日本列島は言わずと知れた島国で、世界の中でもごくまれな環境におかれていると思う。もちろん、原住民はこの島国にもいた訳でそれが今のアイヌの祖先なのだろう。では、我々アイヌ以外の日本人とはどのようなルーツを持つ人たちなのか。
我々の祖先ははるか昔、大陸からやってきた。長い年月に渡り朝鮮半島や台湾、琉球などを経由してこの島国を目指したのだと思う。そこでふと疑問に思うのが、我々の祖先はこの資源に乏しい(資源らしい資源といえば水と水産物くらいしかない)この島に何を思って移住してきたかということである。
我々の祖先を勇敢な野心あふれる人々だと仮定すると、何もない貧しい島国に移住する理由はない。水欲しさにわざわざ肥沃な大陸の農地を捨ててまで移住するだろうか?そう考えるより、我々の祖先は大陸にいられなくなったと考える方が自然だろう。つまり、弱かったため行先を失ってしまったのだ。
大陸では土地に縛り付けられて暮らすことを余儀なくされる農耕民族と食べ物を求めて移動するのがライフワークとなっている遊牧民族が混在し、絶え間なく争いごとが起きている。我々の祖先は農耕民族だから遊牧民族にやられては土地を奪われ、いい農地から悪い農地への移動を余儀なくされついには大陸にいることができなくなり、海を渡ったのではないか。
海の先にある島国では大陸より文明の遅れた原住民がいた。この人たちは自分たちよりさらに弱い立場にあるので自分たちを襲ってくることはない。何よりも争いごとがきらいで弱い我々の祖先はこの島で暮らすことを決めた。幸い、大陸から海を越えてやってくるのは大陸にいられなくなった弱い者ばかりで遊牧民族など強い者たちはこの資源のない東の端っぱしにある島には目もくれなかった。
そこで我々の祖先はこの新天地でルールを作った。それは「みんなで仲良くすること」。大陸での苦い経験を共有する我々の祖先はもう争いごとが起こるということがないようにといろんな知恵をしぼった。「ぬけがけは許さない」「出る杭は打ってみんな平等に」「悪いことが起こってもそれは個人ではなく全体の責任とする」などなど・・・。後に聖徳太子が十七条の憲法の第一条で「和を以て貴しとなす」と定めているが、その後に続く「仏」よりも「和」の方を優先するのは正しくこのことの現れだと思う。
このように我々の祖先が長い時間をかけてこの島国に移住し、独自の文化を作るに至る訳だが、島国の一番恵まれている点は侵略者が極端に少ない点であろう(2度の元寇、日露戦争、そして先の大戦が危機であっただろうか)。いわば、気の弱い者同士が傷をなめあって国家を作り上げることを誰も邪魔しなかったのだ。大陸では覇権を争う戦いが日常茶飯事になっているのに対し、この島国ではそんなこととは全く無縁でいられた訳だ。そんな中、朝鮮や中国に使いを出し、物事を学んでは独自に発展させることがたやすくできたのである。そのうちにいつの間にかありとあらゆる面において発展・発達を成し遂げ、文化の親や兄である大陸諸国をしのぐような水準になっていったのだ。
今ここに書いたことは全て私の私見であり、このように空想しながら我々日本人というものを考えているということであるが、冒頭の問いに対する答えをまとめると1.日本人の祖先は元々、大陸では弱い立場にあり居場所がなくなったため新天地をこの資源のない貧しい島国に求めた 2.その島国にはその祖先よりさらに弱い立場の原住民しかいなかった 3.幸い、貧しい島国に興味を持ったのは弱い人たちだけだったため大陸から泣く泣く渡ってきた人たちだけで争いを避けるルールを作ってきた 4.大きな争いごとがない、他の国と完全に隔離された空間で我々の祖先は独自の文化を発展させることができた。
日本には皆がうらやむような資源がない。このことが幸いして侵略者に目をつけられることなく独自の仲良し社会を作ることができた。さらに「もったいない」という言葉に象徴されるように、「今ある資源」に感謝し、フル活用する知恵を積み重ねてきた。そして今では世界でも大国と言われる存在となるに至ったのである。弱かった民族が独自の環境下で強い民族となったと言えるだろう。
カレンダー
New!
保険の異端児・オサメさんコメント新着