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10年前くらいに、すごくお世話になった人がいます。
今日はその方のお通夜に行ってきました。
享年88歳、遺影の写真は当時より少し年取ってはいたけれど、変わりなく見えました。
長女のことをとってもかわいがってくれて、本当の孫みたいに面倒を見てくれました。
私が核家族で三人の子育てをキリキリせずにやってこれたのは、
彼女のおかげといって過言ではありません。
大正生まれの彼女は、戦争中の話もしてくれました。
当時20代だった彼女は自転車で、郵便配達をしていたそうです。
東京大空襲の後、森下から大島までの広い範囲でも80軒くらいしか残らなくて![]()
死体が積みあがって、川にも人が浮いている中を郵便配達していたそうです。
「建物は何もなくなっちゃってね。大島から「きゅうじょう」が見えたのよ~」
と言われて旦那が「球場?後楽園ですか神宮ですか」って聞き返したら
「あらやだ、宮城(きゅうじょう)と言ったら、 皇居
のことよ~(笑
)」
そうなんだ…世代間のギャップを感じたりして。
お通夜で故人との関係のところで、親戚じゃないし、会社じゃないし、団体じゃないし…
友人のところに〇をつけたのだけど、それも何か違う。友人…
対等というより、こちらがお世話になりっぱなしの方を友人と呼んでいいのかなぁ。
朝、5時からの朝の集いで会ったのがきっかけでした。
子どもたちに毎朝お菓子やゼリーを持ってきてくれたりして
娘らは何をしてもほめてくれる場を見つけて、すっかり早起きが大好きになった
結果、3歳1歳の娘たちと100日皆勤で朝通いました。
100日の間に、次女のアトピーが治り、私は育児ストレスから開放されて、
離婚寸前だった夫婦仲も元通り、3人目も授かりました。
子どもたちが幼稚園に行きだして皆勤はなくなったけど
今の住所に引っ越すまでは、ずっと週末には顔出していました。
また買い物のついでにおうちにお邪魔しては、娘たちにおやつをいただいたり、
展覧会などもわざわざ川を渡って見に来てくれました。
近所の神社のお祭りではお小遣いをいただいたり。
旦那様が亡くなられたときも親族と同等の早さで娘たちを会わせてくれて。
最後に会ったのは長女が中一かな。もう4年もたちます。
住んでいたオウチが売りに出ていて、更地になったときは超ショックでした。
一人で暮らしていると風のうわさで聞いてはいたけれど、
娘たちも大きくなって部活で忙しい中、訪ねることはしませんでした。
ご冥福をお祈りします。
今日はしんみり…親戚のおばあちゃんが亡くなったクラスの衝撃でした。
彼女のことを忘れないためにブログに書きました。
今日は、読んでも面白くないです。ごめんなさい。
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