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武蔵野航海記
サビニ族の女達の略奪
私は絵の才能がまるでなく、小さいときから絵を描かされそうになると逃げ回っていました。
しかしいつの頃からか、他人の描いたいわゆる「名画」を見るのだけは楽しみになりました。
世間で認められた「名画」しか見ようとしないので、本当の絵好きには相手にされない半端者なのでしょう。
特にルーベンスとドラクロアが好きで、柄にもなく画集を買ってきて時々眺めております。
絵が好きな人の中には、ルーベンスは好きでないという人もいます。
彼の絵そのものより芸術家らしくない態度が嫌だというのです。
ルーベンスは絵の工場を持っていまして、大勢の弟子達に下絵を描かせ、本人は最後に少し触るだけでした。
彼は、生存中から巨匠の名をほしいままにしていましたから、このような「半分贋作」でも非常な高値で制作依頼がきたのです。
ルーベンスが生きていた時代は宗教戦争の真っ最中で、カトリック信者だった彼はローマ法王やカトリック側の王侯貴族の広告塔でした。
ローマ法王に信頼された彼は、法王庁の使節として各地の宮廷に派遣されてもいます。
やはり彼には、純粋な芸術家というより、「御用絵師」というイメージがあることは否定できません。
ルーベンスは神話や歴史的場面を題材に使うことが多く、これも王侯貴族に人気のあった理由の一つでしょう。
かくして、ルーベンスの絵はヨーロッパの美術館に溢れています。
このルーベンスが画いた絵に「サビニ族の女達の略奪」があります。
これはローマの神話を題材にしたものです。
紀元前753年に、羊飼いのボスであったロムルスは、テヴェレ川岸に都市を建設して王になりました。これがローマの始まりです。
このとき、市民三千人のうち大部分が独身でした。要するに彼らは、周辺の村からはじき出されたアウトザイダーでお嫁さんをもらえる状態ではありませんでした。
国を建てて生活が安定した彼らが、真っ先にしたことが女の補充でした。
ロムルスは近くにすむサビニ族を祭りに招待しました。お祭りの日は戦闘が禁じられていましたから、サビニ人は、ただ酒が飲めると喜んで家族を連れてローマにやってきました。
祭りの最高潮のときに、ローマの独身男たちはいっせいにサビニ族の娘に襲い掛かりました。
不意を襲われたサビニの男達は残った家族を連れて逃げ帰りました。
この伝説をルーベンスは絵にしたのです。
怒ったサビニ族とローマは四回戦いましたが、全ての戦いでローマが優勢でした。四度目の戦いのとき、略奪されたサビニ族の女が間に割って入りました。
女たちは奴隷にされたわけではなく、妻となったので別に不満はなかったのです。
そして最終的に両者は和解しました。
アメリカでは、花婿が花嫁を抱き上げて新居の敷居をまたぐ習慣がありますが、これはこの事件以来ローマの習慣になっていたものが伝わったのです。
ローマはサビニ族に単なる和平条約ではなく、両部族の対等の合併を提案しました。サビニ族はこの提案を受け入れ、部族を挙げてローマに移住しました。
サビニ族の自由民全員にローマ市民権が与えられ、有力者は元老院議員になりました。そしてサビニ王とロムルスは共同統治者になりました。
これは、敗者は奴隷にされるのが当たり前だった古代では、信じられない事件でした。
このやり方でイタリア半島の中央部を統一します。
この時併合された部族の有力者でローマの貴族になった者の子孫にジュリアス・シーザーがいます。
シーザーに限らず、ローマの貴族の多くは併合された部族の有力者でした。
ローマ中央部を統一した後は、それ以上の版図拡大はかえって非効率になるので、併合政策は廃止しました。
その代わりに敵対する国を戦いで打ち破った後、攻守同盟を結ぶことにしました。
戦いで打ち負かされた国の政治体制・宗教・支配者には手をつけず、ローマが戦争するときは応援軍を派遣させたのです。
その代わりその国が攻撃されたら、ローマ軍は助けに行かなければなりません。
領土はそのままでローマに割譲することはありませんでした。ただ、国有地の一部をローマ人に提供しなければならなかった様です。
土地を割り当てられたローマ人はそこに移住しました。
ローマの同盟国の有力者はローマ市民権を与えられ、更には元老院議員に任命されました。
このやり方は大成功しました。
同盟国は、領土・文化を保持したままで自国の安全が保証されるわけですから、すっかりローマのファンになってしまいました。
ローマは、強力なライバルであったカルタゴと、百年間断続的にポエニ戦争をしました。
カルタゴは北アフリカ一帯のほか、今のスペインとポルトガルを領有していたのです。
そのカルタゴに有名なハンニバルという将軍が出現しました。
彼は軍事の天才で、ローマが総動員をかけて集めた10万の軍隊を全滅させました。
そしてローマの城壁に迫ってきました。しかし彼はローマを攻撃せずそのまま引き返していきました。
彼の戦略は、ローマの同盟国を離反させカルタゴと同盟を結ぶというものでした。
その為、カルタゴ軍の方がローマ軍より強いと言うことをデモンストレーションするために、ローマの城壁に迫ったのです。
このとき、ローマには城の外に出て戦う力は残っていませんでした。
ところが、ハンニバルの期待とは異なって、ローマからカルタゴに寝返った同盟国は一つもなかったのです。
ハンニバルは、毎年春になるとイタリア半島の中心部を略奪して周り、秋になるとイタリア南部の冬営地に帰っていきました。
イタリア南部はもともとギリシャ人の都市国家が栄えていたところで、ハンニバルの当時も住民はギリシャ人でした。
ギリシャ人はローマ人など馬鹿にしていましたから、彼らをろくに守れないローマ人を裏切らないとは、ハンニバルはどうにも納得できませんでした。
民族的には優越感を持っていたギリシャ人も、ローマを本当に信頼していたということですね。
そして最後には、ハンニバルはイタリアから追い出されてしまいました。
同じことは、現在のフランスにも言えます。
ローマと同盟を結ぶことで、ゲルマン人の襲来を防ぐことが出来たのでした。
当時のフランスに住んでいたのはガリア人という民族で、ゲルマン人に風俗や言葉が似ていたそうです。
そのガリア人がローマを慕うあまり、言葉もラテン語にしてしまいました。
こうしてフランス人になったのですが、現在のフランス語はラテン語の方言です。
このように、異なった文化・宗教を持った民族をそのまま受け入れる開放性がローマの成功の原因でした。
そしてその基は、「サビニ族の女達の略奪」にあります。
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