてものやれることだから。(さえりんの祥月命日にSさんとIさんがお花を送ってくれました)今日はさえりんに手紙を書きます。さえりんへさえりんと突然会えなくなって、今日で7年です。今でもあの日のことを思い出すとママは心が壊れてしまいそうになります。正直この7年間なんとか生きてこれたことが奇跡だったような気がします。よく人は「時が解決してくれる」なんて簡単に言いますが、どれだけ年月が流れてもさえりんにもう二度とこの世で会えなくなった苦しみは決して消えません。さえりんの命を奪った加害者のことは今でも一生赦すことはできません!!執行猶予がついて刑務所にも入らずのうのうと暮らせるという理不尽極まりない刑事裁判の判決が出た時は、加害者を車で轢き殺しに行くか、さえりんの後を追って死ぬかの2択しかなかった私です。もし生きていたとしてもこの先は心や体を病んで廃人のような人生しかないんだと自分の人生を諦めていました。それでもそのどちらにもならずに、生きていられるのはさえりんのお蔭なんだよ。さえりんがお空からたくさんの人とのご縁を繋いで、パパとママがこの先も生きていけるようにしてくれたんだと思っています。事故現場が歩車分離式信号機になったことも、にじいろ会のボランティア活動を始めたことも、パパとママだけでは到底成しえないことだったのに、さえりんがたくさんの方々とのかけがえのないご縁を繋いでくれたから実現できたんだよ。今では共に活動してくれる大勢のボランティアメンバーさんや、仲間に出逢えたことがパパとママの生きる意味にもなっているよ。もちろん次女の存在も。パパとママはやることができたからもう死ぬわけにはいかなくなったよ。それはさえりんがパパとママにはまだ生きてほしい、人生を全うしてほしいと願ってくれたからだよね。私がちゃんと人生を全うしたらまたあの世で再会できるよね。ママはそう信じてさえりんに会える日を楽しみに生きているんだよ。これからあと何回祥月命日を迎えて、その度に振り返ってさえりんに会えない年月を重ねていくのだろうか??今もさえりんに会いたい気持ちは全然変わらないよ。でもねママの人生はまだもう少し続いて、さえりんに会えなくなったあとの出来事をいつかお空で再会した時にたくさんお話しするのを目標にがんばるよ!!だからもうちょっとだけお空で待っていてね、さえりん!!ママより(さえりん中学2年生 家族全員で沖縄旅行part9~12)ご訪問いただきありがとうございます!!いつも温かいコメントありがとうございますさえママへのメールはこちらからにほんブログ村、応援おねがいします!!この「さえりんの部屋」を一人でも多くの方に読んでいただき、交通死亡事故で悲しむ人がもう増えませんようにと心から願っています!!さえりんをクリックしてください!! にほんブログ村人気ブログランキングよろしければこちらも応援おねがいします。さえパパの「可愛いさえりん1分間動画💛」ぜひ見にきてね!!さえりん動画はこちらさえりんの部屋別館にじいろ会公式ホームページが完成しました!!よろしければ以下のリンクからご覧下さい。https://saerinsaeri.wixsite.com/aichinijiirokai
2026年06月04日
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