武蔵野航海記

武蔵野航海記

為替

日本の円とドルなど外国の通貨との交換レートについて書いてみようと思います。

3ヶ月ぐらい前に、アメリカの大きな証券会社のかなり偉い人と話をする機会がありました。

彼は経営学系の大学院を出てから外国為替の業務をやってきて非常に優秀な業績をあげました。

実力で今の地位を勝ち取った男です。

彼は私にいろいろ日本のことを質問しましたが、別にフジヤマとか浮世絵に関することを聞いたわけではありません。

日本人は何故こんな行動をとるのだろうという疑問で、私が日ごろ考えていることですから話が盛り上がってしまいました。

この話の合間に彼の仕事のことも話しました。

そして彼はボソッと、「今に1ドルは135円になり更に200円になると思いますよ」と洩らしたのです。

もちろん「これは私の個人的な見解でなんら責任を伴う発言ではありませんよ」と付け加えるのを忘れませんでしたが。

その後私は彼の発言が気になり、知り合いの投資顧問に会ったり、為替に関する講演会を聞きに行ったりしました。

ダウ平均(ニューヨーク証券取引所の株価指標)や日経平均(東京証券取引所の株価指標)が将来いくらになるとか、1米ドルは1年後にいくらになるとかいう予測がよく話題になります。

しかしこれらはあまり当たりません。

プロの予想屋は、「今週日経平均が17000円を超えれば17500円はすぐです」などと一定の条件を満たせばこうなるという言い方をします。

こういう条件をつけずに来年6月のダウ平均は13000ドルになるという予想の仕方はあまりしません。

明日はわが身に何が起きるかわからないのに、ダウ平均やドルの価格のことなど正確にわかるわけがありません。

しかし、これが当たれば大金を手にすることが出来ますから、皆必死になって将来を予測しようとします。

長期的に見ると円は大きく変動しています。

明治時代は、1ドル=1円でしたが、昭和に入ってから下落を始め戦争直前は、1ドル=5円にまで下がってしまいました。

戦後は1ドル=360円に固定された時期が長く続きましたが、1971年にアメリカの国力が衰え始めて、1ドル=308円になりました。

さらに1973年からは変動相場制になり、円がどんどん強くなっていきました。

そして1985年に先進国が集まって会議を開き(プラザ会議)アメリカ救済の為に円とマルクを切り上げることになり、その結果1ドル240円が120円になってしまい、バブルが発生しました。

当時の総理大臣の中曽根康弘と竹下大蔵大臣を売国奴という者もいます。

バブル崩壊後も円は安くならず、1995年には1ドルが79円になりました。

その反動で3年後には1ドル147円になり、その後は100円から120円の間を行ったり来たりしています。

ポンドも、30年以上前には1000円だったものが1995年には135円になり、今は230円です。

オーストラリアドルなども米ドルと同じような感じで、1995年に円に対して最も安くなってからすこし戻っています。

このように通貨と言うのは5倍になったり1/5になったりものすごく変動するもので、通常の感覚とは違います。

このような長期的視野からみると、ポンドの232円やドルの118円という現状は最安値から5割戻っただけで、もっと円安になると考えるほうが素直です。

2000年にユーロが出来ましたが、その後の数年間の傾向を見るとドルと円が弱くなっていて、ユーロ、ポンド、オーストラリアドル、ニュージーランドドルは強くなっており、今もこの傾向が続いています。

私は為替と株は違うなと感じています。

株と言うのは、人間の欲望と財産を失うのではないかという恐怖心が相場を支配しています。

だから株価の動きは合理的でなく、無数の我利我利亡者の感情がそのまま出てとんでもない値段がつきます。

一方、為替は比較的にしてももっと理性的です。

貿易の決済や投資という実際の実需がベースにあって、投機でもうけてやろうという連中の極端な動きを中和させているからです。

株は相場だが為替は詰め将棋だと表現する人もいます。

為替や株の値動きを見ていてもうひとつ感じたことがあります。

それは、ファンダメンタルズはあてにならないということです。

ファンダメンタルズというのは、GDP成長率、設備投資増加率、物価上昇率などの経済的な指標です。

指標が良いから株が上がったり為替が良くなると考えても、相場はそれと違う動きをするということです。

株や為替を変動させる要因は人間の心理という数字にできないものも含めて無数にあるのに、学者が適当に選んで「これがファンダメンタルズだ」としているに過ぎないからでしょう。

結局、為替の変動自体に法則が内在していると私は考えるようになりました。

私のようにファンダメンタルズは無意味だと考える専門家も多くいます。

こういう連中をアナリストといいますが、価格の推移をグラフにして算式を使って将来の価格を推定するわけです。

算式を使って将来の円を予想しても答えは円安と出ます。

私が会ったアメリカの大手証券会社の幹部は、一年以内に1ドルは135円(今より14%高)、3~4年後には200円と予想しました。

実はこれとまったく同じことをいうアナリストが日本にもいます。

彼は東大を卒業したあとアメリカに留学し、大手銀行で外国為替を専門にやり、非常に良い成績を上げた男で、今はフリーのアナリストをしています。

彼は1995年に1ドルが79円になったとき、「3年後には145円に戻る」と予測しました。

実際は3年4ヶ月後に147円となりました。

他のアナリストが1ドルが60円になると騒いでいた時にです。

私は日本の多くの投資のプロに「一年以内にドルが135円、3~4年後に200円」という予想を伝えましたが、皆首を傾げます。

「そんなに短期間のうちに為替が変動したら世界経済が混乱するのでありえない」と言った男もいました。

彼は私が個人的に親しくしている株予想屋でテレビにもよく出ています。

ところが彼の回答は間違っています。

1995年にドルは79円をつけ、三年半後に147円になりましたが、この間の上昇率は86%です。

一方現在の118円が200円になっても69%の上昇です。

他のプロたちの反応も似たようなものでした。

もっとも彼らも今後の円安を否定せず、1ドル200円もありえるとは思っていますが、そういう長期的な予測をしていないだけのことなのです。

彼らは客相手の商売ですから、三年後の円安をいっても商売にならないのです。

このように日本のプロとアメリカのプロの反応の違いを考えていましたが、やがて原因に思い当たりました。

価格の変動をグラフに書いて将来の価格を予想するテクニカル手法は、日本とアメリカでは使う算式が違うのです。

日本は江戸時代の米相場からの伝統があって、日本独自の算式を持っています。

一方、欧米も別の算式を持っています。

そして、日本の算式は投資家の心理をデリケートに解明する短期的な手法で今後上がるか下がるかに注目しています。

欧米のはもっと長期的なもので、いくらまで上がるか下がるかに注目しています。

欧米式の方が長期的な予測が得意なのです。

世界中の投資のプロが将来の円安を予想していることは前回に述べた通りです。

今日本では外貨預金が急激に増えていますが、これは個人投資家も将来は円安になると思っているからです。

今月12月は為替が大きく円安になりました。

ヨーロッパ、アメリカ、日本の中央銀行が公定歩合を発表したのですが、それがきっかけになったのです。

EUの中央銀行は金利を0.25%上げましたが、金利を上げないとインフレになるほど経済が好調だからです。

この金利上げでユーロは150円から156円に4%も上昇しました。

アメリカと日本は金利を据え置きました。

据え置いたといっても、アメリカは年5.25%で日本は0.4%ですから水準が違いますが。

アメリカは景気の減速が懸念されて金利を下げるという予想があったのですが、意外と景気が良くて金利を下げなかったということです。

日本は景気が回復しているから金利が上がるかなという予想があったのですが、意外と良くないので金利を上げなかったのです。

金利を据え置いたという点ではアメリカと日本は同じなのに、米ドルは114円から118円に4%上昇しました。

今日本の円がひとり安くなっています。

円安というのが、どんどん世界の常識になりつつあります。

こうなると、証券会社などの機関投資家も個人投資家も将来の円安を前提にして、円を売り外貨を買うようになるのです。

この円を売るという行為によって円安となっていきます。

投資家の心理が円安になるにつれて、円安になるような行動を実際にとっていくのです。

どうやら近い将来1ドル200円というのが実現しそうな雰囲気です。

SOVEREIGNという英語があります。

国家の主権という意味ですが、国債という意味もあります。

国家の主権者である国王が戦争をするなどお金が必要なときに、租税収入を担保にして高利貸しから金を借りたのです。

ここからSOVEREIGNが国債という意味になったのですが、今日本ではソブリン債という外国の国債を運用する投資信託がはやっていますから、知っている人も多いと思います。

そして通貨というのは広い意味の国債で、1万円札は日銀(日本政府)の借用書です。

ですから通貨を発行できるのは主権者だけです。

律令国家が出来た直後の奈良時代に「和同開珎」が発行されて、日本は主権国家だということを内外に宣言したし、家康は関が原の直後に慶長大判小判という金貨を発行しました。

通貨の価値を決めるのも主権者で、明治初年の日本政府は、1円は金1.5グラムの価値があると宣言したのです。

当時は各国とも自国の通貨の価値を金で表現していたので、交換レートも決まっていました。

1ドルは金1.5グラムの価値を持つとアメリカ政府が宣言していたので、1円は1ドルに決まっていたのです。

その後経済の発展と第一次世界大戦による財政の悪化で、各国は金本位制を維持できなくなったので、変動相場制に移行しました。

これは、各国が持つ自国通貨の価値を決める権限を市場に一時的に預けたという意味です。

第二次世界大戦後世界経済を復興させるに当たって、各国はアメリカの力を借りました。

アメリカは当時金を大量に保有していて、ドルは金と交換できる兌換紙幣だったのです。

そこで各国は、自国通貨をアメリカドルいくらに相当すると宣言することにより、間接的にアメリカの保有する金によって自国通貨の信用を維持したのです。

これが固定相場制で1ドルは360円でした。

その後アメリカの財政悪化によって、ドルの金本位制を維持できなくなりました。

そこでまた先進国が集まって、固定相場制を廃止して自国通貨の価値を市場の決定に一時的に預けると決めたのです。

自国通貨の価値を決めるのは主権者たる国家だという原則は今でも生きています。

こういう原則で動いていた先進国間の間に異分子が闖入してきました。

支那の元です。

元は固定相場制の時代は、1ドルが1.6元でした。

その後市場開放政策を採ったときに、いきなり1ドルは8元だと大幅な切り下げをしたのです。

自国通貨をいきなり1/5にダンピングすることにより競争力を増した支那は、雑貨を輸出して外貨を稼ぎ出しました。

支那が自国通貨を1/5にダンピングしたとき、アメリカはおおめに見ていました。

経済的に弱体な支那が通貨をどうしようと大きな問題ではないと思っていたわけです。

支那以外にも自国通貨とアメリカ通貨の交換比率を固定している国はたくさんありますから、そのうちのひとつだというわけです。

ところが衣料品や家電などの雑貨が大量に支那からアメリカに輸出されるようになり、アメリカは大変な貿易赤字になってきました。

そこでアメリカは、現在の支那の元の交換レートは容認できないと言い出しました。

現段階では、アメリカは支那に対して正面切って「主権侵害だ」とは言っていません。

まだ話し合いで解決する段階だと思っているからです。

支那の大きな市場に魅力を感じているアメリカの企業はたくさんありますし、元の切り下げによって安くなった支那人の賃金を利用して現地生産している企業も多いからです。

支那のほうにも簡単に元を切り上げられない事情があります。

支那の現在の経済発展は、すべて他人のふんどしを利用した結果です。

支那には資本はありませんし、技術も経営管理能力もありません。

これらのすべてを外国から導入し、ダンピングによって安くした自国の労働力を提供しているだけです。

現在の政策を維持して資本と技術力を持とうというのが支那の戦略なのでしょうが、それがうまくいくとは思えません。

外貨は多少稼げるでしょうが、技術と経営管理能力・勤労意欲はその民族の持つ特性です。

支那にはそれが無かったから19世紀に出遅れたわけであり、今もその構造は変わりません。

日本は、資本はありませんでしたが自前で技術を習得する能力があり、「同じ釜の飯を食う仲間」という組織運営の習性もありました。

そして何より勤勉に働く特性がありました。

だから30年前に日本からの輸出によりアメリカが大赤字になったときに、円を切り上げてアメリカの「主権侵害」という非難をかわすことが出来たのです。

支那人は近代資本主義を発展させる国民性ではありませんから、いつまでも経済的に自立することが出来ません。

経済的に破綻したくなかったら今の元ダンピングを続けていく以外に道はないのです。

これは私が考えていることで、世間的な常識とは違うでしょう。

しかし19世紀・20世紀に出来なかったことを、今の支那人が出来ると考えるほうがおかしいと私は思います。

アメリカのドルが地盤沈下しているから、ユーロと元の交換レートを固定させようとしても、EUが承知するわけがありません。

今支那が提唱しているアジア版ユーロというのは、支那が日本の経済的信用にただ乗りしようということです。

今、支那は自国通貨と他国の通貨の交換比率を固定していますが、これを相手国が同意していない以上他国の主権を侵害していることになります。

相手国は自国の通貨の価値を決める権限が制約されるからです。

これは大変に大きな問題です。20年前にアメリカで起きた日本製品排斥の激しさを思い出して下さい。

日本と違い、支那は妥協できる余地があまりありません。

自力での経済成長を遂げる力がありませんし、社会的な矛盾が極度に高まっていますから、外国に対して安易な譲歩も出来ません。

これが将来どういう方向に向かうのかは分かりませんが、この問題の大きさに気づき警鐘を鳴らす人が増えてきました。

通貨を発行し管理することの出来るのは国家だけだという話をしました。

日本の円も同じで、円をどのように運営するかを決めるのは政府です。

戦後、経済を再生させるためには多額の資本が必要でした。

そこで政府は銀行預金という形で、民間の余剰資金を吸い上げ産業界に融資して設備投資の資金をまかなおうとしました。

設備投資というのは長期にわたり資金を固定するものです。

何百億というお金を借り入れて設備投資を行うと、それをすぐには返済できません。

時間をかけて少しずつ返済をしていき、その間は利息を払い続けるということになります。

その長期資金を銀行預金で調達しようとするわけですから、民間人が預けた金をすぐに下ろさないように定期預金を優遇しました。

定期預金のほうが普通預金よりはるかに金利が高いのです。

実はこれは戦後に日本の政府が考え出したやりかたで、欧米にはありません。

欧米の銀行では定期預金と普通預金の金利の差がありません。

いつでも下ろせる普通預金でも年利5%などという結構な金利がつくのです。

また大切な民間の余剰資金が日本の産業の設備投資に向かわず海外に流れて行っては大変ですから、外貨を持つことは非常に厳しく制限されました。

これが伝統となり、日本の銀行は円を外貨に換えるときに客に不利なようにしています。

円を外貨に換えるときの手数料は時として2%ととんでもない高率ですし、預金の利息も本国で得られるものより低率にしています。

最近は銀行も外貨預金を歓迎するようになりましたが、高い手数料と低い金利を変えていません。

このように日本の銀行の外貨預金が非常にいびつになっていますから、他の業界が外貨投資に参入してきました。

証券会社がやっているMMFというのは、外国の国債や社債など安全なものに投資する一種の投資信託ですが、銀行より手数料が安く金利も高いのです。

銀行の定期預金と違いいつでも下ろせるというメリットもあります。

銀行に外貨預金をするぐらいなら証券会社のMMFのほうが良いと思います。

更に最近は外貨証拠金取引という過激なものが出てきました。

この外貨証拠金取引(FX)は欧米では以前からあったのですが、最近になり日本にも上陸してきたのです。

小額の証拠金を担保として預け、証拠金の何倍もの額の円を借りてそれで外貨を買うのです。

借りた円に対する支払い利息は安く、外貨の高い金利を受け取れるわけで、結構な利息収入になります。

例えば100万円を証拠金として預け、930万円を借りて10万オーストラリアドルを買うというケースでは、金利の差として年間50万円ぐらい入ってきます。

さらに円安に振れたら、為替差益も手に出来ます。

ただしリスクの高いものですから、損をしても私は知りませんよ。

このように日本政府のいびつな通貨政策の間隙をぬってさまざまな外貨ビジネスが出てきました。

12月19日に日銀は会議を開いて、公定歩合の据え置きを決めました。

景気が良くなってきたらインフレを警戒して公定歩合を上げ、市中の金利が上がるようにするわけですが、金利を上げるほど景気が良くならなかったからです。

3~4年前に日本の企業は大規模なリストラをしてコスト削減に努めたので、利益が急激に増えてきました。

またブリックス(BRIC‘s)と呼ばれている新興国の経済成長が著しくそこへの輸出が大幅に増えたことも企業に増益をもたらしました。

ブリックスは、ブラジル、ロシア、インド、支那の頭文字をとったものです。

輸出が増えたことにより設備が足りなくなり国内の設備投資が増えました。

設備投資は景気を大いに押し上げる力を持っています。

これによって各企業はますます売り上げが増え、利益を増やしています。

大きな利益を手にした企業は、株主への配当を増やしました。

最近はM&A(企業買収)が盛んで、株主を優遇しないと敵対する企業に株を買い占められてその傘下に入れられてしまう恐れが出てきたからです。

企業が株主への配当を増やし始めるのを見た日銀は、今度は給与が増え景気回復が本格的になると予想しました。

そして公定歩合を上げる時期が来たと内外に宣伝を始めたわけです。

ところが企業の従業員の給与が8年間連続で下がり続けていて、まだ上がってこないのです。

給与が減っているので、みな物を買えませんから、デパートやスーパーの売り上げは減り続けています。

個人消費は経済全体の60%以上を占める一番大きな要素です。

これが回復しないので、日本の景気が何時また下振れするか分からないのです。

日銀が今回公定歩合を上げなかったのはこういう理由です。

企業の売り上げを分析してみると国内の売り上げは減っていますが輸出が大幅に増えているので、全体としては売り上げが増えているという状態です。

史上最高益で大変鼻息の荒いトヨタ自動車も国内の販売は減っていますが、例のブリックス向けとアメリカ向けの輸出が増えているのです。

今日本の株価は全体としては上がっていますが、輸出していない企業の株価は上がっておらず、輸出の盛んなキャノンやトヨタなどの「国際優良銘柄」がものすごく上がっています。

原油の値上がりによって世界経済の減速を心配するアナリストがいますが、私が会ったアメリカの大証券会社の幹部はそんな論調を鼻で笑っていました。

アメリカの大証券会社の幹部は「原油の価格が上がれば世界経済は良くなり、下がれば悪くなる」と私に言いました。

原油の価格がブリックスの経済状態を測定する唯一の物差しだというのです。

確かにこれら新興国の統計は全然信用出来ません。

支那のGDPは毎年10%ずつ増えているという統計がありますが、これをまともに信じているプロはいません。

支那の人口も表向きは13億となっていますが、実際はそれより5億人ぐらい多いらしいのです。

インドの統計も似たようなものです。

結局、ブリックスの景気が良いと原油の消費が増え、価格を押し上げると考えるべきだというのです。

ブリックスの景気が良いということは、日本をはじめとする先進国からこれらの国への輸出が増えるということであり、世界的に景気が良くなるわけです。

たしかに近年の原油高騰にも係わらず世界の景気は悪くなっていません。

またこのことは、いまやブリックスが世界の景気のけん引役になっていることも示しています。

私はこのアメリカの大証券会社の幹部と話をして、目から鱗が落ちるような思いをしました。

日本の景気はブリックスの経済成長と言う外部要因に支えられているわけですが、日本人の給与所得が8年間減り続けているのも外部要因だと私は考えています。

この原因が日本の組合が弱くなったからだとか、株主が強くなって企業の利益を減らすベースアップに反対しているからだという理由には私はどうしても納得出来ません。

私はかねがね日本人の給与は高すぎると思っていました。

こういうことをいうと皆さんの反発を受けるかもしれませんが、生活が苦しいとか税金が高いということではなくて、日本人の給与の額そのものを欧米の先進国と比較すると高いのです。

最近はビジネスから遠ざかっていますが、数年前の私の実感でも統計でもフランス人・イギリス人やアメリカ人の給与は当時の為替換算で日本人の6~7割ぐらいでした。

アメリカの大企業の最高経営者が1億ドルの年収を得ているということは事実ですが、一般のサラリーマンや労働者のことを忘れたら全体が分からなくなります。

日本人もそのことは良く知っていて、確かに表面上の日本人の給与は高いが実質は違うという議論がされていました。

しかし、実質がどうだろうと給与を支払う企業からしたら、高いものは高いのです。

日本の企業の海外への進出は不断に続いています。

以前は支那や東南アジアなど低所得の国に工場を作るのが主流でしたが、最近は欧米などの先進国に工場を作る傾向にあります。

支那や東南アジアの工場は最終の組み立てなど日本の会社がしていることの一部分しかできませんが、欧米では研究開発や経営管理業務などという高度な仕事も可能です。

工場の現場の作業もIT化が進んでいて支那や東南アジアでは無理なことが多いのですが、欧米では可能です。

高度な熟練を要する仕事のコストを低減するために、日本企業は先進国の労働者を活用しだしたわけで、事務所でも現場でも、日本人と同じことが出来る人材が6~7割のコストで雇えるのです。

日本の企業が欧米の先進国に仕事を移すもうひとつの理由は、日本に規制が多すぎることです。

イギリスやオランダなどのヨーロッパ諸国は外国企業を呼び込むために、規制を緩和し税制などの優遇処置を講じています。

企業の利益に対してかかる法人税は、日本の場合国税と地方税を合わせると5割を超えますが、外国は35%~40%まで低減しています。

またヨーロッパは伝統的に組合の力が強く従業員を簡単に解雇できないのですが、最近は法律を企業に有利なように改正しています。

今や、国どうしが優良企業の取り合いをしているのです。

ヨーロッパの主要な国は大使館に企業誘致の担当者を置き、積極的に日本企業を誘致しています。

日本の大企業の課長がベルギーに工場を作ろうかと考えたとたんに、ベルギーの大使が商務官を連れてその企業を訪問に来たそうです。

日本では物流が不便でコストが異常に高いというのも、企業が拠点を海外に移転する大きな原因になっています。

日本の道路は大型トラックの交通が制限されていて、大量に安く物を内陸運送できません。

また日本の港での港湾作業が非能率で非常に高コストなのですが、これは港湾の荷役作業をやくざが独占しているからです。

交通・物流の整備が産業に不可欠だと悟った国は、海港や空港を大拡張しています。

シンガポール空港、キンポ空港やオランダのスキポール空港は、成田空港と規模や設備で比較になりません。

海外の港は設備をどんどん更新しています。

10年前の阪神大地震で神戸港が使えなくなったとき、貨物船は臨時に近隣諸国の港を使うようになったのですが、その後神戸港の機能が回復しても貨物船は戻ってきません。

こうなると日本企業の経営者としては、日本に本拠を置いている意味を考え直さなくてはならなくなります。

高すぎる給与と規制を嫌って、日本の企業が海外の先進国に拠点の一部を移し出したということが、8年間日本の給与所得が減り続けている大きな原因だと私は考えます。

自国の通貨の価値が下がることは本来歓迎すべきことではありません。

しかし円安は日本の給与が海外と比べて相対的に安くなるということであり、競争力を増すという点で望ましいことだと思います。

更なる円安によって日本の労働力の競争力が回復すれば、給与はベースアップされていくと思います。

その一方で円安は輸入品の価格を押し上げますが、日本は生活必需品のほとんどを輸入に頼っているわけであり、生活費の高騰ということになります。

アメリカやヨーロッパで生活したことのある方は分かると思いますが、向こうでは衣食住という生活に欠かせない物の価格が日本より安いので、給与が安くても生活はなんとかやっていけるようです。

日本も今後物価全体が上がっていくなかで、生活必需品の価格は上がらないようにしなければなりません。

これは全体の利益のために、生活必需品産業の構造改革をしなければならないということです。

米が高いのは外国産の米に700%という関税をかけて輸入を阻止しているからですが、それで日本の農家が自立出来たわけでなくますます競争力をなくしただけでした。

田舎の政治家や土建屋などで作り上げている運命共同体を守っているだけです。

食料の自給は国家の安全保障に必要だという議論は良く分かりますが、自給率30%というのは食料の自給による日本の独立がまるで確保できていない状態であり、自給率ゼロと本質的に変わりません。

国家の安全保障を言うなら軍備をこそ議論すべきでしょう。

日本で自動車を持つと税金や車検代がかさみますし、そもそも自動車免許を取得するためには30万円以上の講習費がかかります。

アメリカでは自動車の運転は高校の教科になっているぐらいで、30万円も費用をかける値打ちはありません。

車検は自動車の故障が多かった大昔にこそ意味があった制度であり、自動車税とは自動車を持つことが贅沢だという発想で、つまりは自動車修理工場や自動車講習所の商売を守り、税金を取っているだけです。

日本の不動産は土地だけでなく、建物の価格も非常に高いのです。

家屋の建築費は日本では坪50万円程度ですが、アメリカやヨーロッパの同程度の木造住宅はその半分で、しかも建ててから50年以上は持ちます。

これは日本の建材の規格を特殊にして輸入の建材が入ってこないようにしているからであって、地震対策仕様のため高くなるという説明はデタラメです。

このような誰が考えても不正な規制を廃止すれば、日本でも生活必需品の価格は大幅に低減できます。

そのためには全体に悪影響を与えている運命共同体を抑えなければなりません。

しかし日本では、多くの運命共同体の利害を調整するのが政治であって、全体のために特定の運命共同体を抑えることが出来ません。

それは、国家というものが国民に共通する正義を実現するための手段だという発想が無いからです。

人間の集団も自然物であり、その目的が正しいか否かということを考えないからです。

日本人の発想を変えて日本人に共通する正義というものを真剣に考えていかないと、日本は暮らしにくい国になっていくような気がします。

私の思考は最後には同じ結論にたどり着きます。

共通の正義のないことが日本の最大の問題点なのです。


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