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2023年01月22日
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カテゴリ: エッセイ
駅伝を見ると正月、祖父の家に行った時のことを思い出す。
従兄がマラソンをやっていて、必ずテレビのチャンネルは駅伝だった。

時代劇好きの祖父は、正月にやっている名作時代劇の再放送が観れず不機嫌だった。
それでもチャンネルを変えなかったのはひとえに、孫が可愛かったからだろう。

親戚一同がその場に揃う目出度い日が正月なのだが、生憎、私は正月が大嫌いだった。
親戚の嫌味に耐えなければならないからである。

そのせいか正月を表す、餅や雑煮、正月飾り、全てが嫌いだった。
駅伝もその仲間になるのは無理からぬ事だった。

誤解しないでほしいのだが、駅伝に青春をかける人々が嫌いなのではない。


しかし、駅伝のテレビ中継を見ると幼き日の暗い正月を思い出し、どうしても嫌な気分になるのである。

私は幼いながらも、親戚の嫌味や祖父や祖母、両親の気疲れを敏感に感じ取っていた。
まるで自分達の不機嫌が周りの私達のせいだと言わんばかりの態度で、いつ会っても不機嫌だった。

そんな時、私はいつも決まって外に出た。

寒い冬に外に出ると手が痛くなった。
すっかり色の褪せた落ち葉を拾ったり、まだかろうじて色を残している葉を眺めたり
とにかく歩き回って、気を紛らわせ、両親と親戚の世間話が終るのを待った。

そうしていると祖父や祖母が、こっそり抜け出してきて私と少しだけ遊んでくれる。
それだけが、正月の楽しみだった。

祖父は育てた盆栽を見せてくれ、祖母は拵えた漬物の味見をさせてくれた。
秋のうちに取っておいたドングリをくれた時もあった。



そのうち、両親が呼びに来て、私は祖父の家を去る。

その間、祖父の家のテレビにはずっと駅伝がかかっていた。

今でも駅伝は暗い正月を思い出させる。
一瞬嫌な気分になって、テレビを消し、無音になった黒い画面を眺めると
祖父の育てた盆栽の松、その緑の鮮やかさ


駅伝は嫌な思い出と
良い思いで

2つをいつも抱えている。

良い思い出だけを思い出したいけど
そんなに世の中、都合よくないものだ。

もしかしたら、思い出というものは全てそういうものなのかもしれない。





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最終更新日  2023年01月22日 15時12分54秒
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