綴

綴

2006年10月07日
XML
カテゴリ: 過去話 [紗の帳]
 廊下を照らす炎が之推のわずかな怒気、いや殺気に反応したかのように、小さくばちりと音を立て大きく揺れた。炎に照らされた之推と緋深の顔に濃い影が浮かびあがる。

 もう一度言葉を緋深は重ねる。 
 之推は顔には出さぬが、内心舌打ちを盛大に鳴らしていた。緋深が声にだしてしまった『計画』とは、そう簡単に口にしていいものではない。
(何故、知っている?)
 教えたと思われる人物の候補はいまいち之推には図れなかった。『計画』を知っている人物は、皆弁別のある人間で数少ない信頼できる人物たちである。
(……確かにこいつも、巻き込むことができ、戦力とはなるけどね。一体誰が………)
 ついつい視線がとがりそうになるのを、之推は無理矢理曖昧さをかぶせることで隠した。
 だが育ち故か、妙に負の感情に聡すぎるほど聡い緋深は、之推の不愉快さに気が付いたようであった。ふんと軽く鼻で笑い飛ばす態度に、とうとう之推は視線を冷たく細めた。

(本当に……こいつといい、姫君といい。どうしてここまで人の感情に敏感なのか)
 一瞬、守人の血のせいか、とも思ったが、すぐに之推は考えを改める。
 幾人か之推は『守人』と呼ばれる人種にあってきた。確かに彼らは機敏ではあったが、それは周囲の人間の行動に関してのみだ。感情を察することに長けてはいなかった。と言うことは、この二人特有の能力、いや技なのだろう。積み上げられてきた過去と、経験の賜物というわけだ。
「さて…それを何処で聞いたんだい?緋深」
「さあね。あんたに教える義理はない」
「それは困った。なら排除しなきゃならないな。俺はお前のこと、結構気に入ってはいるんだけどな?」 
 赤い目から発せられる鋭く冷たい視線がじくじくと刺さる。一触即発、と表現するしかない雰囲気が廊下の一部を支配しはじめる。重圧に空気は押し潰され、密度を増し、重苦しいものへと変わっていく。
「へぇ…俺は、あんたなんかに殺されるほど弱くはないだけどな」 
「愚かだね。別に正面から挑むだけが闘いじゃないよ。そもそも俺は『排除』と言ったんだ。誰も殺すとは言ってないんだけど?」
「同義語じゃねぇか…違うか?排除するため、と言いながら武器を持ち出す。その際、例え途中で殺したとしても『排除』したことには変わりはない。そして肉体を殺さなかったとしても、排除したいと存在を頭から、記憶から、環境から、社会から消す。それはある意味『殺す』ことだ」
「極論だね。まぁ、間違ってはないけど、正解とも、言えないってところかな。まぁ、いい。で、どうする?言う気はあるのかい?」

「別に。ただ把握のためだな」
 之推の言葉に嘘はなかった。緋深が『同盟者』とも呼べる人間から計画のあらましを教えて貰っているならば、本当にただの把握のためだけなのだ。取り立て騒ぎ立てる気も、処罰するつもりも、何もない。
 盗み聞きや、どこかからの情報漏洩でないならば、ではあるが。
「さぁ、どうするつもりだい?姫君と離れる気、ないんならさっさと白状しちまいな」
 之推は表情筋だけで笑いながら、緋深の弱点である一番脆い部分を刺した。微妙に歪んだ顔に之推は軍配がこちらにあがったことを確信する。

 だがその感情というものが一番人間に影響する。もちろん緋深も例外ではないので、大変渋った顔へとなっていた。だがここで意地を張っても仕方ない、と諦めたのか不承不承口を開く。
「籐家の春呼び姫」
「……あの姫君、かよ」
 之推は深い深いため息をついた。脳裏に淡い色の長い髪の風に遊ばせながら、優雅に笑っている女性がどうかなさいまして、と小首を傾げている。
(なさいました、だ) 
 春呼び姫。籐家の姫、櫻妃は「春」そのものを身に纏ったような美しいことからそう呼ばれていた。春の暖かな陽射しのような雰囲気、咲き誇る春の花々のような柔らかで優しい笑顔、春風のように心地の良い声、そして包み込むような春の陽気のように温かく、優しく包容してくれる慈悲深い人柄、と誰からも口を揃えて呼ばれるような存在である。
 だが之推は知っていた。それは彼女の一面にしかすぎないのだと。
 一見穏やかな眼差しだが、その奥には深い深い想いと全てを見透かすような光を宿している、聡明で気高く強い女性。それが之推の認識だ。巷で言われているようなただほわほわした少女では決してない。
 だから之推は彼女をこう評した。優しい光で全ての者を照らすが、朧で自身の包み、真の姿を月は彼女そのもの。そして穏やかな気候と優しい色の闇で人々を包むが、暁と共に消えてしまう春の夜もまた彼女そのものだ。故に『朧月夜』と。
「で、朧月夜の姫君は何とお前に言ったんだ?」
「……別に。大まかなことだけだ……あんたらがとんでもないこと、企んでいる。そしてそれに「朔夜」が、朔夜の意思に関係なく巻き込まれかねない。無関係じゃない、いられないらしい、と。だから……守れと言われた。『朔夜を大切に想うならば、守ってさしあげてくださいませ』と言われ頼まれた」
 之推は眉を跳ね上げた。緋深の言葉に嘘を見出したからではない。ただ、何故櫻妃が「よりによって」緋深に託したか、が気にかかったのだ。
(緋深にとって、朔夜は唯一、ともいえる存在だと言うのに?託した?)
 唯一を選べる者は、選んでしまった者は、恐い。之推はそう考えていた。
 捨てられないものを、大切なものだと思えるものを、人は皆持っている。それは両手でどれだけ一生懸命に抱えても、こぼれ落ちそうなほど沢山あり、それを一つでも落とさないよう必死になって抱きしめている。だがどれだけ頑張っても指から擦り抜け、落ちて壊れてしまう。だから人は泣き嘆き、残ったものだけは、それだけはと、他には何もいらないから、と思って、だがまた新しいものを抱えてしまい、何度も繰り返す。それが当たり前なことだと之推は思っている。
 だから数少ない、唯一を選んでしまった奇人達を之推は素直に恐いと思うのだ。
 唯一を選んでしまった者、と言うとただ一人に忠誠を誓った「忠臣」と呼ばれるものを連想するが、それとはまったくの別物である。忠臣、と呼ばれる者は主に忠誠を誓い、尽くすが大切なものは主だけではない。家族を持っているものも、部下に心砕いているもの多くいる。彼らは最後に主を選んだとしても、決して家族や部下を蔑ろにしているわけではないのだ。
 だが、緋深のような選んでしまった者は、違う。最初から唯一以外いらないのだ。
 空っぽの両手でただ唯一だけを抱きしめる。余裕があっても、他のものには見向きもしない。ただ何かを恐れるように一心に唯一だけに縋り付く。その存在がいて始めて呼吸ができ、感情が動き出すと言わんばかりに。だから、その唯一を亡くしたとき、壊れ、死んでしまう。
 空恐ろしいことだ。
 之推も「絶対」のものがある。だが、それは「萱家の一族として守るべき領地と民と部下」だ。唯一ではない。複数に分散されたものだ。それにもし失ったとしても、多大な傷を負うことにはなるが、死にはしないだろう。奪ったものに復讐をし、決着をつける。そして残された欠片を拾い集め、また立ち上がり歩きだすに違いない。
 だから、緋深のような人間の理解に苦しむのだ。之推は理解できたとしても、同じ生き方をすることは不可能である。
(まぁ、緋深の過去を聞けば、納得できないこともないんだけど) 
 孤独の底に生まれ落ちた瞬間から落とされたと聞く。信じられるものは己しかおらず、優しさの意味も人を愛する喜びも知らなかったそうだ。与えられたものは他者からの冷たい視線と態度しかなく、心は凍え、感覚すらなくなっていたのだろう。そんな中、ようやく与えられた温もりだ。少しでも力を緩めたり、視線を逸らせば失ってしまうのではないか、と不安なのである。
 之推は相手が悪かったと思う。これが朔夜ではなく、それこそ櫻妃であれば。ならば、少しでも心に余裕が生まれる余地があったはずだ。包まれるような大きな温もりで、充分すぎる安堵も与えられたはずである。だが、朔夜には無理だ。朔夜も朔夜で心に深い傷を負っており、まだ自身のことで手一杯の子供なのである。小さな温もりでは、緋深の心の奥底にある凍えた闇を全て解かすにはまだ時間が必要なのだ。
(それは朧月夜の姫君も承知だ。聡すぎるほど聡い人だからね)
 そんな幼い子供の危うい必死さに、何を託したのか。
(まあ、あとで朧月夜の姫君に真意を聞いてみるか) 
 之推は小さく肩を竦め、こちらを半ば睨んでいる緋深に忠告をした。
「野郎に親切にしすぎるのは、俺の主義に反するけどな、良いこと教えてやるよ。むやみやたらに何でも口にしないほうがいい」
「言われるまでもねぇよ」
「なら、いいんだけど」
 ぎろりと睨んでくる紅い目に、之推は内心苦笑する。
(まぁ、番犬程度なら、ちょうどいいかもね)
 と緋深が聞いたら怒りそうな台詞を考えながら。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年10月07日 17時08分19秒
コメント(2) | コメントを書く
[過去話 [紗の帳]] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

コメント新着

砂葉 @ Re:青空ちゃん。さん こんばんは。 こちらこそご訪問、ありが…
青空ちゃん。 @ Re:【幻】 序章 「原初の夢」(01/11) こんばんゎ♪ 砂葉SAN,訪問ありがとぅ…
砂葉 @ Re:こもも2055さん こんばんは。 いつも感想ありがとうござ…
こもも2055 @ こんばんは。 拝読するたびに、自分がいかに素人で戯言…
砂葉 @ Re:こもも2055さん いつも感想、ありがとうございます。 感…

プロフィール

砂葉

砂葉

キーワードサーチ

▼キーワード検索


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: