綴

綴

2005年05月23日
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カテゴリ: 連載小説-no title-
頭の中が、白と黒の光で混濁していた。
ぼんやりと意識が、身体の感覚が、その光の海をクラゲのように漂っている。
静寂の世界が、ふいに壊れた。
小さな騒音が、耳の奥に入ってくる。
誰かの話し声のようだ。
(………だ、れ…だろう?)
聞いたことのない声だった。
断片的な会話が、どんどんと繋がりのあるものになっていく。
『行くぞ』

(どこへ?)
答えは返ってこなかった。
だがその声が聞こえたのをきっかけにまどろみの世界が姿を変え始めた。
朔は身体の感覚が漂っていたのから、はっきりとしたものに変移したのを感じた。
腹の辺りを圧迫されている。
身体が上下に揺れるのに、何処かへ運ばれているのに気づいた。
(どこへ、行くの?)
返答がない。
始めから期待はしていなかった。
(どこへ私は行きたいんだろう)
唐突に思った。

(帰りたい………家に)
日常が、平穏があった我が家だ。
父がいて、母がいて、兄がいて。
暖かくて、陽だまりのような場所に。
(こんな悪夢からはやく目覚めて……………ッ!)

覚醒した脳が、残酷な事実を知らせる。
あれは、夢ではない。
現実だ。
(………逃げちゃ、いけない)
微睡みが帰って来いと呼んでいる。
あのまま漂っていたいだろう、と語りかけてくる。
甘い誘惑のツタが巻き付いてくるのを振り払うように、思考回路を活発に活動させる。
ふ、と自らの髪を見た。
月の光を凝縮させたような輝きがそこにはあった。
ずきりと、刃物が突き刺るような痛みが胸を貫く。
その痛みを糧に、朔はゆっくりと目を開いた

「………い、や…だッ」
やっとのことで出た言葉は、小さくかすれ、騒音にかき消された。
不甲斐なさと、無力さに唇を噛み締める。
「…………は、な…せ………」
炎が燃える音が、耳に入り込むたび視界が白と赤で染まる。
意識が遠のきそうになるのを堪えるのと、少しでも抵抗する為に必死で手に力を入れるが、指先がかろうじて動くだけだ。
それはまるで縋るようになって。
(………ッ!!な、んでッ)
暴れ、振り解くことさえ出来ない自分自信に朔は苛立ちを通り越して、怒りがわき、歯軋りする。
怒りを原動力にして、ぐっと視線をあげると炎を見てしまい力が抜け、冷や汗が背筋を滑った。
堂々巡り、しかも悪循環に朔は唇を強く噛みすぎて薄く血が滲む。
「炎が、怖いのか?」
朔を背負っている人物が問いかけてきた。
低い声の問いかけに、素直に頷くことが出来なかった。
誰だが分からないのもあるが、炎が怖いのを理由にここから連れて行かれるわけにはいかないのだ。
小さなため息が聞こえ、朔は身構えた。
朔を抱え上げている人物が動き出す。
足をばたつかせ抵抗するが、難なく封じ込められた朔は、苦々しく叫ぶ。
「お……ろ、してッ!」
「舌を噛むぞ。黙っていろ」
歩調が急に乱暴なものになったのに朔は急に対応出来なかった。
忠告通り舌を噛んでしまい、痛みにうめく。
青年は呆れた視線で振り返り朔をみた。


朔はふいに呼吸が楽になるのを感じた。
気怠かった身体が、少しずつだが力が取り戻されている。
驚きに視線をあげると、そこは建物の中だった。
殺風景というより、何もない部屋だった。
ただの四角い白い、窓すらない無機質な部屋だった。
「………ここは?」
「さあな」
言葉とともに朔は床に下ろされた。
まだ足に力が入らなく、その場にへたり込んでしまう。
だが、鉛のように重かった身体が軽くなっている。
(炎が、ダメだった?)
自身のことなのに、何処か他人事のような感覚がしてしまう。
朔が眉間にしわを寄せた。
一体、自分はどうしてしまったのだろう。
「…………いいだろうか?」
はっ、と視線をあげた。
そこには朔を運んでいた青年の姿があった。
ぼんやりとしていた視界も、はっきりとピントが合っていく。
全身が黒ずくめの青年だった。
灰色の髪は鋼のような硬質さを感じさせ、黒い瞳は鋭く威圧感があった。
整った顔立ちに入るだろう。
だが、人間らしさがあまり感じられない。
表情が乏しいせいだろうか。
朔が頷くのを見ると、前振りもなしに直入に尋ねた。
「とどまる理由は、何だ?」
朔は困惑する。
あまりに端的な言葉に、どうかえすべきかと迷った。
何故留まりたいと分かったか、と問うべきか。
素直に答えるべきか。
後者はあまり好ましくない。
恩人になるのだろう、この場合は。
あの不審者から助けてもらったのだから。
だが、それはこの二人も不審者には変わらないのだ。
朔の迷いに気づいたのだろうか。
青年が口を開く。
「抵抗に、不審者に対するのだけではなく、何か強い意志があった。それは、何だ?」
まっすぐに見据えられ、朔は腹をくくった。
嘘もごまかしも通じない、と直感した。
それに、無駄な時間が朔にはなかった
「友達と、両親の行方がわからないから」
それだけが、この悪夢のような現実に戻った理由だった。
あのまま微睡みに浸っていれば。
ずっと目を閉じていれば。
現実を拒めば、楽だった。
が、楽になれば後悔するのが分かりきっていた。
それはその時点で、楽ではなくなる。
小さな無数の棘が抜けぬまま縛め、眠り続けただろう。
どちらも苦痛なら、後悔しない方を選びたい。
「心配、だから。無事を、確かめたい」
きっぱりと言い切る。
青年は表情を変えぬまま、口を開く。
「俺達は、慈善や酔狂でここにいるのではない」
氷の欠片でも散りばめられているのでは、と朔は思った。
冷淡とさえとれる声に朔は怯まず、青年を見据えた。
助けてくれたのは、善意ではないと目の前の青年は言う。
「………………………私に、何か?」
「その通りだ」
どうするべきか。
朔は必死に考える。
自分への用件は、確かに気になる。
正直、用件の内容がさっぱり分からなかったから、というのもある。
が、それよりも用件によっては、交渉の材料にもなる。
だが朔は絶対にそうすることだけはイヤだった。
自然と、思考は止まり、行動していた。
すっと、首だけではなく腰から曲げる。
そのまま前のめりに倒れそうになるが、とっさに手をつく。
そして、頭を下げたまま懇願した。
「お、願い…しま……す」
頼むべきではない。
朔自身の問題なのだ。
見知らぬ人を巻き込むべきでない。
朔はそう思いもしたが、止める間もなく言葉が口から飛び出す。
「お願い、します」
悔しくて、申し訳なくて、不安で、心配で。
様々な感情で頭の中でぐちゃぐちゃになる。
自分でどうにかできるのなら、していた。
けどそれができないのは、役立たずになっているのは、朔自身が痛感していた。
朔はただ、頭を下げ続けた。
「交換条件、でとも言うかと思った」
呆れに皮肉さのスパイスをきかせたまだどこか甲高い声に、朔はやっと面をあげた。
そこには一人の少年が立っていた。
(…………いたんだ)
大変失礼なことを朔は考えたが、本当に気づいてなかったのだ。
炎で煤けたマントを付けた、小さな男の子だ。
中学校に上がったばかりのような幼い顔立ちにまず目がいった。
可愛らしい顔立ちだが、険を帯びているのに驚く。
そしてオレンジ色の髪と、金色の大きな瞳が印象的に朔の脳に刻まれた。
朔は心底不思議そうに、首を傾げる。
「助けて貰って、なおこんな頼み事をするのに、…交換条件なんて偉そうなことをいえるわけないじゃない」
「助けてくれ、と頼んではないのに勝手に助けたとでも言えばいいじゃん。そしたら対等に話できるだろう。あんたの持ち札は情報。こっちの持ち札はかし」
ぶすりとした少年の言葉は一つ一つに、皮肉のスパイスがかけすぎなほどかかっている。
朔は試されているような気がした。
と、同時にまるで朔が助けてくれたことを感謝せず迷惑だ、と言うことを決めつけられていると、思った。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
ただ、スパイスの利いた言葉は、胃もたれになりそうなほどくどい味だ。
食あたりになりそうになったが、朔ははっきりと言った。
「そんな恩知らずか、バカにはなりたくない」
どう考えても、あの男達のもとにいて良い方向に進んだとは思えない。
命を落としたかもしれない。
助けて貰ったのだ。
それはどんなことがあろうと、どんなことであろうと感謝すべき事だ。
少年の目が見開かれる。
険を帯びていたのが消えた顔は、幼さが際だった。
朔の言葉が、それほど意外だったのだろうか。
少年の反応を見て、朔も目を見開く。
驚かれたことに悔しさや怒りよりも、呆気にとられたのだ。
「でも、それじゃあ俺達があんたの“オネガイ”きいてやる理由ねぇじゃん」
気を取り直したのか、少年は再び嫌みを言う。
確かに、そうだ。
否定され、朔はがっかりとした気持ちになる。
だが、どこかで安堵もしていた。
複雑な心中だが、朔はそれをふりきるように立ち上がる。
外に出ようとする朔を、青年が襟首をつかみ無理矢理止めた。
驚きと、止められたことへの焦りと。
朔がばっと青年を仰ぎ見ると、青年は静かに口を開いた。
「わかった」
(何が?)
朔は困惑し、青年を見つめた。
奥行きの見えない黒い瞳は、何が考えているのか、朔には分からなかった。





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最終更新日  2005年05月24日 17時37分32秒
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