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大きくて丸いモノ小さくて尖っているモノキラキラしているモノ地味な色味のモノ沢山の石があるそんな中で、特に美しいモノが宝石と呼ばれ沢山の人の注目を集める大きなダイヤモンドには人が群がるけれど同じ大きさの平凡な石は見向きもされないそう考えてみると石って人と同じなのかもしれないでも石も人も中身は割って見ないと分からないもしかしたらダイヤモンドと同じ大きさの平凡な石の中にはまだ見ぬ美しい色が見えるかもしれない化石なんかが入っていて、ダイヤモンドよりもずっと価値があるのかもでもダイヤモンドより、価値がある石より平凡な石が好きだという石マニアもいる何に価値があると思うかそれによって石の価値は様々に変わる遠い昔、秀吉が日本を治めていた頃欧州の人々がやってきて、日本に宝石を持ってきた宝石は欧州では金よりも価値があったのに当時の日本人は、綺麗なただの石だそう思う人がほとんどだったらしいそれを知った後で、デパートのケースに並んだダイヤモンドを見るとただの綺麗な石のような気もしてくるその辺に転がっているコロコロとした丸い石やハート型の石の方が面白いかもでも、やっぱりダイヤモンドが美しい事には変わりない何が美しくて、何に価値があるのか結局決めるのは、自分自身ダイヤモンドか道端の石かはたまた、遠い月の石か貴方が選ぶ石はどんな色や形をしているだろうきっと1つとして同じ石は無いに違いない
2023年01月25日
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パチパチボタンパッチンパッチンテレビのリモコンは家庭ごとにその名を変えるうっかり、学校でパッチンパッチンなどと発言しようものなら笑われること請け合いだ。正式に言えば、テレビのリモコンに違いないのだが大切な時に限って思い出せない、その正式名称テレビのリモコンつい、テレビのチャンネル変える奴と言ってしまうテレビのリモコンのように、家庭によって呼び名が変わるモノ他にもあったりするそいつ等は普段、何気ない顔をしているが学校や職場という舞台に躍り出ると途端に主役になるなにその言い方、可笑しいそう周囲に言われる原因となり果てるまるで、伏兵。突然の刺客、家族という限られたグループの外に飛び出た途端そいつらは、牙を剥く。テレビのリモコンはその代表格だ。時に兄弟げんかの種になりそして、母親の武器と化す、それがテレビのリモコン世の中には、テレビのリモコンのような人がいるいつもニコニコ、イイ人でも、車に乗った途端あるいは、お酒を飲んだ途端ふと、結婚の話題を振った途端凶暴な猛獣と豹変する誰にもでも押してはいけないボタンがある注意しよう、砂嵐では済まない。
2023年01月24日
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シュシュ、石油ストーブの上で音を立てるやかんいつも冬にはストーブの上に乗っていた。違和感なく、自然にそこにあった。お茶が飲みたくなればいつでもやかんからお湯が出るそのお湯で入れたお茶は、コンロで沸かしたより美味しく感じた。やかんの隣には干し芋や餅、美味しいお茶菓子があった。お手製の沢庵漬けを齧りながら、お茶を飲むのも好きだった。もう石油ストーブは使わないし、お湯だってケトルで直ぐに沸くでも冬になり、やかんを見ると石油ストーブの上に置かなくちゃそう思うから不思議であるきっと、やかんと石油ストーブは切っても切れぬ仲塩と砂糖ミカンとこたつビールと枝豆そんな仲なのだ引き裂く事などできない。災害時に石油ストーブは有益らしい停電になっても使える暖房器具だからだと言うやっぱり、必要かなそう思うもしかしたら、我が家に石油ストーブが再び登場する日は近いかも相方を失ったやかんは、いつもの定位置を取り戻すかもしれない。やっぱりその方が納まりがいい。なんとなく、その方が納まりがいい場所それは、ものだけじゃなくて、人にもあるきっと皆、収まりのいい場所を探しながら生きているんだろうな台所のやかん、コンロの上もいいけれどやっぱり、石油ストーブの上がいい
2023年01月23日
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揚げ煎餅、魅惑的な響きだ。関西では、ぼんち揚げ関東では、歌舞伎揚げ名前も違って、食べ比べると味も何となく違う。ぼんち揚げのまろやかで上品な味も歌舞伎揚げのキリリとしたしょっぱさもどちらも捨てがたい。関西の餅が丸で関東の餅が四角いのと同じように揚げ煎餅もこんなに違う。公家文化と武家文化の違いだとか難しい事は置いといて同じもので、1口も2口も違うこれが日本の多様性という奴かもしれない。クリスマスも正月も楽しいものは何でも祝っちゃうそんないい加減さも私には心地いい揚げ煎餅を食べながら濃いお茶を飲む何と幸せなことか違う事に目くじらを立てていたらこんなに美味しい揚げ煎餅もしかしたら、食べられなかったかもそんな日本のいい加減さ無くならないといい、きっとその方が世の中面白い。
2023年01月22日
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駅伝を見ると正月、祖父の家に行った時のことを思い出す。従兄がマラソンをやっていて、必ずテレビのチャンネルは駅伝だった。時代劇好きの祖父は、正月にやっている名作時代劇の再放送が観れず不機嫌だった。それでもチャンネルを変えなかったのはひとえに、孫が可愛かったからだろう。親戚一同がその場に揃う目出度い日が正月なのだが、生憎、私は正月が大嫌いだった。親戚の嫌味に耐えなければならないからである。そのせいか正月を表す、餅や雑煮、正月飾り、全てが嫌いだった。駅伝もその仲間になるのは無理からぬ事だった。誤解しないでほしいのだが、駅伝に青春をかける人々が嫌いなのではない。その努力や情熱は尊敬に値すると思っている。しかし、駅伝のテレビ中継を見ると幼き日の暗い正月を思い出し、どうしても嫌な気分になるのである。私は幼いながらも、親戚の嫌味や祖父や祖母、両親の気疲れを敏感に感じ取っていた。まるで自分達の不機嫌が周りの私達のせいだと言わんばかりの態度で、いつ会っても不機嫌だった。そんな時、私はいつも決まって外に出た。寒い冬に外に出ると手が痛くなった。すっかり色の褪せた落ち葉を拾ったり、まだかろうじて色を残している葉を眺めたりとにかく歩き回って、気を紛らわせ、両親と親戚の世間話が終るのを待った。そうしていると祖父や祖母が、こっそり抜け出してきて私と少しだけ遊んでくれる。それだけが、正月の楽しみだった。祖父は育てた盆栽を見せてくれ、祖母は拵えた漬物の味見をさせてくれた。秋のうちに取っておいたドングリをくれた時もあった。そして気づかれぬようにこっそり、祖父母は家に戻っていく。そのうち、両親が呼びに来て、私は祖父の家を去る。その間、祖父の家のテレビにはずっと駅伝がかかっていた。今でも駅伝は暗い正月を思い出させる。一瞬嫌な気分になって、テレビを消し、無音になった黒い画面を眺めると祖父の育てた盆栽の松、その緑の鮮やかさ祖母の小さな皺皺とした手の感触を思い出す。駅伝は嫌な思い出と良い思いで2つをいつも抱えている。良い思い出だけを思い出したいけどそんなに世の中、都合よくないものだ。もしかしたら、思い出というものは全てそういうものなのかもしれない。
2023年01月22日
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